原題:『Love Letter』
監督:岩井俊二
脚本:岩井俊二
撮影:篠田昇
出演:中山美穂/豊川悦司/范文雀/篠原勝之/酒井美紀/柏原崇/加賀まりこ/鈴木蘭々
1995年/日本
「ラブレター」の謎
奇妙なことに、本作は「ラブレター」というタイトルでありながら、正確を期するならばラブレターが書かれることは一度もない。主人公の神戸に住む渡辺博子は2年前に恋人の藤井樹を山の遭難事故で失っており、藤井の中学の卒業アルバムに載っていた小樽の住所に宛てて書いた手紙をきっかけに女性の藤井樹と交わす文通はラブレターではなく時候の挨拶である。
藤井樹は博子から手紙をもらうまでは、同姓同名で3年間同じクラスで、図書委員も一緒に務めていながら藤井樹のことを忘れていたのであるが、思い出しても彼に対する想いが変化することはない。例えば、以下のシーンを見てみる。
左の写真は中学校時代の担任の教師に藤井樹が、藤井樹が2年前に死んだことを伝えられるシーンである。背景の雪の白さとの対照で影になることで2人の心理が上手く表現されているのだが、藤井樹が悲しむような場面は巧妙に避けられ、ドリーによりカメラがそのまま左に動き、学校の廊下のガラス越しから映される2人の様子(写真右)から、実はそれほど藤井樹はショックを受けていないことが分かる。
これで分かることは、亡くなった藤井樹は中学生の時に好きだった藤井樹に似ているからという理由で博子を恋人にしたのであるが、藤井樹は亡くなった藤井樹のことを好きだったわけではないということである。藤井樹と渡辺博子が似ているからラストシーンが誤解されやすいが、喜んでいるのは恋人の博子ではなく、最後まで藤井樹を恋愛の対象と見ていなかった藤井樹なのであり、この徹底した気持ちのすれ違いのどこが「ラブレター」なのか分からないままなのである。