Sightsong

自縄自縛日記

CIMPレーベルのフランク・ロウ

2012-05-05 18:47:19 | アヴァンギャルド・ジャズ

愛すべきテナーマン、フランク・ロウの発掘盤がESPレーベルから出ていて、それを早く聴きたいところなのだが、とりあえずは気持ちを鎮めるために、棚にあったCIMPレーベルの2枚を聴く。両方、サックス、ベース、ドラムスのトリオである。

■ 『Bodies & Soul』(CIMP、1995年)

Frank Lowe (ts)
Charles Moffett (ds)
Tim Flood (b)

何といってもチャールズ・モフェットの参加である。オーネット・コールマンとの共演で鳴らしたこのドラマーは、『"At The "Golden Circle", Stockholm』と変わらぬ勢いで、シンバルをばしゃんばしゃんばしゃんばしゃんと、バスドラムをど、どんどんどどんと叩きまくる。ひたすらに格好良いのだ。

もう敢えて聴く人も少ないかもしれないが、日本制作によるグループ「G. M. Project」(「General Music」の意味だったと記憶している)のドラマーでもあって、それも期待して、1997年2月、ブルーノート東京に聴きに行った。ところが急の来日中止、代役のドラマーが誰だったかは覚えていない。ケニー・ギャレット、息子のチャーネット・モフェット、それからピアノが・・・名前が出てこない、エルヴィン・ジョーンズとも来日していた男(誰か思い出してください)。

モフェットはその公演期間中に亡くなった。なお、トニー・ウィリアムスもそのすぐ後に亡くなり、世界は相次いでふたりの偉大なドラマーを失ったのだった。

なお、この盤では、オーネット・コールマンの「Happy House」、ジョン・コルトレーンの「Impressions」、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの「For Lourie」、ドン・チェリーの「Art Deco」を演奏しており、彼らに相応しい感がある。もちろん、「んっ」という感じでタメを作り、ノリも音色も独特なフランク・ロウのソロはとても良い。締めくくりに、ロウが無伴奏で「Body & Soul」を吹く。これが枯れていてまた嬉しい。

■ 『Vision Blue』(CIMP、1997年)

Frank Lowe (ts)
Steve Neil (b, Guinea harp)
Anders Griffen (ds)

録音は1997年2月19-20日、6日前の14日にモフェットが亡くなっている(ライナーノートには、もともとその日にジョー・マクフィーとの録音を予定していたとあるが、それでは前述の東京公演中止はどういうことだろう)。そんなわけで、ジャケットも録音も、モフェットのスピリットに捧げたものとなっている。

とは言え、モフェット色が演奏に反映されるわけはない。演奏はすべて短めであり、他のふたりの個性が薄いためか、ロウの変態サックスの独壇場と化している。

CIMPレーベルから他のフランク・ロウ作品はないのかと調べてみると、このサックストリオによる2枚の他、ジョー・マクフィー(ここではトランペットを演奏)とのカルテット、そしてさらに、2002年に、バーン・ニックスのギターを入れたカルテットを吹きこんでいる(>> リンク)。オーネット・コールマンのプライムタイムにおけるギタリストである。これもプライムタイム味なのか?

●参照
ラシッド・アリ+フランク・ロウ『Duo Exchange』


勅使河原宏『おとし穴』

2012-05-05 09:17:54 | 九州

勅使河原宏『おとし穴』(1962年)を観る。久しぶりの再見。

北九州の炭鉱。坑夫(井川比佐志)は、息子を連れ、炭鉱を夜逃げ(ケツを割る)しては転々と流れる男で、「結局、行きつく先は炭鉱なんだろうな」との諦念を抱きつつも、「生まれ変わったら組合のあるところで働きたい」との夢をも語っている。彼は突然罠にはまり、廃鉱跡で白い男(田中邦衛)に不条理に殺されてしまう。白い男は、目撃していた駄菓子屋の女を脅し、偽証させる。実は坑夫はある炭鉱の第2組合長そっくりで、殺したのは対立する第1組合長だ、とするのだった。疑心に駆られた第2組合長は、偽証した女から話を聞きだそうと第1組合長を呼び出すが、既に、女は白い男に殺されていた。そしてふたりの組合長は殺し合いをはじめる。すべてを視ていた坑夫の息子は、泣きながら、誰もいない廃鉱の町を走り続ける。

ちょうど三井三池争議(1959-60年)が起きたばかりの時代であり、戦前から続く過酷な労働、炭鉱の衰退、先鋭化する組合運動といった側面がフィルムにも取り込まれている。

リアルであると同時に不条理劇でもあり(結局、白い男は資本側が組合を突き崩すために雇った存在なのかどうかさえ判らない)、幽霊を登場させるなど安部公房好みの寓話にも仕上がっている。何度観てもすぐれた映画である。

どうやら、もとは1960年に九州朝日放送で放送された安部公房のテレビドラマ『煉獄』であったらしい(観たい)。その安部公房は、この映画では脚本をつとめており、次のように勅使河原宏を評している。彼には造形と反造形の感覚がある。『砂の女』『他人の顔』となると造形的な側面が出てくるが、『おとし穴』は反造形の側面がきわだって出ている、と。(『勅使河原宏カタログ』、草月出版)。

四方田犬彦と勅使河原宏との対談(『前衛調書』、學藝書林)では、四方田犬彦が、ラストに登場する野犬のシーンを挙げ、実は警官(犬)を含め、フィルムに犬の主題が見え隠れしている、などと指摘しているが、正直言ってムリがある。(なお、この対談集は参考になるものの、非常に粗雑な仕事であり、安部公房『他人の顔』をろくに読まずに質問しているような有様である。)


『アートシアター ATG映画の全貌』(夏書館、1986年)より

●参照
勅使河原宏『十二人の写真家』(1955年)
上野英信『追われゆく坑夫たち』
山本作兵衛の映像 工藤敏樹『ある人生/ぼた山よ・・・』、『新日曜美術館/よみがえる地底の記憶』

●参照(ATG)
淺井愼平『キッドナップ・ブルース』
大島渚『夏の妹』
大島渚『少年』
大森一樹『風の歌を聴け』
唐十郎『任侠外伝・玄界灘』
黒木和雄『原子力戦争』
黒木和雄『日本の悪霊』
実相寺昭雄『無常』
新藤兼人『心』
羽仁進『初恋・地獄篇』
森崎東『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』
若松孝二『天使の恍惚』
アラン・レネ『去年マリエンバートで』
グラウベル・ローシャ『アントニオ・ダス・モルテス』