
これまでに~
仲介者が介入すると、在物神宗教は安全でなくなることを
~みてきた。
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今回は、その構造が創造神宗教にも現れうることをみよう。
創造神を神イメージとする場合にも、仲介者が介入することはあるのだ。

<聖書は与えられているが>
創造神宗教では、聖書が与えられいる。
それは、創造神がいかなる神かを知っていくための、ことばによる手がかりだ。
だが、この書物についても、人間は唯一の正統解読を得ることはできない。
それは、自由解読をし、スモールグループで相互吟味をしていると、経験的にわかってくる。
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けれども、「絶対正解が得られるかもしれない」と漠然と思っている人は沢山いる。
その人々は、やはり唯一の正解を期待する。
同時に自分の解釈がそれから外れているのでは、という恐れも抱く。
そういう人々を対象に、自称仲介者は出てくるのだ。

<代表例はカトリックの聖職者>
創造神宗教での仲介者の代表は、カトリック教会の聖職者~法王、司教、司祭~だ。
彼らは話し合って、聖書の唯一正統な解釈はこれだ、と決めて、一般人に与える。
彼らは、「自分たちは創造神の御旨を受信している」と考えている。
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これを受け入れると、人々はなにかにつけて彼らの言葉に左右されやすくなる。
この状況は仲介者付き在物神宗教と同じ構造である。

<天動説と地動説>
なお、カトリックの場合には、仲介が正しくないとバレた歴史的事件がある。
欧州のルネッサンス期に、絶対正しいとしてきた天体知識が、科学者の発見によって覆された。
いわゆる天動説の間違いが、地動説によって証明された。

<科学という認識手法の出現>
これを機に、カトリック教団とは異なった、認識の手法が生まれた。
サイエンスという手法がそれだ。
それは~「見えない世界の事柄」は、五感で認識できるところに投影させて捉えて、考えよう
~という手法だった。
サイエンスの日本での訳語が科学である。
今回はここまでにしておこう。
