『Music of Morocco』(Dust to Digital、1959年)を聴く。ポール・ボウルズが1959年にモロッコ北部において採集した音楽の記録、CD4枚組である。
これを手にするまで、てっきり作家ポール・ボウルズがタンジールに移住して、生活の傍ら、趣味で録音したものだろうと思っていた。わたしは最初の長編『シェルタリング・スカイ』(1949年)を読んだだけだ。1999年に亡くなるちょっと前に、日本でもボウルズ再評価があって(それはベルナルド・ベルトルッチによる映画化も影響したのだろう)、四方田犬彦の翻訳による『蜘蛛の家』など作品集が出されたもののすぐに書店から姿を消してしまった。
実際には順番が逆であり、ボウルズはもともと作曲を学び、その後作家に転じたのだった。このモロッコ音楽の記録も、ロックフェラー財団やアメリカ議会図書館から予算を取得し、実施されたプロジェクトである。
このCDセットには120頁もの分厚いブックレットが付いており、1曲ずつにボウルズ自身が書き残したメモと解説がまとめられている。これを紐解きながら順に聴いていくと、実に愉しい。
というよりも、モロッコ音楽と一言でまとめられるようなものはなく、音楽のかたちや印象が非常に多岐に渡っており、しかもそのひとつひとつが音楽としてとても深いことが実感できる。オーネット・コールマンが傑作『Dancing In Your Head』で共演したのはジャジューカの音楽家たちであり、シャーリー・クラーク『Ornette: Made in America』 でその一部を観ることができる(本CDではジャジューカ村で録音したものはない)。また、のちにドン・チェリーらが共演したグナワの音楽も知られるようになった(本CDでは3枚目で取り上げている)。しかし、それはごく一部に過ぎない。
さまざまなパーカッション類、ダブルリードの笛、二股に分かれた長い笛、一弦や数弦の弦楽器、男性や女性のヴォーカリーズ、絶妙極まりないリズムの鐘、女性の甲高い震え声(ウルレーション)、ダンスの足を踏み鳴らす音。これらが混じりあい、ひとつひとつ異なるサウンドを創り上げている。また、スペインから伝わった、ヨーロッパ中世の伝統音楽の影響もあるという。これは驚きの世界だ。
4枚目の最後は、タンジールにおける早朝の生活音で締めくくられる。素晴らしい記録である。