りんたろうくんは小学校五年生の男の子。
幾分早熟気味で、人間のこと、世の中のこと、に興味を覚え始めている。
話は、彼に向かって語られる。
では、はじめよう。
キリスト教は宗教の一つだ。
宗教、と言うと日本の大人たちは、「危険なもの」と連想する。
貴君もそういう空気の中で成長していくことになる。
キリスト教についても、知らず知らずのうちに恐怖感を抱くことが起きるだろう。
だから、敢えて「安全な」学び方を意識して話をしようと思う。
<神は「見えない影響者」>
宗教には必ず神様とか神とかが出てくる。
人間はみな、神というイメージを心に抱くからだ。
神とは一言で言うと、「見えない影響者」だ。
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我々人間には、五感がある。
五感とは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の感覚器官だ。
我々は、産まれてから、この五感でものごとを認知しながら成長する。
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だが、同時に、この五感でキャッチできないものをも、意識しながら生きている。
人は病気になる。
病気は苦しいし、痛い。
こういうとき、人は、「どうして病気になるか」と、その原因を考える。
そしてその原因が五感で認識できる時はいいが、そうでないときには「見えないもの」を意識する。
病気をもたらす怖い存在を想像する。
だから生きていれば必ず「見えない影響者」をイメージするのだ。
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それが鬼とか、般若とかである時もあるが、こういう「見えない影響者」をまとめて「神」といっている。
そういう怖い存在も、広い意味での神なのだ。
こうして人は「見えるもの」だけでなく、神イメージも抱きながら生きていくのだ。
リン君、今回はここまで、としよう。

2018年(平成30年)、春ですね。
これから「安全なキリスト教の学び方」というテーマで話を始めます。
聖句主義、バイブリシズムについてはまだまだ言いたいことありますが、
それらはまた<臨時版>として途中に挿入することにします。
では、次回から、このカテゴリーで話します。
ご期待下さい。
