金はないけどうまいものを食いたいという志向で自分の餌を作っています。
そのためには、冷蔵庫を開けたら何もなかったという恐怖の瞬間にも耐えうる即応力と、ほとんど見向きもされない安価な食材を自己流に美味に変えるという試練に耐えなければなりません。
ここ何日かに行ったその厳しい現実への対応の記録です。
【しょのいち】玉ねぎラーメン
業務用の生ラーメン(5食分税込み350円ほど)を買ってきたのはいいけれど、具にするものがほとんどない。あるもので作るしかない。中玉7個入り300円ほどで買ってきた玉ねぎしかない。あとは香味野菜のみ。
で、玉ねぎをを使うことに。中玉一個の半分を使う。中華丼一杯分の水を鍋に入れ、適当に切った玉ねぎを入れて、少量の塩味で煮込む。
中華丼には顆粒状の鰹だし小さじいっぱい分ぐらいと、少なめの醤油、胡椒、胡麻ラー油少々を入れて待機する。
もう一方の鍋では、生ラーメンを所定の時間に即して湯がく。
玉葱の甘味が程よく出たころに、そのスープを中華丼に注ぎ込む。玉ねぎは鍋に残す。
ここでスープの味を確かめる。
麺が湯がき終わったらそれをスープに入れ、少し撹拌しスープになじませる。
その段階で鍋に残した玉ねぎを麺にのせる。
ほかの具は、ボロニアソーセージとカイワレ。
ただしこのままでは味に締りがないので、薬味の野菜をやや多めにのせる。
ネギの小口切り、オオバを刻んだもの、それに旬のミョウガの小口切り。
美味い! スープに玉ねぎの甘みが出ていてまろやかだ。
玉ねぎの甘みと、香味野菜の刺激とがとても面白いハーモーニーになっている。
たぶん、何やかや含めてワンコイン。ただし100円玉ですぞ。
【しょのに】さつまいもの茎
これはスーパーの野菜売り場では見かけたことはない。手に入れるのは農協の野菜売り場で、ひと束80円ほど。
毎年、この時期はこれにこだわる。
何故かと言うと、戦中、戦後の食糧難時代、さつまいもはほぼ主食の位置を占めていて、この茎は「代用食」の一つであった。収入の道もない疎開民の母子家庭、スギナやイタドリなど、食えるものは何でも口にしたが、このさつまいもの茎は何とか食べれれるものだった。
茎の長さは25センチ前後、フキの要領でまず皮を剥く。細いほうから剥くと意外に簡単にスルスル剥ける。それを、3、4センチほどに切りそろえて煮る。
水分は具材とひたひたになるくらい。顆粒カツオだしと味醂、少々の塩、醤油、砂糖は入れない。後で述べるがそれ自身の甘みが出てくるからだ。
10分も煮ればじゅうぶん柔らかくなる。慌てないならば、火を止めてもそのまま煮汁に浸しておけばいい。あらゆる煮物がそうだが、そうすると味がよく沁みる。
口にすると、やや硬いフキの感じだが、やがて、さつまいもと共通するほのかな香りと甘味が口腔に広がって美味しい。
これを食さずにおくのはもったいない感じがする。さつまいも畑をお持ちの方、家庭菜園で栽培していらっしゃる方、近くにさつまいも畑がある方、これは季節の味としてぜひ一度味わってほしい。
同時に、戦中、戦後の代用食の時代を振り返ってみてほしい。
これも何やかや含めて、100円玉のワンコイン。
C級グルマンの貧乏レシピを求めての旅は続く。
そのためには、冷蔵庫を開けたら何もなかったという恐怖の瞬間にも耐えうる即応力と、ほとんど見向きもされない安価な食材を自己流に美味に変えるという試練に耐えなければなりません。
ここ何日かに行ったその厳しい現実への対応の記録です。
【しょのいち】玉ねぎラーメン
業務用の生ラーメン(5食分税込み350円ほど)を買ってきたのはいいけれど、具にするものがほとんどない。あるもので作るしかない。中玉7個入り300円ほどで買ってきた玉ねぎしかない。あとは香味野菜のみ。
で、玉ねぎをを使うことに。中玉一個の半分を使う。中華丼一杯分の水を鍋に入れ、適当に切った玉ねぎを入れて、少量の塩味で煮込む。
中華丼には顆粒状の鰹だし小さじいっぱい分ぐらいと、少なめの醤油、胡椒、胡麻ラー油少々を入れて待機する。
もう一方の鍋では、生ラーメンを所定の時間に即して湯がく。
玉葱の甘味が程よく出たころに、そのスープを中華丼に注ぎ込む。玉ねぎは鍋に残す。
ここでスープの味を確かめる。
麺が湯がき終わったらそれをスープに入れ、少し撹拌しスープになじませる。
その段階で鍋に残した玉ねぎを麺にのせる。
ほかの具は、ボロニアソーセージとカイワレ。
ただしこのままでは味に締りがないので、薬味の野菜をやや多めにのせる。
ネギの小口切り、オオバを刻んだもの、それに旬のミョウガの小口切り。
美味い! スープに玉ねぎの甘みが出ていてまろやかだ。
玉ねぎの甘みと、香味野菜の刺激とがとても面白いハーモーニーになっている。
たぶん、何やかや含めてワンコイン。ただし100円玉ですぞ。
【しょのに】さつまいもの茎
これはスーパーの野菜売り場では見かけたことはない。手に入れるのは農協の野菜売り場で、ひと束80円ほど。
毎年、この時期はこれにこだわる。
何故かと言うと、戦中、戦後の食糧難時代、さつまいもはほぼ主食の位置を占めていて、この茎は「代用食」の一つであった。収入の道もない疎開民の母子家庭、スギナやイタドリなど、食えるものは何でも口にしたが、このさつまいもの茎は何とか食べれれるものだった。
茎の長さは25センチ前後、フキの要領でまず皮を剥く。細いほうから剥くと意外に簡単にスルスル剥ける。それを、3、4センチほどに切りそろえて煮る。
水分は具材とひたひたになるくらい。顆粒カツオだしと味醂、少々の塩、醤油、砂糖は入れない。後で述べるがそれ自身の甘みが出てくるからだ。
10分も煮ればじゅうぶん柔らかくなる。慌てないならば、火を止めてもそのまま煮汁に浸しておけばいい。あらゆる煮物がそうだが、そうすると味がよく沁みる。
口にすると、やや硬いフキの感じだが、やがて、さつまいもと共通するほのかな香りと甘味が口腔に広がって美味しい。
これを食さずにおくのはもったいない感じがする。さつまいも畑をお持ちの方、家庭菜園で栽培していらっしゃる方、近くにさつまいも畑がある方、これは季節の味としてぜひ一度味わってほしい。
同時に、戦中、戦後の代用食の時代を振り返ってみてほしい。
これも何やかや含めて、100円玉のワンコイン。
C級グルマンの貧乏レシピを求めての旅は続く。