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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

赤かぶの酢漬けが好きな女性

2016-11-30 15:33:07 | ひとを弔う
 赤かぶの酢漬けが好きな女性とつい最近まで一緒に暮らしてきました。
 
 11月19日、雨がそぼ降るなか、滋賀県は湖北の紅葉の名勝、鶏足寺を訪れましたた。彼女はお留守番。
 帰途、訪れた道の駅で、野菜をお値打ちにゲットしました。
 ネギ一束、日野菜一束、唐辛子一束、それに赤かぶの中玉二個で500円でした。とてもお値打ちですね。
 ネギはともかく、唐辛子は干して鷹の爪として用いるつもりで吊るしました。
           
 日野菜はネットを参照しながら、少しばかり凝った漬物にしました。
 21日、彼女は、「ちょっと変わった味だねぇ」といいながらそれを食べました。
           
 赤かぶは時差をつけて遅らせ、11月22日に漬けました。
 当初、少し意地悪をして、「今度は塩漬けにしようかな」というと彼女はムキになって「嫌だ、酢漬けがいい」といいつのります。
 もとより、こちらもそのつもりでしたから、「わかった、わかった。酢漬けにするよ」といいました。

 彼女の好みはあまり酸っぱくはなく、千枚漬けのように甘口のほうだと心得ていましたから、そのつもりで作りました。いつもより甘みが強すぎたかもしれません。
 「今日はまだだめだから、明日になってから食べ始めようね」といいました。「楽しみだよねぇ」と彼女。

 その後、19日に撮ってきた紅葉の写真、何十枚かをスライドのように見せました。
 「きれいだねぇ、きれいだねぇ」と幼子のように見入っていました。一巡して最初に戻っても飽きることなく見ていました。
           
 赤かぶは、酢に入れた瞬間から赤味を増し、どんどん鮮やかな色になってゆきます。
 夜になって点検し、味見をした頃には、既に全体が真っ赤に染まっていました。そして、これは彼女の好みの味だと確信がもてました。

 しかし、彼女はそれを味わうことができませんでした。
 赤かぶが、これ以上赤くはなれないというほどに赤く染まった頃、彼女は急逝してしまったからです。

 できあがった赤かぶの酢漬けの一部は、ラップをして彼女の棺の中に入れました。せめて、冥土への旅路で味あわせてやりたかったからです。
 私には、もうその声は聞こえませんが、きっと、「こんどは少し甘かったよねぇ」といっているのではないでしょうか。

 息子夫妻にその物語を告げ、かなりのぶんを持たせてやりました。娘も食べました。私も箸をつけました。気づいたら、大きなガラス鉢にいっぱいあったのが、こんな小鉢におさまるほどになっていました。
           
 あったもがなくなるということは寂しいものです。
 時間とはあったものがなくなり、なかったものがあるようになることだといわれていますが、私の年齢になると、あったものがなくなるということのほうがはるかに多くて、私自身がやがてなくなる身だということを痛感するのです。

 赤かぶの酢漬けが好きな女性は、いまごろ、どこを旅しているのでしょうかねぇ。










コメント (2)
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