青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。写真はおおめ、文章はこいめ、コメントはすくなめ。

今や貴重な西武顔

2020年08月20日 17時00分00秒 | 三岐鉄道・北勢線

(藤原岳をバックに@丹生川~三里間)

三岐鉄道に撮影に行く際は、どうしてもメインがED重連で牽引するセメント貨物になりがち。なので、あまり旅客用の一般形車両を撮影する事もなかったんですよね。今回は、改めてじっくりと一般型車両にもレンズを向けて撮影したいと思っていました。最近は、全部の車両が西武電車のお古だという利点(?)を活かして、リバイバル塗装を施したりとマニア心をくすぐる企画が行われています。やって来たのは、西武時代のオーソドックスなイエローベースのカラーにリバイバルされた元西武701系。こちらでは801系を名乗り、元気に活躍を続けています。

東藤原のひまわり畑の横を行くリバイバルカラーを後追いで。西武リバイバルはこの色と西武赤電カラーの2本が在籍しておりまして、以前は公式Facebookで運用を公開してたんだけど、いつの間にかやらなくなってしまいましたね。赤電はこの日は運用から外れていて、ずーっと保々の車庫でお休み。三岐の運用は結構細かく割り振られているようで、一日中運用に入るというものはあんまりなく、3~4往復走ったら保々の車庫に入るような感じに見えました。意外と捕まえづらいのね。

山城駅に進入する近鉄富田行き@西武リバイバルカラー。こうやって見ると、四日市市の郊外に当たる山城の雰囲気が、何となく西武の701系が最後に過ごした多摩川線や、多摩湖線の末端部かそんな感じに見えて来るから不思議なものだ。うーん、島式ホームだと白糸台とかそんな感じ。思わず方向幕を「近鉄富田」じゃなくて「武蔵境-是政」にしてあげたくなる。

西武701系とそのお仲間は、伊豆箱根・近江の西武系列や、流山・上信などの西武電車の中古の実績先に流れて行きましたが、その再就職先でも既に廃車になったものも多く、この「鉄板巻きの大型二枚窓」というオーソドックスな西武顔もなかなか見られなくなりましたねえ。ひょっとしたら三岐に残ってるのだけか?個人的には、国分寺駅の多摩湖線のホームとかに行ったらまだこんな電車が止まってるような感じはあるんだけど。

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5ヵ月ぶりの県外脱出だけど、朝から丹生川インカで優勝してみた

2020年08月18日 17時00分00秒 | 三岐鉄道・北勢線

(縁起の良さそうなIC@東海環状自動車道・大安IC)

コロナ禍の中でささやかに始まった今年の夏休み。「日帰りで撮影旅に行くくらいはいいかなと」思っていたのですが、グダグダしていると休みが終わりそうだったので、早速ヨメの許可を貰って遠征して参りました。確か、最後に遠征に出たのが3月の日光方面が最後だったので、なんと5ヵ月ぶりの県外ですよ。5ヵ月ぶりの海外、ならちっと旅慣れた人みたいでカッコいいけど、5ヵ月も神奈川県を出なかった事なんて今まで生きてきた中でなかったから、いかにこのコロナの世の中が異常かという事なんですけどねえ・・・午前2時、ヨメと子供が寝静まってからそうっと家を抜け出して、夜の東名を西へ3時間半、東海環状自動車道の大安ICで高速を降りる。正直、行きたいところは色々あったけど、「遠出できるんだったらどこでもいいや!」という気分だったので、目的地は一番天気の良さそうな東海地方へ。四日市のDDと絡めてちょこちょことは撮っていたんだけど、面と向き合っては撮影してなかった三岐鉄道を改めて撮り直してみようかなと。

三岐と言えば、なんと言ってもファンの注目はセメント貨物。名撮影地が点在する丹生川付近、大本命のミルクロード俯瞰は置いといて、藤原岳を望む小さなインカーブへ。ここのところ東海地方を襲っている熱波で朝から非常に暑い一日でしたが、空を見るとさすがに立秋を過ぎたのか秋の気配もあり。それにしても、遠征先の線路っぱたで三脚出してガッツリと構図組んだのなんかいつ以来か・・・当たり前のように出来ていた事の尊さを思い知るのであります。上りの始発電車でアングルを調整しながら待っていると、旅客電車の来ない時間に遠くの踏切の警報機が聞こえて来ました。よしよし、ダイヤ通りにセメント貨物は動いているようです。一応お盆期間中もセメント貨物は走っていたという情報は掴んでいましたけど、貨物は突然のウヤがあるから怖いんよね。

貨車が線路の継ぎ目を叩く短い間隔の音と、ツリカケモーターの唸り声が近付いて、お立ち台の横の踏切が鳴り出しました。員弁の母なる藤原岳をバックに、ファインダーの向こうから近付いてくるのは三岐鉄道お馴染みのED45の重連3710レ。夏の朝の空気を切り裂いて、低い光線に足元までベッタベタに照らされながらインカーブを駆け抜けて行く姿・・・

サブカメはインカーブを下からアオって。天気が良さそうだったから、珍しくPLフィルターとか持ってってしまったよね。藤原岳バックで編成主体で寄って撮るのがセオリーっぽいけど、家並みが入るのを承知でこの青空に薄雲の棚引く秋めいた空の表情を撮り込みたかったんでご容赦いただきたく。うーん、メインもサブもいい。どちらもいい。カッコいい。文句なし。100点満点。イマドキの言葉で言えば、「朝から丹生川インカで優勝した」ってヤツ?(調子こきすぎ笑)。まあ優勝してるのは天気と被写体であって、誰が撮ったっていい写真撮れるよこんなん!って感じもありますし、そりゃ上手い人が撮ったら腰を抜かすような作品が出来たのかもしれないが。

しかししかし、個人的には久々の遠征で、とにかく気分のいい一枚が撮れた事は間違いない。
祝杯挙げたくなっちゃうのをグッとこらえて、熱中症防止の冷えたポカリをグビリと飲るのでありました。

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8,480円の翼

2019年08月03日 17時00分00秒 | 三岐鉄道・北勢線

(不人気な部屋@北勢線車内)

北勢線の車両は、軌間に応じて車体のサイズがかなり小さく、そのせいで冷房装置を搭載する場所がありません。中間車はムリヤリ車両の隅をクーラーの置きスペースにしてなんとか空調を確保していますが、運転台付きのクハ車だとそもそもの置き場所すら取れず、この現代において悲しくも非冷房車と言う車両が存在しています。阿下喜行きの北勢線4連、先頭車両は非冷房車。そぼ降る雨で窓も開けられませんで、この車両だけがメチャクチャ空いていました(笑)。

東員駅で「鉄道むすめ」のラッピングが施された274号編成と交換。北勢線自体は何度か乗りに来た事もあるだけに、取り立てて改めての感想もないのだけど、桑名から東員の間までは結構な乗客がいる。三岐鉄道に経営が移管された際に、駅の統合や再整備が行われている訳ですが、子供が「星川なんて相鉄線みたいだねえ~!」なんて言った星川駅も、元の坂井橋駅を廃止し、利便性を考えてユニー(スーパー)の前に移動させて出来た駅。こういう小回りの利いた感覚の改革が功を奏しているのかもしれない。

東員を過ぎると、元々沿線の人口が減って行くので、三岐移管時に元々あった駅を積極的に統廃合もしくは廃止しているのも特徴ですかね。六把野と北大社を統合して東員駅、大泉東と長泉を統合して大泉駅、終点の阿下喜に向かって上笠田と六石の駅は廃止。駅の設備に関する経費を圧縮するとともに、停車駅の減少によるスピードアップにも貢献しています。楚原を超えるとだいぶ駅間距離が長くなりますが、あまり人家もないような田園地帯なんで確かに駅はいらなさそう。遠くに見えるコンクリートの橋脚は東海環状自動車道だろうか。

西桑名から小一時間揺られて、終点の阿下喜駅。この駅は駅前に「阿下喜温泉あじさいの里」という市営の日帰り温泉施設があって重宝している。まあ大して温泉っぽい温泉でもないんだけど、汗を流してさっぱり出来るし、施設が新しくてきれいだし、入浴後の休憩所が広くて良い。何気に北勢線に乗るたびに来ているお気に入りの施設だ。連日の朝5時起きに多少は子供も疲れているかと思いきや、そこは全然平気らしい(笑)。案外と体力があるな。何となく北勢線に乗ってしまったけど、本当は三岐の本線に行って西武リバイバルカラーか西武赤電を狙いたかったんだよね。けど、運用見たらどっちの編成も昼で保々の車庫に入庫する運用で、これじゃ行ってもしょうがないかなあって。

温泉に入って、風呂上りに休憩所の畳で子供とコーラ飲みながらゴロゴロ。すっかりのんびり寛いだ後、駅に戻って来てみれば、阿下喜の駅はすっかり夕方。部活帰りの高校生で賑やかなホームに、黄色い食パン電車がやって来ました。我々も、これからはひたすら帰るだけの道程です。

ロングシートに向かい合って座れば、前のお客と膝が擦り合うような狭さ。乗客の多くは地元の高校生同士、ナローの台車の揺れる音に合わせながら、膝を詰めての話が弾みます。試験も終わって、そろそろ楽しい夏休みの話だろうか。それとも受験勉強の話だろうか。ひとっ風呂浴びたら眠くなって来てしまったなあ。ナローの吊り掛けの音と、高校生のお喋りをBGMにしながらウトウトと。

 

桑名からは18:20発の快速みえ22号。桑名を近鉄のビスタカーと同時に発車して、木曽川を渡るくらいまではイイ感じで先行していたのだが、関西本線は弥冨から先で単線になってしまうのでここで勝負あり。単線区間の交換待ちに足を取られながら、夕暮れに靄のかかる濃尾平野の輪中を120kmでひた走って名古屋駅の12番ホームへ到着したのは午後7時前でした。

 「JR東海&16私鉄乗り鉄たび☆きっぷ」が有効なのは熱海までですが、帰りは乗り越し券を購入して小田原停車のひかり532号。名古屋~熱海の自由席特急券・熱海~小田原の自由席特急券+乗車券を分けて買わなければならないので少し割高になってしまうのだが、こだまでチンタラ帰るよりはマシか。というか、東海道新幹線はのぞみが多過ぎてこだまは待避時間が掛かり過ぎるからなあ。もうちょっと名古屋界隈で遊んで、最終の小田原停車のひかりで帰ろうと思ったんだが、子供がいたのでそれは自重した。ゆっくりメシも食ってる暇がないもんで、夕飯は新幹線ホームの名物・立ち食いきしめんの「住よし」へ。横川の峠の釜めしじゃないが、個人的には名古屋駅の新幹線ホームで「住よし」のきしめんを手繰らないと名古屋に来た気がしない(笑)。

という訳で二日間で御殿場線・東海道本線・東海道新幹線・高山本線・長良川鉄道・養老鉄道・北勢線・関西本線と、JR東海を中心に中京地区のローカル私鉄を乗り潰してみました。そこそこハードな日程で心配もあったんだけど、子供が付いて来れたのは大きい。体力が付いて来たんだなあと思う。この日程がこなせるんだったら、どこに出掛けるにしたってもっと選択肢は広がりそうな気がするよね。個人的にも久し振りに乗り鉄旅だったんで面白かった。列車が出発する時間までという限られた時間内で、最大限の効果を狙って途中下車のプランニングをする楽しみというのは、クルマの旅とはまた違いますもんねえ。天気は正直恵まれなかったけど、雨に濡れてしっとりとした長良川の風景は良かったですよ。そう思えば、水の街郡上八幡、大垣の水まんじゅう、養老の滝・・・と、何やら水にまつわる話題が多かった今回の旅でしたが、改めてこのフリーきっぷの券面を眺めていると、まだまだ他のプランがどんどん浮かんできて、別の使いようがあったのではないか?と思ったり。

そしてこの話を綴っているうちに日本列島は梅雨明け。灼熱の真夏がやって来ています。

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ナロー・イエロー

2018年02月25日 17時00分00秒 | 三岐鉄道・北勢線

(旧家の佇まい@桑名市本願寺地区)

関西本線のDD撮影ポイントでは、名古屋から弥富にかけての水郷地帯と、セメント便が加わって本数も多く、臨港線や塩浜線など架線がなくてスッキリ撮れる非電化区間が二大巨頭になりますが、まあさすがに毎年来ているとそこだけでは飽き足らなくなってくるので、あまり足を向けた事のない桑名市街へ行ってみました。桑名の街の裏路地も、富田の街同様に何だかレトロな雰囲気が残っていていい感じ。近鉄益生駅前のPにクルマを放り込んで歩いてみる。


昼時だったので、駅近くの肉屋でコロッケを二つ。お行儀悪く食べながら歩いていると、古い菓子問屋があって、看板の「婚礼・会議・旅行 各種菓子袋詰合 お値打ちにて…」という宣伝文句に見入ってしまう。バスや列車の中で、幹事さんが参加者みんなに袋に詰めたお菓子を配って回るというシーンは、高度経済成長時代の社員旅行の風景を思い起こさせるなあ。自分の小さい頃はまだ地域の「子ども会」みたいなのが機能していて、やっぱたまのレクリエーションでどっか行くなんてことになると菓子袋が配られて、その中には「にしき野」か「ソフトサラダ」に「ルマンド」あたりが定番だったように思う。人数分揃えるのも大変だろうと思っていたけど、こういう街の小さな商店がその任を担っていたのだな。

 

路地の角を曲がると、木造の小さな駅が。三岐鉄道北勢線、馬道(うまみち)駅。元はと言えば近鉄北勢線でしたが、不採算路線として近鉄が廃止表明をした後、地元自治体の支援を取り付けたうえで平成17年から三岐鉄道に移管されています。平成17年の北勢線、平成19年の養老線・伊賀線の切り離しに加え、歴史を紐解けば平成16年には近鉄バファローズのオリックスへの合併表明によるプロ野球再編問題なんかが起こってまして、この時期のリストラ断行ぶりは、さすがにガリバー企業である近鉄グループにも経営の苦しさが垣間見えた時期でした。


西桑名方面から楚原行の電車が到着して遮断機が開くと、狭いレールの上を野球の練習に向かう子供たちが一斉にチャリンコを漕ぎ出した。ザ・日本の昼下がりという風景で、こんな日常がなんとも微笑ましい。ちなみにナローの北勢線が三岐鉄道へ移管された後、四日市周辺のナローであった八王子・内部線も平成26年に四日市あすなろう鉄道へ移管されていますが、こんだけ四日市界隈に顔を出していて内部・八王子線方面には行った事ないので、機会作って行ってみたいものだ。半日でもあれば十分だろうし。


残りのコロッケを食べながらぼんやりと待っていると、今度は阿下喜方面から西桑名行き上り電車がやって来た。近鉄時代は臙脂系の色合いだったかと記憶してますけど、今はいささか派手な感じもする三岐カラーを身にまとった270型ク171。小さな車体に不釣り合いの大きなパンタグラフと、食パンを思わせるペッタンコの切妻フェイスが特徴。そして独特の鼻にかかったような吊り掛け音がいいですね。


馬道の駅を、甲高い吊り掛けのモーター音を残して出て行く270型。別に車両としてそこまで古い訳ではないけど、ナローの車両って台車が小さくて吊り掛け式以外の駆動方法を取りにくいらしい。遅いのと、車体の小さいのと、揺れるのとで近鉄時代は趣味人以外にはなかなか評判の宜しくない路線だったそうですが、途中駅の統合や新設、分岐器の高速度改良、パークアンドライドの推進、駅を結節点としたバス路線の整備など、ありとあらゆる手厚い自治体の支援を受けながら、一人でも利用者が増えるように地道な努力が続いています。


桑名の街を走るナロー・イエロー。
DD人気極まる関西本線沿線ですが、こののんびりとした時間を、撮影の合間にぜひ。
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秋の気配の丹生川で

2017年09月05日 05時22分22秒 | 三岐鉄道・北勢線

(その身を削って藤原岳@丹生川~三里間)

鳥羽から1時間20分、近鉄四日市に戻って今回の旅程はほぼ終了。近鉄百貨店でお土産などを物色し、あとは帰るだけとなりました。が、そのまま帰ってしまっては勿体ない。少し遠回りになりますが、改めて朝に訪れた丹生川のミルクロード俯瞰に。18時過ぎにやって来る東藤原からのフライアッシュ貨物(504レ)を待つ事にします。時間的に夕暮れの光が山の端に沈むかどうか微妙な時間帯でしたが、残念ながら通過15分前に太陽は鈴鹿山脈の向こうへ。残照の中を、特徴ある形をしたホキ1000を連ねて504レが田園のスロープを降りて来ました。


最後のカットは広角に引いて。空にたなびく雲に、そこはかとない秋の気配が感じられます。丹生川の田んぼも、あと半月もすれば、きれいな黄金色の実りを迎えるのでありましょう。子供と一緒に三脚を畳んだ後は阿下喜のあじさいの郷温泉で汗を流して帰路へ。四日市から帰るのにわざわざ阿下喜まで来て相当な遠回りのように思えますが、東海環状道の東員ICなんてのが出来てるからそうでもない。自宅までは休憩を挟んで4時間半程度だったから新東名の効果は絶大ですな。

今度は三重の人をゲストにお招きして近鉄全線乗り潰しとかやろうかな(笑)。
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