路地の先には神力稲荷大明神が祀られていた。欣奉累遣と刻まれた標柱は明治41年5月吉日の建立。昭和10年10月改築の銘が入った石柱の文字は「おちやたういなり…」と読める。


おちゃとうとはお茶湯のことだろう。祠はかなりこじんまりとしたものだが、戦前は賑やかな祭りも定期的に行われていたのもしれない。私はこの後新京橋3丁目の南側に位置する旭東町1丁目に沢山の石碑やお宮があることを知る。

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おちゃとうとはお茶湯のことだろう。祠はかなりこじんまりとしたものだが、戦前は賑やかな祭りも定期的に行われていたのもしれない。私はこの後新京橋3丁目の南側に位置する旭東町1丁目に沢山の石碑やお宮があることを知る。

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