人生で二度と経験しないかもしれない巨大地震の余波ですから、仕方がないことかもしれませんが、日々刻々と状況が変わっていきます。
まず、計画停電は、結局第5グループのごく一部だけで実施されただけで、私たちの地域を含む第2グループは、停電にはなりませんでした。それも、2時間程度のことですので、今後計画停電が実施されたとしても、当初想像していたような、毎日数時間定期的に停電することはなさそうです。節電が効いているのかもしれません。
鉄道関係も、夜になってだいぶ動き出しているようですし、今日の大混乱を受けて、明日以降は当然対応を変えてくると思われます。
そして、何もこんな時にと思いながら、学生たちにとっては、なくてはならない娘の修学旅行が、明日に迫っていましたが、出発を明後日に延期し、新幹線からバスに切り替え、集合場所も東京駅から学校近くに変更されました。
娘は修学旅行が一日減ってふくれていましたが、賢明な判断ですね。今日の学校までの大荷物の持参ですら、大混乱で多くの父母が車で学校まで送っていったのに、走るか走らないかわからない中、東京駅に8時集合というのは、どう考えても無茶です。
水曜日には、45kmのジョギングをして、午後にはカミさんの要望で町田のコストコに買い物にでかけました(東京で被災者を出したあのコストコです。たった二日後の同じくらいの時間に、自分たちが通ったスロープが崩壊し、日常と非日常が同居していることを感じました)。
そして、一日おいて、地震が起きた金曜日の夜には、夕方から深夜にかけ、20kmにわたって歩きました。途中、卒業式で事故があった九段会館の前を通ったり、高台の墓地が崩れおちているのを目にしたりしました。人々は黙々と歩き、時折、まったくの民間の方がお茶のサービスをしたりして頭が下がる思いでした。
さらに一日置いた昨日の日曜日は、朝からクリーン作戦と散ドラ活動に参加し、午後には金曜日に娘が地震のために学校からそのまま乗って帰ってきた自転車を学校の最寄駅の駐輪場に戻しに行って、少し普通の生活に戻った気がしていました。
しかし、今日の計画停電とそれに伴う鉄道の運休で、また普通の日常が大きく揺らぎました。このあともまだまだいろんなことが日々刻々と変わっていくでしょうし、それはそれで仕方ないと思いますし、日本人はそれに耐えるだけの力を持っていると思います。そのためにも、迅速で的確な情報開示を心掛けてほしと思います。
と思っていたら、また福島第一原発の2号機で燃料棒が水面から完全に露出し、空焚き状態となり、炉心が溶融する危険性が出てきました。地震そのものの早期復旧とは別の難題を抱えてしまっていますが、何とか総力をあげて、この危機を食い止めてほしいです。
そして、そういう危機を乗り越えるために必要なことは何かについて思ったことです。計画停電についての記者会見で、東電の関係者を問い詰めるかのように矢継早に質問を投げつけるマスコミの記者たちが大半でした。今回の東電のやり方が稚拙で、乱暴だったのは、私も認めるところですが、それに対して、記者たちが担当者を吊し上げるような記者会見をやったところで事態は一向に解決しません。冷静に事実を確認し、今後の見通しを明らかにするのが記者の努めであって、自らが正義を体現しているかのように過信するのは百害あって一利なしです。このようにマスコミであれば何をしても、聞いても許される、相手を裁いたっていいというような態度が、日本の未熟なマスコミ人にはまま見られますが、ここは何が本質で、何が大切なことなのかをしっかり考えてほしいと思います。