六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

嗚咽するひと キノシタホールと私(終篇)

2012-09-28 00:44:38 | インポート
 写真はいずれもキノシタホールへのイントロ部分です。

 (承前)二番館への思いは、私のもつ単純なノスタルジーもありますが、同時に実用的な意味合いもあるのです。
 そこそこの映画ファンの私は、数年前までは年間、劇場で百本近くを観ていました。ですから、二番館にかかる「名画」の部類はすでにほとんど観てしまっていたのです。
 しかし最近は、そうした追っかけもしんどくなりました。それに一日に三本をはしごするという体力も気力も次第に失われてきました。ですから、観たいなと思うものがあっても見逃すことが多くなってきたのです。
 そんなことでこれからは、こうした二番館にお世話になる機会が増えるだろうと思うのです。

 DVDや録画もまったく観ないわけではないのですが、なんとなく劇場で観るほうがいいのです。録画を見るというのはその作品の時間的な流れに従って観るという緊張感がありません。好きなところで止めて、また帰ってきて観るというのでは監督がある時間的な流れを計算しながら作った作品への冒涜のような気がするのです。
 事実、さあどうなるのだろうかと固唾を飲んで画面を見つめる張り詰めた持続もありませんよね。ですから私のディスクには、録画はしたもののまだ観ていないものがけっこう残っています。

                

 もうひとつ映画館の良さは、他の観衆とともに感動を共有するという場そのもののリアルな質量感にあります。今ではそんなことをしたら叱られますが、昔は鞍馬天狗が杉作を助けに駆けつけるシーンでは拍手が湧いたものでした。
 70年代の活動家たちも、ヤクザ映画で忍従に忍従を重ねた主人公が、ついに堪忍袋の緒を切って殴り込みに行くシーンで拍手を送ったのですが、これはなんとなくルサンチマン(怨恨)が感じられて、鞍馬天狗の時のような開放的なカタルシスとは幾分違うようにも思います。

 20年以上前でしょうか、今のように改装する前のキノシタホールで、私は感動的なシーンを経験しています。
 映画史上、10本のうちに入ると云われた『天井桟敷の人々』(マルセル・カルネ・監督 1945)がこのキノシタホールで上映されたのです。未見だった私は、これを見逃してはと厳しい現役の日程の中、なんとかやりくりして駆けつけたのでした。
 そうした映画にもかかわらず、観客数は数えるほどでした。

             

 映画は期待に十分応えるものでした。今となっては幾分キッチュで通俗的な手法も、その後の映画がそれを模倣し繰り返したがゆえにそうなったのであって、当時においては革新的だったろうことが十分納得できました。昨今の映画を観ていても、いわゆるデジャヴというか既視感のように、あ、このシーンの原型はあの映画にあったなという感じが時々します。
 十分満足してラスト・シーンを迎えようとする頃、私は斜め後ろあたりでただならぬ気配を感じていました。

 その正体は上映が終了し、場内が明るくなって明らかになりました。
 そこには私と同年輩の和服の女性がいて、目頭にハンケチをあて、よよとばかりに泣き崩れていたのです。
 私はそこまで彼女を感動させる映画の力、またそれを全身で受け止める彼女の感受性のようなもの、その双方に感動してしまいました。
 ね、これって録画をひとりで黙々と観るという閉鎖的な空間では決して味わえないものでしょう。

                

 私のキノシタホールの印象はこの思い出とともにあります。
 映画館を出て、彼女が私と同じ方向ではないことを残念に思いながら、でもそのほうが良かったとも思いながら、その後ろ姿を見送りました。
 その折の季節は忘れましたが、陽の傾きかけた夕風に私のいくぶん上気した頬が心地よく感じられたのを今も覚えています。

 ヴィヴァ ! 二番館ですね。
 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする