雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

大岩を砕く ・ 今昔物語 ( 31 - 20 )

2024-11-13 09:51:54 | 今昔物語拾い読み ・ その8

      『 大岩を砕く ・ 今昔物語 ( 31 - 20 ) 』


今は昔、
北山(京都北方の山々の総称。)に霊巌寺(リョウガンジ・平安時代前期に所在していた。妙見寺とも。)という寺があった。この寺は、妙見(ミョウケン・妙見菩薩。北斗七星を神格化したもの。)がお姿を現わし給う所である。
寺の前に三町(約 330m
)ばかり離れて大岩があり、人が屈んで通れる程の穴が空いていた。あらゆる人が挙って参詣する霊験あらたかな寺なので、僧房をたくさん造って並んでいて、賑わしいこと限りなかった。

ところで、[ 欠字。「三条または一条」らしいが不詳。]の天皇が御目をお患いになったので、かの霊巌時に行幸あるべきか議せられたが、「あの大岩があるので、御輿がとても通れそうもないので、行幸はなさるべきでない」と定められたが、それを聞いて、その寺の別当(寺務を統括する僧)である僧は、「行幸があれば、自分はきっと僧綱(ソウゴウ・法務を統括する僧の官職で、僧正・僧都・律師の三官。)に任ぜられるのに、行幸がなければ、僧綱に任ぜられることは駄目であろう」と思って、行幸を有らせんが為に、「あの大岩を壊してしまおう」と言って、大勢の人夫を集めてたくさんの柴を苅らせて、この大岩の上下に積上げさせて、火を付けて焼こうとした。その時、その寺の僧の中の年老いた者どもが、「この寺が霊験あらたかなのは、この大岩のお陰に寄るものだ。それなのに、この大岩を壊してしまっては、霊験はなくなり寺は廃れてしまうだろう」と言い合って嘆いたが、時の別当は、自分の欲望のためにむりやりな計画をしたことなので、寺の僧共が言うことなど聞くはずもない。耳を貸そうともしないで、その積み上げた柴に火を付けて焼いた。

そして、大岩を焼いて熱しておいて、大きな金槌で打ち砕いたので、大岩は粉々に砕け散った。すると、その時、大岩の砕けた中から、百人ばかりがいっせいに笑う声が聞こえた。
寺の僧共は、「とんでもないことをしてくれたものだ。この寺は荒廃してしまうだろう。悪魔に謀られてこのような事をしてしまったのだ」と言って、別当を憎みののしったが、大岩はなくなったが、行幸もなかったので、別当の任官も実現することなく終った。

その後、別当は、寺の僧共に憎み嫌われて、寺にも寄り付かなくなってしまった。それから後、寺は荒れに荒れて、堂舎も僧房もみな失われれてしまい、僧は一人も住まなくなり、やがては木こりの通る道になってしまった。
これを思うに、何ともつまらない事をした別当である。僧綱になるべき宿報(前世の行いに対する現世で受ける報いのこと。)がないのだから、思い通りに大岩をなくしたところでなれるはずもない。知恵のない僧であったのであろう、愚かにもその事を知らず、尊い霊験の場所をなくしてしまったのは情けないことである。
されば、霊験というものは、場所のいかんによって現れるのだ、
となむ語り伝へたるとや。

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