
今日は在物神を神イメージとして活動する宗教を考えよう。
名付けて在物神宗教だ。

<フィーリングは理念には展開しない>
前に言ったように、在物神は「神秘的な感慨」として意識される。
感慨は英語で言ったらフィーリングだ。
日本語で言い換えたら、感情であり、情緒かな。
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そして感慨は神の理屈は産み出さない。
「ジーンと感じる」それだけのものだ。
だからこのイメージには、人は短い時間で飽きる。
飽きるとその物質から離れる。
だが、しばらくすると、また神秘的な感慨が欲しい気持ちになる。
するとまたその物質に対面して神イメージを味わう。
こういうことを繰り返すのが、在物神宗教の特徴だ。

<彫像を造る>
しかし、人は同時に、その感慨が強くなることを望む。
すると、ある人がその神イメージを像にしたりもする。
石や木材などで彫像を造る。
すると、その神は形をイメージしやすくなる。
人の形の像を造ると、擬人化のイメージも得られやすくなる。
こうして神イメージを強めようとするのだ。

<神の家(神殿・社殿」)をつくる>
イメージした神が住んでいる、とする建物を造るのもそういう工夫だ。
建物の中にいるとなれば、それは神イメージが擬人化されて想像されやすくなる。
建物を二重構造にして、一般人が参拝する表広間と、その奥にある奥の院を造るともっと効果的だ。
一般人は直接神様には参拝できないが、奥の院に入れば参拝できるとすると、また、実在感が増す。

<神官を造る>
人はさらに、この神に「特別に通じている」というイメージの人間をも造る。
そして彼だけが一般人より優れて神と交信できる人、として彼を神官とする。
彼は常勤して、一般人と神との仲介をしている、という存在になる。
こうすると、神イメージはまた実在感を増すだろう。
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他にも人間は色んな手段を考案する。
がとにかく、感慨の神は理屈に展開することがなく、「ジーンとした実在感」にとどまる。
人はこの印象を強くしようとして様々な演出手段を考案していくことになる。
これが在物神宗教の特徴だ。
