Sightsong

自縄自縛日記

ミルチャ・エリアーデ『ムントゥリャサ通りで』

2009-06-22 00:57:44 | ヨーロッパ

ミルチャ・エリアーデは、自分にとっては、これからも格闘すべき『世界宗教史』を書いた宗教学者である。ただ小説も書いており、フランシス・フォード・コッポラの最新作『コッポラの胡蝶の夢』の原作にもなっている。この映画がわりに面白かったので、気紛れに小説『ムントゥリャサ通りで』(法政大学出版局、原本1967年)を古本屋で見つけて入手した。

老人はある官僚の家を訪ねる。自分はかつて小学校の校長であなたも教えたのだ、あなたと仲の良かった男の消息を知りたいと言うが、官僚は、自分は小学校になぞ行っていないと突き放す。その友人は、地下室で水に潜り、そのまま地下世界へ消えた別の友人の運命を探っていた。さらには、弓を天に向けて放ったが戻ってこなかったこと、2m40cmもある彫刻のような美しい女性の結婚式のことなどを、政府の高級官僚に請われるまま語り続け、憑りつかれたように何百枚もの紙に書き続ける。

『千夜一夜物語』では、シェヘラザードが王の女性殺しを止めさせるため、実はこの話には続きがございます、と、毎夜語り続けた。『ムントゥリャサ通り』では、まったく関係ないような仔細な話を延々と繰り出す老人に対し、聴き手が早く核心に触れろと迫ると、いえいえその話をするためにこの話が必要なのです、と、怯えながら迷宮に誘い込む。そして読み手にさえ、読み終わっても話の全貌はつかめない。

さらに否応無く想起させられるのは、ホルヘ・ルイス・ボルヘススティーヴ・エリクソンだ。ボルヘスは、『千夜一夜物語』を幾度となく引用している。エリクソンには、ヒトラーのためにポルノを書き続ける男を描いた『黒い時計の旅』や、相互にずれ連関する複層世界での愛を描いた『Xのアーチ』がある。並行世界の象徴としての紙とペン、そして書くというプロセスと読むというプロセスにより、並行世界が交錯する。

これで『千夜一夜物語』、ボルヘス、エリアーデ、エリクソンが勝手に系譜としてリンクした。