11日、いつものクリニックへでかけた。
別に悪いところはないのだが、薬をもらうために二週間に一度は行く。十数人座れる待合室は、私の行く午後4時からの時間帯にはいつも2,3人しかいないのだが、この日は連休明けのせいか7,8人がいて、ひとつずつ席を空けるのがやっとだった。
ああ、こんなに混んでるのだったら本を持ってきてよかったなぁとそれを読み始める。はたせるかな、自分の番はなかなか来ない。でも、何人かが診療室に呼ばれ、そろそろ自分の番かなぁと思っているときそれは起こった。
中年と思しき女性が一人、受付カウンターへ来て、「すみません、風邪のような症状なのですが・・・・」。
受付の女性が即、立ち上がり、「すぐ外へ出てください。こちらから行きます」と彼女を外へ出した。
やがて、クリニックのスタッフが外へ出てゆく。
診察が済んで帰ったひともいたが、新しくきたひともいて、待合室には相変わらず7,8人がいた。それらの人々の間にピ~ンと緊張の糸が張りめぐされるのがわかった。私だって、悠然と書に目を通してはいられなかった。
ん、ん、これは、という疑心暗鬼が駆け巡る。
その直後、私の番が来て診療室へと招かれる。
とくに変わりはないことを告げ、いつもの薬を依頼する。
血圧を測りましょうということで、その結果は高い方が140。いつもは130で収まっているのでやや高い。先程の待合室での緊張のせいだろうか。
診療時間は3分ほど。待合室でしばらく待ち、診察代と処方箋をもらって外へ出る。駐車場にエンジンをかけたままの車が一台。先程の女性とその連れ合いとおぼしき男性が乗っている。
おそらく、緊急検査の結果を待っているのだろう。
それを横目にすぐ近くの調合薬局へ。待つこと約15分、所定の薬を受け取り帰途へ。
帰りにクリニックの前を通る。先程の車はまだ停まっていて二人とも車中にいる。ちょうど私が通りかかったとき、クリニックからスタッフが出てきて車の方へ。検査結果が出て、それを伝えに来たのではないだろうか。
その結末を知りたいとは思ったが、そのためになにかするほど野次馬根性が旺盛ではない。あとは想像の世界に任せてその場を離れる。
ところで、風邪の症状が・・・・と言っていたが、それは彼女の方だったのだろうか、それとも連れ合いの方だったのか。まあ、お互い濃厚接触者なのだから結果は一緒だろうが。
それにしても、あの待合室での緊張の場面、渦巻く疑心暗鬼の念は忘れがたい。コロナ禍の初期、他所からの車や人の移動に敏感になったひとが、その他所者へ危害や加えるような排除工作があったことが伝えられ、なんと狭量なと思ったりもしたが、これまで述べてきた過程からして、それもあり得ることがなんとなく理解できる。
この他者の一挙手一投足に過敏にならなければならない状況、逆にいうと、人前では咳やくしゃみすらまともにできないという自粛の強制が三年目に入った。
若い人には人生にはこんなこともあるといういい経験かもしれない。しかし、私はその人生をもう終わろうとしているのだ。だから、いい経験などとは言っていられない。
私がものごころついたとき、戦争の真っ最中であった。そして死んでゆくときには、コロナが残された可能性をほとんど閉ざすとしたら・・・・。
な~んて愚痴をいいながら私は生きてゆく。
セ・ラ・ヴイ!
*写真はクリニックへ行く途中で撮した雨が上がりの水たまりへの映り込みの風景。