いやぁ、面白かった。確か60年ほど前に一度目を通しているはずだが、今回、読み返してみて、こんなに面白かったのかと再確認した。1949年にディストピア小説の最高傑作といわれ、管理社会を描ききった『1984年』を発表した作家、ジョージ・オーウェルがその4年前に書いた寓話風小説『動物農園』だ。
なぜ読み直したかというと、1966年の吉田健一(戦後の首相、吉田茂の息子)の翻訳が、新しい装丁と楽しい挿絵入りで再刊されたと聞いていたからである。とくに、ヒグチユウコさんの挿絵は的確で楽しい。
物語は、ジョーンズという男の経営する農園で夜な夜な動物たちが集まり、老いたる豚のジイさんから、農園で働く動物たちがいかに人間たちから奴隷労働を強要され、搾取されているのか、そしていつの日かその絆を断ち切らねばならないということを聞くところから始まる。語り終えたジイさんは寿命が尽きて死んでしまうのだが、ちょうどその頃、農場主のジョーンズは諸事情もあって、農場経営も雑になり、酒に入り浸って動物たちに餌を与えることすら怠る様になる。
そんななか、その待遇に耐えかねた動物たちの反乱が、ジイさん豚の予言通り成功してしまい、動物たちの自治によるコンミューンが成立する。これが表題の「動物農場」である。
希望に満ちた動物たちの共労生活が始まる。さまざまな提案が検討され、表決によって実施される。が、意見の相違も表面化し、派閥も生じる。派閥の一方は論理的でこの組織の掲げる理想に沿った未来への提言を行うのだが、権謀術策に長けたもう一方の派閥によって、逆に組織の破壊者として追放されてしまう。
それと同時に、動物たちの中に階層化が進み、もっとも知恵があるという豚たちが権力の中枢(官僚)にその座を占める。反逆者として追放されたスノーポールも、それを追放したナポレオンも、ともに豚だった。
こうして、忠実な豚たちと反抗するものを牙で威嚇する犬たちで周辺を固めたナポレオンの独裁政治が始まり、当初の崇高な理念は次々と改変され、気がつけば動物たちはお題目はともかく、その実質は解放以前と全く変わらぬ状況に置かれていることになる。
その間に、反逆者と名指された動物たちの大量粛清、労働英雄と称賛された馬の限界を超えた労働の展開、付近の人間経営の農場との協定とその破綻による戦争、協同組合方式から市場経済導入への後戻りなどなどがナポレオン独裁のもとで展開される。
そして、その動物農園の行方は?ということになる。
これらが平易に、子どもか読んでも楽しいような挿絵入りの寓話方式で語られる。
これを、「権力は腐敗する」という一般論の寓話として読んでもじゅうぶん楽しいが、ロシア革命とその後のソ連の辿った歴史として読み返すと一層のリアリティが感じられる。
独裁者となるナポレオンはもちろんスターリンだし、追放されるスノーポールはトロツキーである。また、それぞれのエピソードは党主体の官僚化、秘密警察GPU(ナポレオンを守る犬たちとして登場)を駆使した大量粛清、ナチスドイツとの条約締結とその破綻による戦争、市場経済の導入による国家資本主義の展開などなどを指し示している。
オーウェルの非凡なところは、世界中のほとんどの左翼がソ連にまだ幻想をもっていた1945年にこれを書いたことである。スターリン独裁化の諸事実が世界に知れ渡ったのは、1956年のソ連共産党第20回大会でのフルシチョフの秘密報告によってだった。
だから彼は、しばらくは単なる反共主義者だとかトロツキストだとかという中傷非難のうちにあった。しかしこの書は、彼が決してそんな存在ではなかったことを示して余りあるものがある。だからこそ彼は、これを書いた4年後、冒頭で触れた不朽の名作『1984年』を書くことができたのである。
惜しむらくは、彼オーウェルが1950年、わずか47歳にして結核のためこの世を去ったことだ。
なお、冒頭にも書いたが、この書を楽しいものにしているのはその装丁やヒグチユウコさんの挿絵によるところが大きい。その線画風の柔らかいタッチの挿絵は、この書の寓話性を一層引き立たせている。
一日で一気に読み上げる楽しい読書だった。