哀しい逢瀬 ・ 今昔物語 ( 27 - 26 )
今は昔、
大和の国、[ 欠字あり。郡名が入るが不詳。]の郡(コオリ)に住む人がいた。その人には一人の娘がいた。容姿端麗にして気立ても良いので、父母は大切に育てていた。
一方、河内の国、[ 欠字あり。郡名が入るが不詳。]の郡に住む人がいた。その人には一人の男子がいた。年も若く、容貌が優れていたので、京に上って宮仕えをしたが、笛を上手に吹いた。さらに、気立ても良かったので父母はこれを可愛がった。
さて、この河内の国の若者は、あの大和の国の人の娘が見目麗しいということを伝え聞いて、手紙を送って、熱心に想いを告げたが、娘の父母はしばらくは聞き入れようとしなかったが、余りにも熱心なので、父母もついに承諾した。
その後、二人は互いに深く愛し合って暮らしていたが、三年ばかりして、この夫が思いもかけず病気になって、数日寝込んでいるうちに、亡くなってしまった。
女はこれを嘆き悲しみ、狂わしいまでも恋い懐かしんでいたが、その国の数多くの男性が、恋文を送って求婚してきたが、聞き入れるはずもなく、ひたすら亡き夫のみを恋い悲しむばかりの月日を送っていた。
やがて、三年経った秋のこと、女がいつもより涙に溺れて泣き伏していると、真夜中頃に笛の音が遠くから聞こえてきた。女は、「ああ、あの人によく似た音色だこと」と思って、いっそう悲しくなって聞いてていると、笛の音はしだいに近付いてきて、その女のいる部屋の蔀(シトミ・外戸)のもとに寄ってきて、「ここを開けてくれ」という声は、まぎれもなく昔の夫の声なので、驚き心打たれたものの、怖ろしくもあり、そっと立ち上がって蔀の隙間から覗いてみると、確かに夫が経っていた。
そして、夫は泣きながらこう言った。
「 シデノ山 コエヌル人ノ ワビシキハ コヒシキ人ニ アハヌナリケリ 」( 死出の山を 越えて冥途にいる私が これほど悲しいのは 恋しいあなたに 逢えないからなのだ )
こう言って立っている姿は、生きていた時そのままであるが、それでも怖ろしい。袴の紐は解けていて(親愛の情を示している。)、また、身体からは煙が立っているので、女は怖ろしくて、物も言わずにいると、男は、「無理もない。そなたがあまりにも私を恋い慕っているのが哀れなので、無理を言って暇(イトマ)をもらってやって来たのだが、そのように怖がられるならば、返ることにしよう。私は、日に三度、灼熱の苦しみを受けているのだ」と言うと、その姿は掻き消すように消えてしまった。
そこで、女は、「今のは夢だったのか」と思ったが、夢であるとも思えず、不思議なことだと思うばかりであった。
これを思うに、人は死んでも、このようにはっきりと目に見えるものだ、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
今は昔、
大和の国、[ 欠字あり。郡名が入るが不詳。]の郡(コオリ)に住む人がいた。その人には一人の娘がいた。容姿端麗にして気立ても良いので、父母は大切に育てていた。
一方、河内の国、[ 欠字あり。郡名が入るが不詳。]の郡に住む人がいた。その人には一人の男子がいた。年も若く、容貌が優れていたので、京に上って宮仕えをしたが、笛を上手に吹いた。さらに、気立ても良かったので父母はこれを可愛がった。
さて、この河内の国の若者は、あの大和の国の人の娘が見目麗しいということを伝え聞いて、手紙を送って、熱心に想いを告げたが、娘の父母はしばらくは聞き入れようとしなかったが、余りにも熱心なので、父母もついに承諾した。
その後、二人は互いに深く愛し合って暮らしていたが、三年ばかりして、この夫が思いもかけず病気になって、数日寝込んでいるうちに、亡くなってしまった。
女はこれを嘆き悲しみ、狂わしいまでも恋い懐かしんでいたが、その国の数多くの男性が、恋文を送って求婚してきたが、聞き入れるはずもなく、ひたすら亡き夫のみを恋い悲しむばかりの月日を送っていた。
やがて、三年経った秋のこと、女がいつもより涙に溺れて泣き伏していると、真夜中頃に笛の音が遠くから聞こえてきた。女は、「ああ、あの人によく似た音色だこと」と思って、いっそう悲しくなって聞いてていると、笛の音はしだいに近付いてきて、その女のいる部屋の蔀(シトミ・外戸)のもとに寄ってきて、「ここを開けてくれ」という声は、まぎれもなく昔の夫の声なので、驚き心打たれたものの、怖ろしくもあり、そっと立ち上がって蔀の隙間から覗いてみると、確かに夫が経っていた。
そして、夫は泣きながらこう言った。
「 シデノ山 コエヌル人ノ ワビシキハ コヒシキ人ニ アハヌナリケリ 」( 死出の山を 越えて冥途にいる私が これほど悲しいのは 恋しいあなたに 逢えないからなのだ )
こう言って立っている姿は、生きていた時そのままであるが、それでも怖ろしい。袴の紐は解けていて(親愛の情を示している。)、また、身体からは煙が立っているので、女は怖ろしくて、物も言わずにいると、男は、「無理もない。そなたがあまりにも私を恋い慕っているのが哀れなので、無理を言って暇(イトマ)をもらってやって来たのだが、そのように怖がられるならば、返ることにしよう。私は、日に三度、灼熱の苦しみを受けているのだ」と言うと、その姿は掻き消すように消えてしまった。
そこで、女は、「今のは夢だったのか」と思ったが、夢であるとも思えず、不思議なことだと思うばかりであった。
これを思うに、人は死んでも、このようにはっきりと目に見えるものだ、
となむ語り伝へたるとや。
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