国道2号線の千間土手中交差点に到着。ここから千間土手東交差点まではドンキホーテ、フタバ図書、コジマ、ニトリなどの商業施設が集中する。
私は『深津小学校百二十周年記念史(平成七年)』に出てくるどんぶり池の跡を確かめるためにまた千間土手まで戻ってきたのである。
…千間土手…度々堤防が切れ…ことに大きく決壊した箇所は現在國道二号線のバス停千間土手中の辺当りが大きく崩れ海底の土砂を噴き上げた。後に深津どんぶりという大きな池が出来た。
…昭和四十二年八月着工の明神前土地区画整理事業で深津どんぶり池も埋め立てられ昭和四十五年二月完成一六八六平方米、工費一億五百萬圓で現在の区画となる。
昭和15年頃の福山市街地図でどんぶり池の場所を確認しよう。黄色の道路が千間土手(現在の国道2号)で右端が梶島山である。道が若干折れ曲がる辺りが現在の明神町交差点(国道182号と交わる)となる。
現在の地図と比較することで池の跡(埋立地)を特定した。それはヤマダ電機の東側の区画、明神町2丁目16の新生倉庫運輸株式会社福山営業所が建っている辺りだ。
新福山陸橋まで移動して南西の方向を望む。すぐ下に見えるのが明神前公園(明神町2丁目7)と汐廻川である。公園から少し南に下った所にどんぶり池はあった。
明神前公園内には近代的なトイレがあるが、その隣に黒光りする大きな石碑が建っている。表面には「明神前土地區画整理竣工記念之碑 理事長藤井秋太郎」の文字が刻まれている。
私は『深津小学校百二十周年記念史(平成七年)』に出てくるどんぶり池の跡を確かめるためにまた千間土手まで戻ってきたのである。
…千間土手…度々堤防が切れ…ことに大きく決壊した箇所は現在國道二号線のバス停千間土手中の辺当りが大きく崩れ海底の土砂を噴き上げた。後に深津どんぶりという大きな池が出来た。
…昭和四十二年八月着工の明神前土地区画整理事業で深津どんぶり池も埋め立てられ昭和四十五年二月完成一六八六平方米、工費一億五百萬圓で現在の区画となる。
昭和15年頃の福山市街地図でどんぶり池の場所を確認しよう。黄色の道路が千間土手(現在の国道2号)で右端が梶島山である。道が若干折れ曲がる辺りが現在の明神町交差点(国道182号と交わる)となる。
現在の地図と比較することで池の跡(埋立地)を特定した。それはヤマダ電機の東側の区画、明神町2丁目16の新生倉庫運輸株式会社福山営業所が建っている辺りだ。
新福山陸橋まで移動して南西の方向を望む。すぐ下に見えるのが明神前公園(明神町2丁目7)と汐廻川である。公園から少し南に下った所にどんぶり池はあった。
明神前公園内には近代的なトイレがあるが、その隣に黒光りする大きな石碑が建っている。表面には「明神前土地區画整理竣工記念之碑 理事長藤井秋太郎」の文字が刻まれている。