雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

閻魔王庁より蘇る ・ 今昔物語 ( 13 - 6 )

2018-12-18 13:58:34 | 今昔物語拾い読み ・ その3
          閻魔王庁より蘇る ・ 今昔物語 ( 13 - 6 )

今は昔、
摂津国の豊島郡(テシマノコオリ・大阪と兵庫の境辺り)に多々院(タダノイン)という所がある。その所に一人の僧が住んでいた。その僧は山林に入って仏道を修行していた。また、法華経を長年にわたり日夜読誦していた。
ところが、その傍らに一人の世俗の男がいた。この持経者(ジキョウシャ・法華経を常に読誦し信奉している者)の勤めを尊び、心を寄せ常に供養していた。

そうしていたが、この俗世の男が病を受けて、数日患ったのち、遂に死んでしまった。家の人は、死人を棺に入れて木の上に置いていた。
その後、五日経って、死人は生き返って棺をたたいた。人々は恐れて近寄らなかった。
けれども、死人の声を聞くと、「さては生き返ったのだ」と思って、棺を下ろして開けて見ると、やはり死人は生き返っていた。
「不思議なことだ」と思って家に連れて帰った。

男は妻子に語った。「私は死んで閻魔王の所に行った。閻魔王は帳面を繰って、前世の善悪の行いが書かれた札を調べ、『お前は罪業が重いので地獄に遣るべきであるが、この度だけは罪を赦して速やかにもとの国に帰してやる。そのわけは、お前はこの数年、誠の心を起こして、法華経の持者を供養した。その功徳は限りなく大きいからである。お前はもとの国に戻って、ますます信仰心を高めてあの持者を供養すれば、三世(サンゼ・過去、現在、未来の総称。)の諸仏を供養するよりも優れたことになるのだ』と言った。
私はこのいましめを受けて、閻魔王の庁を出て人間界に帰ることになったが、途中、野山を通る時に見てみると七宝の塔があった。それは実に立派に飾られたものだった。すると、私が供養している持経者が、その宝塔に向かって口より火を吹いて、その宝塔を焼いていた。
その時、空から声があって、私に告げた。『お前、よく聞け。この塔はあの持経の聖人が法華経を読誦する時、宝塔品のところまで読んで出現した塔である。ところが、あの聖人は、瞋恚(シンイ・激しく怒り恨むことで、善根を損なう三毒の一つ。)の心をもって弟子や童子を叱りつけることがある。その瞋恚の火がたちまち現れて宝塔を焼いているのである。もし瞋恚の心を止めて経を読誦するなら、麗しい宝塔が世界に充満するであろう。お前は、もとの国に帰ると、すぐにこの事を告げるべし』と。
私は、この言葉を聞くと同時に帰って来たのだ」と。

妻子や一族の者たちは、この男が生き返ったことをたいそう喜んだ。近所の人々は、この聖人(「この男」の方が正しいように思われるが?)のことを聞いて不思議に思った。
その後、この男は聖人のもとに行って冥途でのことを語った。聖人はそれを聞いて、恥じそして悔いて、弟子を帰し童子を棄てて、一人になって、一心に法華経を読誦するようになった。
男も、ますます持経者を熱心に供養した。
やがて、数年が経って、聖人は命が終わろうとする時、身に病なく、法華経を読誦しながら死んでいったという。

されば、聖人といえども、瞋恚を起こしてはならない、
となむ語り伝へたるとや。

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