●くんは人に対してとても警戒心が強い子です。
慣れないうちは、話しかけると
口をへの字に曲げたまま、聞こえないふりをしていて、
●くんのお母さんに向かってしつこいほどに
色の名前をたずねるなどしていました。
でも、会う回数を重ねるうちに、
●くんはわたしがすることに
とても興味をしめすようになりました。
また話しかけると、クリクリした目を輝かせて聞きいったり、
ニヤッと笑ったり、返事をしたりするようになりました。
それでも、いざ遊びや工作に誘うと、再び強い警戒心をあらわにして、
「いやっ!しない!」と活動に参加しようとはしませんでした。
●くんのお母さんは、同年代の他の子らが喜んで参加している活動に
毎回参加しようとしない●くんの態度を心配していましたが、
わたしが見たところ、●くんは活動の内容に強く好奇心をそそられている上、
よく理解もしていて、ああだこうだと口を挟んでもいるので心配いらないと感じました。
ただ、何か新しい展開があるたびに、身体をこわばらせて緊張する癖は、
本人が楽しいと思う体験の幅を少しずつ広げていくことで
克服させていく必要を感じました。
そこで課題のひとつとして、
「お人形や電車が、●くんにとっては怖くてたまらない体験を代わりにやってみせて、
●くんがそれを面白いと思って眺めることができるようになること」
を目指すことにしました。
わたしは電車のおもちゃを一台手にして、
「怖いなぁ。でも渡りたいな。ガタガタしたら、どうしよう?怖い怖い、やっぱりやめた」
と、高架になっている線路を渡ろうかどうしようか迷っている
姿を演じました。
●くんは、「やめてぇ!怖いよ。やめっ!」と
声を荒げて止めに入っていました。
わたしは、何度も渡りかけては、「やっぱり怖い!やめる!」と
戻ることを繰り返していました。
しかし、何度目かに、●くんが「渡っちゃだめ!怖いよ!」と止めるのも聞かずに、
「やっぱり渡りたいよ」と言いながら、電車を手にして、線路の上をすべらせました。
それを黙って見届けていた●くんは、プイッと後ろを向いて
黙っていました。
わたしもそっとその場を離れて別の活動を始めました。
●くんはその日、それまでなら「ダメ!いや!怖い!」と強い抵抗をしめしていた
活動に対して、
「先生がするくらいならいいか」「ちょっと触るくらいならいいか」「怖そうだけど、怖くないかもしれない」
という許容範囲を広げていきました。
●くんの知覚の仕方や身体の感覚は、ある面で過敏すぎるほど敏感なのですが、
知能や心の発達はしっかり成長しているので、
無理のない課題を設定して、少しずつ慣れさせていけば、
ほんの数十分の間にも、怖がらずにできる活動を、ひとつひとつ増やしていけるのです。