前日の13日はオショウライサンを迎える日。
日が暮れるころに松明を3本立てて火を点ける。
90度に折った松明は竹の棒に挿し込んでいるお家は山添村の松尾。
昨年のマツリで当家を勤められたH家である。
その年の8月には隣村の北野津越で行われているサシサバのイタダキを取材した。
当主から聞いていたサシサバのイタダキは数十軒の家でもしていると話していた。
店主の家はO商店。
なんでも売っているお店だ。
サシサバはこの店で売っている。
昨年に仕入れたサバは80尾。
2尾で一対とするサシサバであるから40軒が買っていくと想定して仕入れたそうだ。
サシサバは開き。
それを頭から頭を挿しこんで2尾を一対ものにしたのがサシサバ。
頭から挿しこむからそう呼んでいるサシサバはものすごく塩辛い。
両親とも健在であるお家の風習としてサシサバを供える。
松尾でもされている家があると云っていた。
もしかと思いマツリの日に尋ねてみたH家。
14日に供えてイタダキをすると云っていた。
こうした経緯で訪問したH家。
当主は朝にオハギをカキの葉に乗せたムエンサンを祭る。
カキの葉は皿である。
ナスビの具は味噌汁にしてそれもカキの葉に乗せた。
ムエンサンは箕だ。
「ほんまはト(タ)ロミ(箕)だが、今は箕にしている」という。
ドロイモの葉を広げて敷く。
ウリ、トマト、ピーマンにオハギ。
シンコと呼ばれるメリケンダンゴも供える。
オガラの箸も置いておいたムエンサンは13日の夕刻に供える。
14日の昼にはイモやカボチャを供える。
ケンズイのときにはソーメンとモチを供えるという。
線香はナスを台にして挿す。
ローソクに火を灯して手を合わせる。
一服入れたお茶は度々交換する。
常に新しいお茶にするのだといって入れ替えた。
先祖さんの位牌を仏壇から出して座敷の机に並べる。
位牌に記された年代は文化六年(1809)、文政年(1818~)、天保四年(1833)。
当家の歴史を刻む先祖さんの位牌だ。
そこにも様々なお供えをする。
ここでもたえずお茶を入れ替える。
お花はお盆につきもののミソハギだ。
ミソハギはソーメンを食べる箸にもなる。
堅い茎を箸とするのだが、一対にするにはオガラの箸と組み合わせるそうだ。
息子さんが仕事を終えて戻ってきた。
先祖さんを祀った前に供えたオハギ。
カキの葉にそれぞれ乗せて一膳の箸を添えた。
その前に置かれたサシサバの膳。
ドロイモの葉を広げた上に2尾のサシサバがある。
頭から挿し込んでいるサシサバだ。
両親から「いただいとけよー」と声が掛かって、膳を上方にさし上げるような作法をする。
息子さんに続いて奥さんもその作法をするイタダキの膳。
前述したO商店ではサシサバを60尾も仕入れた。
2尾でセットするサシサバは数尾が残っていたことから20軒以上も購入されたようだ。
いつまで続けるか判らないが、されている家がある限り仕入れるという。
両親が揃っている家で行われているサシサバのイタダキ膳はこの日の昼に食べるそうだ。
片親、或いは親無しであれば「帰らはったあとで食べる」という。
(H24. 8.14 EOS40D撮影)
日が暮れるころに松明を3本立てて火を点ける。
90度に折った松明は竹の棒に挿し込んでいるお家は山添村の松尾。
昨年のマツリで当家を勤められたH家である。
その年の8月には隣村の北野津越で行われているサシサバのイタダキを取材した。
当主から聞いていたサシサバのイタダキは数十軒の家でもしていると話していた。
店主の家はO商店。
なんでも売っているお店だ。
サシサバはこの店で売っている。
昨年に仕入れたサバは80尾。
2尾で一対とするサシサバであるから40軒が買っていくと想定して仕入れたそうだ。
サシサバは開き。
それを頭から頭を挿しこんで2尾を一対ものにしたのがサシサバ。
頭から挿しこむからそう呼んでいるサシサバはものすごく塩辛い。
両親とも健在であるお家の風習としてサシサバを供える。
松尾でもされている家があると云っていた。
もしかと思いマツリの日に尋ねてみたH家。
14日に供えてイタダキをすると云っていた。
こうした経緯で訪問したH家。
当主は朝にオハギをカキの葉に乗せたムエンサンを祭る。
カキの葉は皿である。
ナスビの具は味噌汁にしてそれもカキの葉に乗せた。
ムエンサンは箕だ。
「ほんまはト(タ)ロミ(箕)だが、今は箕にしている」という。
ドロイモの葉を広げて敷く。
ウリ、トマト、ピーマンにオハギ。
シンコと呼ばれるメリケンダンゴも供える。
オガラの箸も置いておいたムエンサンは13日の夕刻に供える。
14日の昼にはイモやカボチャを供える。
ケンズイのときにはソーメンとモチを供えるという。
線香はナスを台にして挿す。
ローソクに火を灯して手を合わせる。
一服入れたお茶は度々交換する。
常に新しいお茶にするのだといって入れ替えた。
先祖さんの位牌を仏壇から出して座敷の机に並べる。
位牌に記された年代は文化六年(1809)、文政年(1818~)、天保四年(1833)。
当家の歴史を刻む先祖さんの位牌だ。
そこにも様々なお供えをする。
ここでもたえずお茶を入れ替える。
お花はお盆につきもののミソハギだ。
ミソハギはソーメンを食べる箸にもなる。
堅い茎を箸とするのだが、一対にするにはオガラの箸と組み合わせるそうだ。
息子さんが仕事を終えて戻ってきた。
先祖さんを祀った前に供えたオハギ。
カキの葉にそれぞれ乗せて一膳の箸を添えた。
その前に置かれたサシサバの膳。
ドロイモの葉を広げた上に2尾のサシサバがある。
頭から挿し込んでいるサシサバだ。
両親から「いただいとけよー」と声が掛かって、膳を上方にさし上げるような作法をする。
息子さんに続いて奥さんもその作法をするイタダキの膳。
前述したO商店ではサシサバを60尾も仕入れた。
2尾でセットするサシサバは数尾が残っていたことから20軒以上も購入されたようだ。
いつまで続けるか判らないが、されている家がある限り仕入れるという。
両親が揃っている家で行われているサシサバのイタダキ膳はこの日の昼に食べるそうだ。
片親、或いは親無しであれば「帰らはったあとで食べる」という。
(H24. 8.14 EOS40D撮影)