「ヨハネ伝」5章に戻ります。
「自分と父なる創主とは一体」(24節)
というイエスの言葉を記した後、ヨハネは、裁きに関するイエスの言葉を記録しています。
裁きとは、ミケランジェロの絵によっても良く知られている「最後の審判」のことです。この宇宙はある時、火で焼かれて消滅するというのが、聖書の思想なのです。
「しかし、いまの天と地は、おなじみ言葉によって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔なものどもの裁きと滅びとの日まで、保たれているのです」(ペテロの第二の手紙、3章7節)
ーーーはそれをいっています。そして、全ての人間の霊はある種の身体を着て復活し、最後の裁きを受けることになる、といいます。
その裁きとは、天の創主王国に行くものと火の湖に行くものとを仕分けするという裁きです。
<聖書の空間図式の中で>
宇宙が火で焼かれた後、我々を取り囲む世界空間はどうなるか。これをイメージするには、聖書がそもそもどういう空間理念を持っているかを知る必要があります。
拙著「誰もが聖書を読むために」(新潮選書)や「聖書のことがよくわかる本」(中経出版)等をご覧ください。図ですから、立ち読みするだけでわかります。
そこでは、天国という広大な空間があって、その中に小さく宇宙があります。さらにその中に地球がある。こういう図になっています。上記のペテロの手紙の、「天と地」はこの宇宙に相当しています。
宇宙は、もともとはプラズマ状態になった火の固まりが、急膨張(ビッグバン)冷えて出来たもの~~こういう説明も天文物理学でなされているようです。この理論では、宇宙はいまも膨張し続けているということです。
これからいきますと、上記のペテロの手紙がいっていることの実体は、こうイメージできます。宇宙が一転して収縮に転じ、もとの火の固まりにもどる、と。それを、聖書では「火の湖」といっているのだと。
ともあれ、これで、創主がつくられた被造空間は、創主の王国である天国という広大な空間と、火の湖との二つだけになります。
そのどちらかに、人間の霊が仕分けされるというのです。そして、その結果の状態は、その後、永遠に続くという。だから「最後の」裁きということになるわけです。
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