ごく当たり前のことだが、一つの事象はそれに先行する事象によって起こり、前者は後者の痕跡となる。だから私たちの周辺にある事象は先行するものの痕跡としてある。
その先行するものも、さらにそれに先立つものの痕跡だとしたら、この先行探しは、今から138億2千万年前のこの宇宙の始まり、ビッグバンへと至るのではあるまいか。逆に言うと、ビッグバンこそがすべての事象を可能にした始点であるといえる。
前線が通過した後の痕跡
ある意味、これはその通りなのだが、では今私たちが眼前にしている事象、そしてそれらの今後の推移もすべてビッグバンに予め書き込まれていたものの発現にすぎないのかというとそうではあるまい。すべての未来がすでにして書き込まれているものの現れであり、私が何を意志し、どんな行為を選ぼうが、それは書き込まれていたものに従った演技にしか過ぎないとしたら、私たちは深いニヒリズムに捉えられる他はない。
実は、近代においてこの関係をもっとも深刻に受け止めたのがニーチェだった。
ときあたかも、近代的合理主義と一神教的形而上学が相まって、世俗的な面から聖的な面までもが決定論的に語られるなか、その背後にあるニヒリズムを嗅ぎ取り、その脱却のために考え出されたのが、ニーチェの「永劫回帰」だった。
ただし、当初の「永劫回帰」はいわばニヒリズムの局地であった。始めも終わりもなく、同じ運命が永遠に繰り返されるとしたら、「一切はむなしい、一切は同じことだ。一切はすでにあったことだ」。これほど虚しいことはあるまい。
にもかかわらず雪が降った痕跡
しかし、ここでニーチェはクルリと体を躱すようにして「前を向く」。「よろしい、ならばその生をなにか本質的なものから疎外されたものとして忌避するのではなく、まさにわが運命として引き受けようではないか」。ようするに、どこかに他の運命がと漠然と期待したりするのではなく、まさにこの運命をわがものとして引き受けそれを肯定してゆく「運命愛」の発見である。
こう書いていても私自身、よくわかっているわけではない。論理の飛躍もあるだろう。
しかしこれは、いわゆる運命といわれるものを受動的に甘受せよというわけではあるまい。
痕跡の痕跡の痕跡・・・・という連続のなかで、私自身はその痕跡の一つに過ぎないのかもしれない。しかし、その痕跡の痕跡の痕跡・・・・という連続のなかで、私自身が新たな痕跡の創始者、あるいは変革者たりうるかもしれない。
これは何の痕跡かはむつかしい わが家の近くのスミレの群落の黄葉
それを説いたのはハンナ・アーレントであった。
私たちは先人が築いた痕跡の集積の中へと生み出され、それを受容しながら生きてゆく。しかし、私たちが単に受け身の消費者にとどまらず、なにか「活動」に相当するような行為としてそれらの痕跡に能動的に関わるとしたら、既存の痕跡の変革者、新しい痕跡の創造者たりうるかもしれない。
これはニーチェの運命愛の否定ではなく、本当に自分の運命を愛するということはどういうことかを展開したかのように思わせる。
ビッグバン以来の過程で生み出された人類は、まだ宇宙環境そのものを対象とした面では何の能動的成果をも挙げてはいないが、近年の「人新世」の概念が示すように地球規模での環境を左右しうる手前まで来ている。それらの気づきが、人間による積年の地球環境破壊の結果であるというのは皮肉ではあるが・・・・。
わが家のガレージ近くの白南天 晴天の痕跡陽が落ちゆく
しかし、ハンナ・アーレントの主著のひとつ、『人間の条件』(ドイツ語版を底本とする日本語訳は『活動的生』)が、ガリレオによる望遠鏡の発明や、執筆時の人工衛星スプートニクなどを冒頭に掲げ、地球そのものが人間の対象となった時代(1950年代後半)を出発点としていることは象徴的でもある。
私たちは先人の産み出した痕跡の累積のなかで生きている。
それをどう捉えるのか、それに何かを加えたり変えたりができるのであろうか。それらは宇宙規模での痕跡には無力であるかもしれないが、地球規模での痕跡にはなにがしかの付与、変革を可能にするかもしれない。
さらに何世紀か後、AI に先導された人類が、地球規模を超えて宇宙規模での力を発揮し、ビッグバン以降の歴史を変革するという物語が可能かもしれない。しかしこれは、今のところSFの世界の話であろう。
現実の私は、次のゴミ出しはいつだったっけ、年末から年始にかけ、酒類を飲む機会も多かったから、ビンもけっこう溜まってる、これを出す日は、などというレベルで生きている。
【付:わが食欲の痕跡】
今年初おでん。今日明日の連休はこれに青野菜、他に若干のもので凌ぐつもり。
はじめて関東風の白いはんぺんを使ってみたが、これが始末に負えない。出汁に浸かるというよりプカプカ浮かんで移動する。いつものように、鍋のなかの各具材をきちんと整列させにくい。次から入れてやんないから。
味はいいと思うよ。