Sightsong

自縄自縛日記

伴野朗『上海伝説』、『中国歴史散歩』

2009-03-21 22:28:36 | 中国・台湾

1930年代の魔都・上海の雰囲気を味わえるかと、買っておいた105円の古本、伴野朗『上海伝説』(集英社文庫、2002年)を読んだ。気分転換の冒険小説である(最近、ストレスフルで瞼が痙攣していたりするので・・・)。

日本軍と国民党との勢力争い、その中で、怪物が蠢く。男装の麗人・川島芳子、のちの政財界の黒幕・児玉誉士夫、満州国建国の黒幕・土肥原賢二。謀略と暗殺のオンパレードなのだが、講談的・活劇的な虚構であっても、土肥原機関、藍衣社、CC団などが活動した中国の様子が描かれていて愉快だ。上海を舞台にした小説としては、J.G.バラード『太陽の帝国』がもっとも好きなものなのだが、租界のイギリス人から見た世界と、このように魑魅魍魎のアンダーグラウンドを睨んだものとは、当然ながら、全然異なる。北京の胡同(フートン)に相当する、上海の横丁・弄堂(ロンタン)を彷徨ってみたくなる。

ところで、小説では、蒋介石に抗して、汪兆銘(汪精衛)を土肥原機関が保護し、かつぎあげていく。汪の生涯には興味があったので、どうなることかと読み進めていくと、何だか中途半端に終わってしまい、別の話(終わるまで、挿入されたエピソードだと思っていた)になってしまう。長編ではなく、連作集なのだ。ちょっと残念。

大阪・梅田の地下街にある古本屋・萬字屋書店(わりと密度が高くて楽しい)で見つけ、これも気分転換用に手に入れたのが、伴野朗『中国歴史散歩』(集英社、1994年)。やはり知らないエピソードが散りばめられていて、何度もへええと言わされてしまう。

三国志や邪馬台国のことは、ウルサガタが多いので下手なことは言わないことにして、例えば。

○大航海時代に先立つこと90年、中国の鄭和は南回りでアフリカ東海岸に到達する。その船団は8千トン級が62隻、27,800人以上。これに対し、コロンブス船団は3隻であり、サンタマリア号は250トンだった。
○黄河の水1トンに含まれる泥砂は37.6キロ。なおナイル川は1.6キロ、長江は0.4キロ。これにより、日本総面積の半分を超える面積を造成してしまった。
○北京郊外・周口店で発掘された北京原人の骨は、1941年、米軍により米本土に移送すべく、秦皇島のキャンプ・ホーカムに移された。ここで失踪した骨は、まだ見つかっていない。
○万里の長城の東端(秦皇島)・山海関は、明の時代、とても攻略できない大要塞だった。北京の明が陥落した報をきいた将軍は、北京に残した自らの愛妾を取り戻すため、清に山海関を明け渡した。要塞は内部から崩壊した。
○悪女ぶり、政治家としてのスケールで言えば、西太后は、中国唯一の女帝である則天武后に遠く及ばない。ところで自ら文字(則天文字)を20程度作ったが、そのうち1字だけ日本に生き残っている。徳川光圀の「圀」である。
○元寇において、2回の「神風」により、モンゴル軍の多くの船は沈没した件。1回目は高麗の軍、2回目は旧南宋の軍が多く、実はモンゴルにとってはさほどの痛手ではなかった。とくに南宋については、危険な存在として、日本への入植も見越した「棄兵」だった。

―――など。

新聞社で中国を担当していただけあって、この作家の中国ものは多い。だが、いつでも人気のある三国志もの(ちょうど『レッドクリフ』も流行っているし・・・)を除いては、今はあまり新刊としては本屋に並んでいないようだ。

●参照
万里の長城の端ッコ(秦皇島)
上海の夜と朝