町家とは
町家は都市の庶民住居で小屋、小家、こや。町屋は意味が違う
京町家は町家の原型で上ってきた人々が真似をして伝わったのでは
外→表と裏の対比、小屋と店と桟敷の機能を持つ
桟敷は貸したようだ→貸床、貸座敷の起こりか
道と町家
道は「公界」、コミュニティ空間、井戸、トイレ、洗濯、物干し
道を、売場や町屋が浸食し道路幅が減る 軒先に柱がないのは公共通路扱いのため、ばったり床几などもあるのはそのため、津軽黒石の小店のようなもの→当方の卒業論文と設計の題材にした
道に対し、平行(街並み)、直行(奥):道(Public)、表(店舗 Semi Private)、中(玄関 Private)、奥(住居 Private)・裏(Semi Private)、庭、 垂直(高さ)で評価できる
町家は店、中の間、台所、座敷の構成、奥に裏借家、表に表借家も
奥の数寄、茶室はまちの中の自然、自然の補い→イギリスでのアメニティの概念と同じ、市中の山居
デザインとして2階の虫籠窓が出格子になるのは面白い
都市と道路
平安京は北と東に拡大
平安京の町は四行八門制で間口5丈×奥行10丈 136坪に分化、さらに南北3間×東西2間の6坪の小屋にも細分化
大路の築垣が崩され、大路小路の階層がなくなり16世紀に四面町は両側町のコミュニティになった、町(ちょう)が生まれた、祇園祭を実行、下京の六角堂や上京の革堂が発展
町と道
小路でブロックからストリートが発生
商業も四角の市場から通りの商店街に、四条新町が洛中一の盛り場
ロージは奥へのアプローチで共同の塵芥箱、便所、井戸、流しがあった
似た概念が繰り返されたが上記に再構築した。
なかなか面白かった。平安京の下水や汲み取りなどの廃棄のインフラ(衛生と再生)も知りたいとおもった