tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

コロナも落ちつき、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

拾う/ひらう or ひろう

2016年10月31日 | 意見
皆さんは「拾う」をなんと読みますか?「ひらう」という人と「ひろう」という人がいると思います。ところが私のパソコンの日本語入力システム「ATOK 2015」は、「ひらう」では「拾う」に変換されません。「ひろう」だとすぐに「拾う」と変換されます。あの優秀なATOKが知らないのです。ちなみに「Microsoft IME」でも同じです。私はよく「番組ホームページから拾うと…」と書きますので、いつもここで悩みます。

「ひらうは和歌山弁だったのか?」と心配していましたが、どうもそうではないようです。「方言」ではなく「誤用」とか。ヤフー知恵袋に納得のいく回答がありました。質問は《関西弁についてなんですが、大阪人の私は「拾う(ひろう)」を「ひらう」と言うのですがこれは関西弁になるんでしょうか? 他府県でも使いますか?》。

それは方言ではありません。誤用です。もっとも、かなり広範囲に認知されていますので、方言とすることもできますが、とくに地域は特定できません。

歌う→うとう そこなう→そこのう 洗う→あろう などのように、「*AU」という連母音の発音が苦手な日本人(地域は限りません)が「*OU」と発音しつつ「本当は*AUなんだが」という意識を維持している例が多々あります。

「拾う(OU)」は、そのままで間違っていないにも関わらず、上記の例(「ひらう」を間違って「ひろう」と発音してしまっているんじゃないか?という意識が働く)と誤解して正しく発音しようとして「ひらう」と誤用したものと思われます。昭和初期から全国的に流布しているようです。

結論として「方言ではなく、日本全国に広く流布している誤用です。ただ、ここまで広く長期に流布してしまったら、誤用でも方言でもなく共通語として認定してもいいのでは・・?」というレベルでしょう。


石破茂がよくインタビューなどで「行う(おこなう)」を「おこのう」と発音していて、「何だかキザなやつだな」と思っていたが、これも「*AU」が「*OU」に変わった例だろう。確かに「*AU」は口の開け閉めが忙しいが、「*OU」だとほとんど口の形を変えずに発音できる。

「ひろう」(正)→「ひらう」(誤)はその反対なので発音しにくいのだが、「正しくは『ひらう』ではないか」と誤解し、その誤用が広まったという複雑なことになっているのだ。

しかし長年のクセというのは抜けず、今もつい「ひらう」と入力してしまう。なのでパソコンは「単語登録」機能で無理矢理変換しているが、会話の中ではやはり「ひらう」と言ってしまう。耳で聞いてもらう分にはあまり違和感はないと思うので、まぁ仕方ないかな、と諦めている。皆さんは、どっち派ですか?
コメント (8)
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小保方晴子さんの記者会見(4/9)または「それでも地球は回っている」!

2014年04月15日 | 意見
小保方晴子さんの記者会見(4/9)をテレビの生中継で見たあとの感想は、自分のFacebookに書いたり、知人のKさんのFacebookにコメントしていたところ、先輩から「いっそ、ブログに書けば?」というアドバイスをいただいた。以前、政治問題や時事問題に関する記事を書いたとき、ブログ読者から「tetsudaブログにあのような意見は書くべきではない」というご指摘をいただき、遠慮していたのだが、すでにこれほどの「事件」に発展したのなら、私のスタンスも示すべきだろうと考え、思い切って書くことにした。

4/9(水)13:00から、大阪の新阪急ホテルで小保方晴子さんの記者会見が行われ、ほぼ全貌がテレビで生中継された。動画配信サービス「ニコニコ生放送」も、会見をすべて生放送したという。この日、私は朝から大阪へ出る用があったので(ありがとう 浜村淳です)、まる1日、休みを取っていた。帰宅してテレビをつけると、ちょうど会見が始まったばかりだった。

私は長年、勤務先で広報(対マスコミ情報提供)の仕事を担当してきた。記者会見は、記者クラブで行うのが原則だ。ホテルでやるとなると、相当高額になる。あとで知ったが、新阪急ホテル2階・花の間だと、250人収容。2時間で23万7600円、1時間延長するごとに11万8000円なのだそうだ。弁護士費用もかかる。すべて小保方さん個人持ちだろうから、これは大変な負担である。逆にいえば、それだけの覚悟で臨んでいるということなのだ。

我々一般市民は通常、記者会見を「リアルタイム」「ノーカット」で見ることはできない。あとで編集されたニュース映像や記事を見るのが関の山である。しかし、こうして全貌をくまなく見ていると、編集されたものでは見えないモノが見えてくる。報道陣がごったがえす会見場の異常な雰囲気、焚かれるストロボの光、テーブルに置かれたたくさんのマイク、質問する記者の声音、真摯に答える小保方さんの態度。4/11(金)、私はFacebookにこう書いた。

小保方晴子さんの2時間半の会見は、リアルタイムで見ていました。彼女は、とてもウソをついているようには見えません。「STAP細胞は間違いなく存在し、200回以上作製に成功している」は本当で、それはこれから明らかにされることでしょう。最後のところで「理研に対して、裏切られたと思うお気持ちはおありですか」という質問に対して「(しばらく躊躇し言葉を探したあと)そのような気持ちは、持つべきではないと思っております」と答えた。この返答は素晴らしい。理研を批難せず、しかし本音をチラリと見せている。理研さん、トカゲの尻尾切りは、もうたくさんです。

一方、知人のKさんは、ご自身のFacebookにこう書かれた(4/10)。

研究者としてSTAP細胞にしがみつくために、研究の肝心な部分を隠す小保方氏。理研の処分阻止に的を絞って、科学的な話を法律論にすり替える代理人。STAP細胞があるのかないのか、科学的な手がかりを得られず苛立つ科学者。科学的なことがわからないから、割烹着や私生活などサイドネタに逃げるマスコミ。若い女性がいじめられているように見えて、情にほだされている一般人。議論のベクトルがてんでバラバラ。

「割烹着や私生活などサイドネタに逃げるマスコミ」は、全く同感だ。4/9の会見を見るまで「実験室の壁がピンクや黄色」「ムーミンのキャラクター商品でいっぱい」「おばあちゃんの割烹着」などの報道に接し、うさんくさいものを感じていた。しかし会見をくまなく見て、考えが変わった。

私はKさんの「研究者としてSTAP細胞にしがみつくために、研究の肝心な部分を隠す小保方氏」というところに引っかかった。本当に彼女は「肝心な部分を隠」しているのだろうか。Kさんの指摘は「STAP細胞作製レシピが公表されていない」というところを突いたものだろう。会見で彼女は「ちょっとしたコツとかレシピが必要」とも言っていた。しかしこの点については、KさんのFacebookに眼科医で、大学院時代に再生医療領域の研究をしていたというK山さんがこのようにコメントされていた(4/10)。

この世界は厳しい世界です。つまりは足の引っ張り合いの状況です。なぜなら1番に発表しなければ意味がないからです。同じような研究をしている科学者は世界中にたくさんいると思われます。論文では作製方法は記載されていると思いますがちょっとしたコツ(ここが再現するうえで重要!)は記載しません。記載してしまうとマネされてしまうからです。肝心の部分を隠すのはある意味当然と思われます。もしかしたらパテントを取ろうとしている可能性もあります。再生の研究者は皆、わかっていると思われます。あまりたたきすぎると有能な人材が米国へまた流出するのではと危惧しています。

論文にミスがあったことについては、小保方さんが素直に認め、謝罪している。しかし肝心なのはそのような「プロセス」ではなく「結果」である。彼女は「200回以上、STAP細胞の作製に成功している」と断言している。論文作成上のミスと研究の真実性は、分けて考えるべきであり、STAP細胞の研究そのものを否定すべきではない。「それでも地球は回っている」。だから私はKさんのFacebookに、このように書いた(4/12)。

写真の取り違えは「元データに遡らず、自分の作った Power Point 資料から取ったので間違えた」ということでした。初歩的なミスですが、私もたまに、こんがらがることがあります。故意ではなく、本人曰く「不勉強、不注意、未熟さ」故の過ちでしょう。いずれにしても、再現実験が行われれば、すべて明らかになることです。評価はそのあとで良いと思います。

4/12付の朝日新聞朝刊に「STAP論文新疑惑」という記事が出た。英科学誌ネイチャーに掲載されたSTAP細胞の論文には、メスのマウスのSTAP幹細胞に関するデータが載っているが、幹細胞を作った山梨大の若山照彦教授は「オスしかつくっていない」と話していることがわかった、というものだ。

これが本当なら「新疑惑」だが、これについては、小保方さんが昨日(4/14)、「4月9日の記者会見に関する補充説明」という文書を配布し、きちんと反論されていたので、単なる「誤報」であることが判明した。それにしてもこの若山教授、小保方さんの実験を指導する立場にあったのに、一連の報道で無責任な発言を乱発し過ぎるのではないか。小保方さんの「補充説明」の末尾には、このようにも書かれている。

4月9日の会見は「不服申し立て」に関する記者会見であり、準備期間も不十分で、しかも公開で時間も限られた場であったことから、STAP細胞の存在や科学的な意義についての説明を十分にすることができませんでした。しかしこのような事情をご理解頂けず、説明がなかったとして批判をされる方がおられることを悲しく思っております。理研や調査委員会のご指示や進行具合にもよりますし、私の体調の問題もあるので確かなお約束はできませんが、真摯な姿勢で詳しく聞いて理解してくださる方がいらっしゃるなら、体調が戻り次第、できるだけ具体的なサンプルや写真などを提示しながらの科学的な説明や質問にじっくりお答えする機会があればありがたく存じます。

4/9の会見後のツイッター分析では、小保方さんを「応援・支持する」が16%、「批判・不支持」が7%で、応援・支持が批判の2倍以上だった。会見を見ての感想を聞いていると、男性は概して同情的で、女性は厳しい。香山リカは《「彼女は『あざとさ』と『かわいらしさ』を併せ持った、『あざとかわいい』女性です》《『やる気は十分。でも未熟な女性科学者』VS『マスコミ』『権力を持った理研の上司』という対立構造を見事に演出していました」》と言ったとか(花田紀凱の週刊誌ウォッチング)。

花田紀凱は《それにしても、もしたった今、世界のどこかの研究所でSTAP細胞が再現できたらマスコミはどんな大騒ぎになるのか。想像するだけで楽しい》とも書いているが、私も同じ思いである。

STAP細胞の作製は、ES細胞やiPS細胞の作製方法に比べて極めてシンプルなので、ノーベル賞を受賞する可能性が高いといわれている。未熟さ故のミスをあげつらうあまり、人類を救う可能性を秘めた研究を、棒に振ってはならない。

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醸造アルコールの添加、誤解と真実

2013年12月15日 | 意見
昨日(12/14)は、奈良市での「日本酒で乾杯条例」制定の話を書き、たくさんのアクセスをいただいた。今日はその流れで「醸造アルコール添加」の話を紹介する。日本経済新聞(12/14付)に「日本酒でも偽装 醸造アルコールとは何か 」という長文の記事が出ていて、NPO法人「スマート観光推進機構」(Myまち遊び)の星乃勝さんがメーリングリストとHPで解説されている。抜粋すると(太字はtetsuda)、

日本酒の偽装が問題になっている。確かに偽装は認める訳にいかない行為だが、単に混ぜ物にして粗悪品を流通させているだけでないことが、日経新聞のレポートで分かった。また、国により酒税法のあり方が異なっている点も課題としてあるようだ。今の時代にあった,消費者に理解されやすい日本酒のあり方を、本質に立ち返って議論する必要があるのだろう。

【ポイント】
・ 日本酒の偽装は、純米酒に醸造アルコールを混ぜたケースが多い。
・ 国税庁の基準では、純米酒の原料はコメと米こうじだけで、醸造アルコールの添加は認めていない。
・ 醸造アルコールを加えると味がすっきりして淡麗辛口になりやすい。純米酒に比べて飲みやすい。
・ 吟醸酒の香りの成分はアルコールに溶けやすい。醸造アルコールを添加することで、それまで酒かすに移っていた香りが酒にとどまる。
・ 純米酒はコメの品質や気候などに大きく左右される。酒質を安定させる役割も担う。

・ 日本酒の消費量はこの15年で半減した。吟醸酒は前年度比7%増。純米吟醸酒は同8%、純米酒は2%増。一方で普通酒は6%減。高級な日本酒にシフトしている。
・ 輸出も好調だ。2012年の輸出量は約1万4000キロリットル。10年前の2倍近い。中でも米国と韓国、香港の伸びが著しい。特に米国、香港、シンガポールは、純米吟醸酒などの高級酒に対する引き合いが強い。
・ 米国の酒税法では(1)ビール(2)ワイン(3)蒸留酒に分類されるが、醸造アルコールを添加したものは税率の高い混成酒に分類される。
・ 醸造アルコールを添加していない日本酒(純米酒、純米吟醸酒、純米大吟醸酒)はビールと同じ扱いとなり、醸造アルコールを添加したもの(吟醸酒、大吟醸酒、本醸造酒、普通酒)は(税率の高い)蒸留酒扱いとなる。
・ 海外での販路を広げるためにも、表示の適正化と簡素化が欠かせない。


新聞には《吟醸酒などの高級酒では、添加数量の上限が定められている。白米の重量の10%以下となっており、増量目的というよりは品質面への効果が期待されている》《「酒かすに移っていた香りが酒にとどまるようになったのです」。実際、全国新酒鑑評会では吟醸酒をはじめとして出品される酒の大半が醸造アルコール入りだ》。外国人には《「安酒には増量目的、高級酒には香りを高めるために添加している」との説明が理解できないようだ》などの記述が続く。

吟醸酒・大吟醸酒へのアルコール添加は、日本酒の香り成分を閉じこめるために行われるもので、決して悪いことではなく、添加できる量も10%に満たない。ひと口飲んでみて「この吟醸酒は香りが立っているなぁ」と思ってラベルを見ると、たいていアルコールが添加されているし、全国新酒鑑評会のお酒も、確かにアルコール添加が主流だ。なおアルコールを添加すると、味は辛口になる(日本酒度が下がる)。焼酎の水割りを作るとき、焼酎が多いと辛く感じるのと同じ理屈である。

吟醸酒・大吟醸酒へのアルコール添加は、高度成長期の安酒(アル添酒、三増酒)とは、意味が違うので、目の敵にする必要はない。ただし、香りを閉じこめる目的でアルコールを添加しているのに「純米酒」の表示をすると、これは偽装表示だし、米国では脱税行為となる。

日本の消費者が純米酒にこだわるのは、かつての「アル添酒」「三増酒」の悪いイメージが根強いからだ。私も学生時代(昭和40年代後半)に安くてまずいアル添酒を飲み、長年、その先入観から抜け出せなかった。だからある意味、酒造業者の「自業自得」という面があることも否めない。

日経新聞は《和食の無形文化遺産登録は、消費低迷が長期化している日本酒にとって反転攻勢のチャンスでもある。海外での販路を広げるためにも、表示の適正化と簡素化が欠かせない》と記事を締めくくっている。正しい表示をしつつ、「アルコール添加した吟醸酒・大吟醸酒は、こんなに美味しい」と、堂々とアピールしていただきたいものだ。

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外国産ロブスター問題 または「料理人の自殺」

2013年11月16日 | 意見
 味覚極楽 (中公文庫BIBLIO)
 子母澤寛
 中央公論新社

食材偽装の報道が止まらない。とうとう昨日(11/15)の毎日新聞では、コストを削減するために「人工フカヒレ」を使っていた(価格差10倍)、というとんでもないホテルのことが報道されていた。

子母澤寛著『味覚道楽』(中公文庫)に、ブルタニーの海老(ブルターニュ産オマール海老)の話が紹介されていると、「デスクメモ」(11/12付奈良新聞)で知った。本書を買ってきて読んだところ、伯爵・寺島誠一郎氏からの聞き書きとして「料理人(シェフ)の自殺」という逸話が収録されていた。

パリのある公爵が、同じ食通の友人たちを呼んで一夕の宴を張る。料理人はこのために生命をけずる思いで献立をこしらえた。その中に北の方でとれる有名なブルタニーの海老がある。ところがどうしたものか大切な時間になってもその海老が着かない。助手たちはいろいろな海老を持って来てそれで間に合わせようとしたけれども、料理人は頑としてそれを却(しりぞ)け、いよいよという時間になってとうとう自殺してしまったいう話がある。すべて料理人はこの心持が大切である。

「デスクメモ」の筆者は《高価な料理だからでなく 料理人の普遍の精神を説いていることにひかれ、早速、ネット書店で注文しました》とある。「外国産ロブスター」を「伊勢エビ」と虚偽表示していた鳥羽市の老舗旅館の料理長に聞かせてやりたい逸話である。

食材の偽装問題の広がりは、とどまるところを知らない。加工食品や生鮮食品の表示については、JAS法で品種や産地などを示すよう規制されているが、外食の表示については対象外だった。そのスキをついてこのような偽装が広く行われた訳だが、とうとうそんなところまで規制しなければならない日本になったとは、誠に情けない話である。
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アベノミクスで景気、良うなんの?

2013年02月01日 | 意見
 Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2013年 1/22号 [雑誌]
 ニューズウィーク日本版
 阪急コミュニケーションズ

出社前、朝ごはんを急いでかき込んでいるとき、妻から突然「あんた。アベノミクスで景気、ほんまに良うなんの?」と聞かれて、思わず口に入れた奈良漬を丸呑みしそうになった。「何とも言えんなぁ。これから先、企業がどんどん設備投資するようになれば別やけど。安倍さんが言ってることは、そんなに目新しいことでもないし…」と答えておいたが、専業主婦にも「アベノミクス」なる新語が広まっていることに驚かされた。

アベノミクスについては、新聞やテレビでも報道されているので、知っている人は多いだろうが、どうしても断片的な情報になるので、きちんと理解し判断するのは難しい。なので、ここでざっくりと全体像をまとめることにしたい。

1月半ば以降、無料メールマガジン「JMM」(Japan Mail Media)で、編集長の村上龍が《話題の「アベノミクス」を乱暴に要約すると、「国土強靱化のために公共投資を増やす」「マネーの供給量を増やして流動性を高める」ということになるかなと思います。これまでの金融・財政政策と比べてみて、「アベノミクス」のどこが新しいのでしょうか》という質問を投げかけていた。10人ほどのエコノミストが回答していたが、ズバリ「新しい」「高く評価する」という人は少なかったが、部分的に評価する人は多かった。回答者のうち、津田栄氏(経済評論家)がうまく整理して丁寧に解説されていたので、引用する(太字は私がつけた)。

 週刊 東洋経済増刊 瀬戸際の「日銀」 2013年 2/6号 [雑誌]
 週刊 東洋経済
 東洋経済新報社

アベノミクスの新しさ
低迷した景気を回復させるために採られる政策は、金融政策と財政政策が基本ですが、どれか一つではなく、その両方を行うのが通例です。それは、オーソドックスですが、最近の中国でも、採用している政策です。金融政策では、中央銀行(日銀)が短期金利をコントロールすることで市場金利を低下させ、設備投資や消費に刺激を与える政策です。財政政策は、政府支出を増やすことで市中における資金のめぐりをよくし、そのことで景気を刺激する政策ですが、その手法としては公共事業のほか減税という政策もあります。そして、経済が正常に回っているときには、こうした政策は効果的といえます。

しかし、日本は、1990年のバブル崩壊とともに、幾度かの金融・財政政策による景気対策が採られたものの、景気低迷が続き、失われた20年と言われる状況にあります。もちろん、そうした政策の効果で景気が回復する動きがみられました。しかし、そこで、景気対策を止めてしまったり、早めの消費税増税や金融緩和政策の中止を行ったりして逆の政策が採られたために、再び景気が低迷するという繰り返しでした。そして、需要の伸び悩み、過剰設備に加えて経済のグローバル化もあって安価な商品の流入による供給の過剰から物価の低迷が続き、97年に起きた金融システム不安による不況の深刻化とともに問題となっていた雇用、設備、債務の三過剰の解消のなかで、需給悪化が拡大し、持続的な物価下落であるデフレが生まれ、それが構造的に定着してしまった状況になっています。

そこから、日本経済は、従来の景気循環におけるこれまでの景気対策では解決できない状況にあって、時代のそぐわない構造的な問題を抱えているといえます。そこで、経済成長戦略として小泉・竹中コンビによる構造改革がなされましたが、途中で降りたためにその改革が未完成に終わり、むしろ時間が経過し、逆の動きが強まったために構造問題は深刻化したといえましょう。

2009年に誕生した民主党政権は、そうした経済のことをあまり理解せず、デフレ対策、景気対策に積極的でなく、ムダな支出を削減することもできずバラマキ政策を行い、経済、財政の状況を一層悪化させた上、景気回復の道筋も見えない中で消費税増税に舵を切ってしまい、国民の先行きへの不安を増大させたといえましょう。そうした民主党の政権担当能力のなさを見透かした国民は、もう一度自公政権を選択したといえます。

アベノミクスは、大胆な金融政策、機動的な公共投資を中心とした財政政策、そして中長期的な経済成長につながる経済成長戦略の三つの政策を基本としていて、従来の景気対策に加えて経済成長戦略を加えたものですが、確かに、編集長が指摘する、景気対策では「国土強靱化のために公共投資を増やす」「マネーの供給量を増やして流動性を高める」に要約され、これまで歴代政権が採ってきた政策、特に公共投資を中心とした財政政策には、そんなに違いはないように見えます。しかしながら、景気対策は、最初にも書きましたが、金融緩和による金融政策と公共投資か減税による財政政策以外に、これといったものが見当たりません。その意味で、代わり映えしない、あまり新しさが見いだせないというのも、当然かもしれません。

ただ、株式や為替で大きく反応しているのを見ると、アベノミクスには、内容的には同じでも、これまでとは違うものがどこかあるといえましょう。個人的には、一つは、経済政策に、市場を意識したメッセージ性が感じられることです。政策の目的を、景気低迷の一つの要因であるデフレからの脱却・円高からの転換、そして景気回復と明確に定め、そのためにあらゆる手段を使うということで、市場に政策目的を明示し、責任を明確化した上で、先行きへの変化を期待させたことです。

もう一つは、政策にスピード感を持たせようとしていることです。安倍政権は、この1カ月余りで金融政策として、日銀もデフレ脱却と景気回復の政策目標を政府と共有し、インフレ目標2%について責任の一旦を担って、積極的な金融政策をしてもらうことを概ね合意していること、財政政策では、東日本大震災からの復興、防災、減災、トンネル崩落事故から老朽化した道路、橋、トンネルなどのインフラの補修、更新などの公共事業を中心とした約5兆円の緊急経済対策を発表していることから、これまでの政権とは違い、時間をかけずに政策を取りまとめて打ち出していることです。そうした点を市場が評価し、国民は今のところ少し明るさを感じているように思います。

とはいっても、問題がないわけではありません。政策協定(アコード)を結んで、政策目標であるデフレからの脱却、2%のインフレ目標について共同で責任を持つとして、これまでの政権が踏み込まなかった新しい考え方ですが、日銀に更なる積極的な金融政策を求めるにしても、強要しては、金融政策への過度な介入に見られますから、金融政策そのものは日銀の責任で自由に行ってもらうようにするべきでしょう。

もう一つの財政政策にしても、従来のハコモノの公共事業が入っていないかということです。もはや、新しい道路や橋、トンネル、あるいは建物などハコモノを作っても、効果的ではなく、むしろムダで非効率なだけですから、今後耐用年数を超え老朽化した道路や橋、あるいはトンネルなどのインフラの補修や更新を重点的に行う公共事業に集中して、しかも、もはや必要のないインフラは廃棄するなどしてムダをできるだけ排除し、効率的なインフラを整備するというように、公共投資のあり方そのものの発想を変える必要があるでしょう。

そして、日本における最大の問題である経済の構造問題ですが、それに対して、民間の活力を引き出し、中長期的な経済成長につながる経済成長戦略が重要です。ただ今のところ、緊急経済対策のなかでは、従来とあまり変わりません。今後総合的な経済成長戦略が取りまとめられる6月まで待つしかありませんが、これまでの金融政策と財政政策が効果を発揮するには、日本の抱える構造問題を解決して、民間活力を引き出し、持続的な経済成長につなげるような成長戦略が欠かせません。そうでないと、これまでと同じ一時的な景気回復に終わり、お金は回らず、借金だけが膨らみます。

その成長戦略として必要なのは、中央集権的な体制まで含めた構造改革であり、ここで大胆なまでの規制の緩和をすることで、より効率的な仕組みを作り上げる制度改革であるともいえましょう。そうすれば、TPPなどの参加問題も自ずと解決する道が開け、新たな経済成長が実現できるのではないかと思います。そのためには、相当な覚悟を持って、旧来の既得権益を排除し、スピードを持って実行することが必要です。

そういう形で行われるならば、アベノミクスは、中身は同じでも、従来と異なった政策と評価されるのではないかと思います。逆にそうしなければ、これまでと変わらない政策と見られ、しかも44兆円の国債発行枠を超えて行われた財政政策が無駄に終わり、財政赤字の悪化を加速させてしまう結果になるのではないでしょうか。経済評論家:津田栄


 これからすごいことになる日本経済
 渡邉哲也
 徳間書店

これでアベノミクスの全貌が、よくご理解いただけたと思う。肝心なのは、大胆な金融政策、機動的な公共投資を中心とした財政政策、中長期的な経済成長につながる経済成長戦略という「3本の矢」により「民間活力を引き出し、持続的な経済成長につなげる」ことなのである。

先月半ば、ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマン教授が、ニューヨークタイムズでアベノミクスを「結果的に完全に正しい」と評価した、という報道があったので、全文の翻訳を読んでみた。タイトルは「Japan Steps Out(動き出した日本)」である。要点を抜粋すると、

過去3年にわたり、高い失業率にもかかわらず、世界の先進各国の経済政策は麻痺したままだ。これは皆,正統派経済学のくだらない思い込みのせいなのだ。

しかし今、一つの大国が、この(愚かしい)先進国の隊列を崩そうとしている。その国は他でもない、日本である。

日本は、その巨大な政府債務と高齢化のせいで、有効な秘策の余地は他の先進国に比べても少ないだろうと考えられている。しかし安倍氏は、日本の経済的停滞を終焉させるのだと誓って、政権の座に戻ってきた。彼は、正統派経済学者たちが「やるな」と言ってきたアクションをすでに起こしている。そして、初期の兆候としては、非常に上手くいっている。

欧米諸国を深刻な長期不況に陥れた2008年の経済危機よりもはるか以前に、日本は「不況型経済」におけるリハーサルをしていた。株式と不動産のバブルの崩壊が日本を不況に陥れた時、政策の対応は小さすぎ、遅すぎ、そして一貫性が無さすぎた。

日本の経験は、もう一つ教訓を与えてくれる。それは,「長期不況からの脱却が非常に困難であることは確かであるが、それは主として、為政者に大胆な政策の必要性を理解させるのが難しいからなのだ」という教訓である。つまり問題の本質は、厳密に経済的な問題というよりも、政治の問題であり、知性の問題だということだ。

悲観的な終末論者たちは、日本の財政破綻を予想し続けている。金利が少し上昇するたびに、ついに「黙示録」の時がやって来たと報じ続けてきた。しかし実際には、そんな危機など起きてはいない。日本政府は今も、1%に満たない金利で長期国債を発行できているのが現実なのだ。

ここで安倍首相の登場である。彼は日銀に対して、インフレ率の上昇を目指すように圧力をかけてきた――これは実質的に,政府債務の一部を帳消しにする効果をもたらすこととなるだろう。そして彼は今、新たに大規模な景気刺激策を発表している。――こうした彼の取り組みに対して,市場の神々はどう反応しているのだろうか? 答えは、「すべて良好」である。
 
最近まで(市場がデフレの継続を見込んでいたために)マイナスであった期待インフレ率は、一気に上昇してプラスの領域に入った。しかしその一方で、政府の資金調達コストはまったく変わっていない。これは、日本の財政見通しが急速に改善するだろうことを意味する、「マイルドなインフレ」が予想されているからだ。もちろん、為替がかなり円安になった。しかし、これもまた、実際はきわめて良いニュースなのだ。実際、日本の輸出企業はこれによって元気づけられているのだ。

つまり安倍氏は、目覚ましい結果を出し、それを通して、「正統派経済学者たちをあざ笑っている」というのが今の状況なのだ。
 
彼の動機がどうであれ、安倍氏は、悪しき正統派経済学と決別しようとしているのである。そしてもし彼が成功すれば、特筆すべきことが起こることとなるだろう。それは、不況型経済の先駆者たる日本が、そこから脱出する方法を全世界に対して見せつける、ということなのである。(翻訳:京都大学藤井聡研究室)


 さっさと不況を終わらせろ
 ポール・クルーグマン
 早川書房

「問題の本質は、厳密に経済的な問題というよりも、政治の問題」という指摘が鋭い。いっぽう浜矩子は毎日新聞の「危機の真相」(1/21付)で、「○○ノミクスは悪徳商法」と警鐘を鳴らしている。

アベノミクスなる言葉が、無闇(むやみ)に飛び交うようになった。これはいけない。この種の称号が付いてしまうと、その対象について人々はものを考えなくなる。名前が付いた時点で、中身に関する説明が不要であるかの幻想に陥る。さらに危険なことには、ある特定のイメージを信じ込まされる恐れが出てくる。アベノミクスって、株が上がることでしょ。物価が上がることでしょ。円安になることでしょ。こんな具合だ。

こうしたイメージ操作が最も奏功したのが、80年代のレーガノミクスだった。ご存じ、米国のレーガン政権の経済政策が、この呼び名で知られるようになった。我々は、アベノミクスにたぶらかされてはいけない。そのための予防学習として、レーガノミクスのまやかしのカラクリを振り返りたい。

当時の米国の金融政策は、いわば「量的引き締め政策」の真っ最中だった。インフレ撲滅を目指して、連邦準備制度理事会(FRB)が極度に資金供給量を絞っていたのである。政府がバラマキ財政をやるなら、金融政策は大引き締めで、財政インフレの影響を吸収するほかはない。その姿勢に徹したFRBの対応が、猛烈な高金利をもたらした。

そして、この高金利が世界中から米国に資金を引き寄せた。その結果、急激にドル高が進んだ。ドル高が進めば、二つの面でインフレ圧力にガス抜き効果が働く。第一に、輸入が増えるから、需給関係が緩和される。第二に輸入物価が低下するから、その分、全般的な物価水準も低下する。要するに、レーガン政権は、自らはもっぱらインフレの種をまき散らすことに徹した。そして、その尻拭(ぬぐ)いをFRBに丸投げした。それを受けたFRBの引き締めがドル高をもたらすと、あたかも、サプライサイドの経済学で「インフレ無き高成長」を実現したかのポーズを取った。これが、レーガノミクスの正体だった。

レーガン大統領は、中央銀行が作り出したドル高の流れにただ乗りした。安倍政権は、中央銀行に作り出させる円安で、点数稼ぎをしようとしている。レーガノミクスが金融政策への便乗商法なら、アベノミクスは、金融政策に対する恫喝(どうかつ)商法だ。法改正をちらつかせながら、言いなりになることを強要している。いずれ劣らず、悪徳商法だ。だが、やっぱり、恫喝の方がタチは悪いだろう。


 新・国富論 グローバル経済の教科書 (文春新書)
 浜矩子
 文藝春秋

うーん、「恫喝」とは手厳しい。安倍氏の日銀への「要求」については、週刊ダイヤモンド(2月2日号)が「日眼陥落 安倍政権の危険なギャンブル 要求丸呑みの“舞台裏”」という特集で《1月22日、日本銀行が安倍政権の要求を丸呑みする形で、2%の“インフレ目標”を導入した。「2%」とは実現可能な数値なのか。はたして日銀は、政府の要求を何でも聞くようになったのか。日銀陥落の真相に迫る》とし、《世界を見渡せば、インフレ目標政策はもはや“役目を終え”制度。日本がインフレ目標を導入するかどうか不毛な議論をしている間に、世界は“次”のステージに移行しようとしている》等々とあり、いわば「時代遅れの商法」とする。アベノミクスは「アベノリスク」だという声があることも確かだ。

足元の株式相場は順調である。《31日の東京株式市場で日経平均株価は連日で昨年来高値を更新し、2010年4月27日以来、約2年9カ月ぶりの高値を付けた。月間ベースでは6カ月連続で上昇し、2009年3~8月に並ぶ長さとなった。新政権による政策期待や日銀の追加金融緩和を受けてデフレ脱却期待が高まり、日本経済が上向くとの見方が外国人投資家の買いを促している。米景気回復への期待から、株式市場では円相場の先安観を背景にした株高期待も根強い》(1/31 日経QUICKニュース)。 

 政権交代 - 民主党政権とは何であったのか (中公新書)
 小林良彰
 中央公論新社

しかし昨日(1/31)、奈良で講演した政治学者の小林良彰氏は《安倍首相の景気対策については、政府債務の拡大や長期金利の上昇などを課題に挙げ、「地方にまで資金が回るか疑問。7月の参院選を勝つためには良い政策だが、長期的には厳しい」と切り捨てた》(2/1付 奈良新聞)とある。 

目先の数字を見て一喜一憂していても始まらない。クルーグマン教授が書いているとおり「不況型経済の先駆者たる日本が、そこから脱出する方法を全世界に対して見せつける」ことが実現できるよう、奈良の神仏に祈りたい。            
コメント (2)
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