週刊観光経済新聞の「視点 日本の観光」は、識者が交代で執筆する連載コラムである。その第40回(08.6.21付)で、石森秀三氏(北海道大学観光学高等研究センター長)が、松下幸之助の観光立国論を紹介されていた。引用すると
《松下氏が60歳の時に発表された「観光立国論」は54年の歳月が過ぎても、なお新鮮な論点を含んでいる》《その詳細は1954年5月に雑誌「文藝春秋」に掲載された「観光立国の弁」で展開されている》。
松下氏は《日本が持てる「景観の美」や「自然の美しさ」はいかなる埋蔵資源にも勝るとも劣らぬと強調した》《「戦後、経済自立の道として、工業立国、農業立国あるいは貿易立国など…に多くの金が費やされた」が、「観光立国こそ、わが国の重要施策」と提唱した。その背景には、当時の日本の貿易収入は約10億ドルであったが、国際観光の振興で約8億ドル稼げると予測し、「観光もまた広い意味での立派な貿易」と見なして、観光産業を「輸出産業」として的確に位置づけている》。
朝鮮戦争が終わり、重厚長大産業を中心に高度成長をめざそうとしていた時代にあって、観光で外貨を稼ごうという発想は慧眼である。
もう少し詳しく知りたいと思い、ネットで検索していると、ある個人ホームページに、こんな情報が出ていた。同じ1954年の9月に行われた講演会の話である(新政治経済研究会「1周年記念講演会」)。
http://www.kyoto.zaq.ne.jp/dkanp700/bic/matusita.htm
《自然の美しさでは、日本の地位は世界の一、二位ではあっても、決して、三位とは下るまいと感じたほどです。例えばハワイが美しいといっても、所詮小さな一島嶼にすぎません。スイスがすばらしいと言っても、これはやはり、山と湖の美しさだけです》《美しい景観もまた立派な資源だとすれば、むしろ日本の場合は、その重要さにおいていかなる埋蔵資源にも勝るとも劣らぬと言えるのではないでしょうか》
《ドルを獲得するという点から見たならば、観光もまた広い意味での立派な貿易であるといえます。しかも8億ドルからの巨額です。…いわゆる物品の輸出貿易は、日本のなけなしの資源を出すのですが、富士山や瀬戸内海はいくら見ても減らないのです。運賃も要らなければ、荷造り箱も要りません》。
《こんなに何もかも揃っているのに、今までなぜこれを活かさなかったのか不審でなりません。もちろんこれには、日本人の人生観なり社会観がかなり大きな影響を与えていたのかも知れません。勤勉を尊んで遊びを卑しみ、遊ぶことが時には悪徳視されたことすらあります》。
奈良公園(6月下旬撮影)
《アメリカ人は政治もうまいし、商売もうまい。だから、もし今、日本人とアメリカ人が全部国を入れ替えたなら、彼らはたちまちのうちに、この自然の景観を活かして、日本を観光の楽土にして、世界を相手にドンドン金を儲けることでしょう》。
《観光客の中には、学者もあれば、実業家もあります。技師もいれば芸術家もいます。これらの人びとに接触するだけでも、お互いに啓蒙もされ、刺激もされます。勉強もできますし、考え方も広くなります。…観光立国によって全土が美化され、文化施設が完備されたならば、その文化性も高まり、中立性も高まって、奈良が残され、京都が残されたように、諸外国も日本を平和の楽土としてこれを盛りたてていくことでしょう》。
《この際思いきって観光省を新設し、観光大臣を任命して、この大臣を総理、副総理に次ぐ重要ポストに置けばいいと思います。そして、国民に観光に対する強い自覚を促すと共に、各国に観光大使を送って、大いに宣伝啓蒙もしたいと思います。また、現在、覚え切れないほどたくさんある国立大学のうち、そのいくつかを観光大学に切り替えて、観光学かサービス学を教えることによって、優秀な専門のガイドも養成したいものです》。
このHPには、別の話(「美しい日本への決意を」『PHP』71年2月号所収)も紹介されている。《瀬戸内海を人間の力で一からつくろうとすればどうなるか。すなわち、この平地をより味わいのある、すばらしい景勝地にしたいということで、土を掘り、そこかしこに変化に富んだ入江をつくり、外海から水を入れる。さらにはそうしてできた内海のあちこちに松を抱いた美しい島々を点々と配する。そういった一大事業を敢行したとすればどうなるか、ということです。…自然はすでにつくりあげ、われわれにそっくりそのまま与えてくれているのです。まさに瀬戸内海は日本人、ひいては人類共通の大きな資産であり、天与の尊い宝物だということができるでしょう》。
《産業の発展は大切ですが、その発展が一方で自然を破壊し、人間の幸せを損なうような姿を生みだすならば、これは本末転倒にもなりかねません。そしてこの、産業は人間のためにあるという基本の原則に必ずしも十分に徹していなかったところに今日のような好ましからざる姿も生まれてきたのではないでしょうか》。
話が具体的で面白いので、つい引用が長くなったが、現代にも通用する重要な指摘を含んでいる。
インバウンドによる外貨獲得には運賃も荷造り箱も要らない、何しろ向こうからお客が転がり込んでくるのだから。しかも観光資源は、いくら見ても減るものではない。遊びや商売の上手いアメリカ人なら、日本の観光資源を使って、どんどんカネを稼ぐことだろう。日本の素晴らしい自然・文化景観は、天与の宝物である。第二次大戦でも奈良や京都が保たれたように、これを大切にし磨き上げることは、文化的安全保障としての意義がある。環境破壊でこれを損なうのは、本末転倒だ。
わが国では、最近になってインバウンドなどによる「観光立国」が唱えられ、今年の10月には観光庁が発足する予定である。松下氏が50年以上も前からこの政策を提唱していたとは、驚きだ。
奈良は「観光立県」を標榜(ひょうぼう)しているが、戦災にも遭わずに守られてきた景観が、人間の手で破壊されつつあるのは見るに忍びないことだ。また貴重な文化財は、ひとたび失われれば、いくらおカネをかけても元に戻すことはできない。
日本には、そしてこの奈良には、いかなる埋蔵資源にも引けを取らぬ「観光資源」という天与の宝物があることを、もう一度肝に銘じておきたい。
※参考:観光地奈良の勝ち残り戦略(12)おカネが落ちる仕掛けづくり
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/a8f59e121c5fcff769197db93e828c29
※冒頭の写真は奈良市・東向商店街で(08年4月初旬に撮影)。
《松下氏が60歳の時に発表された「観光立国論」は54年の歳月が過ぎても、なお新鮮な論点を含んでいる》《その詳細は1954年5月に雑誌「文藝春秋」に掲載された「観光立国の弁」で展開されている》。
松下氏は《日本が持てる「景観の美」や「自然の美しさ」はいかなる埋蔵資源にも勝るとも劣らぬと強調した》《「戦後、経済自立の道として、工業立国、農業立国あるいは貿易立国など…に多くの金が費やされた」が、「観光立国こそ、わが国の重要施策」と提唱した。その背景には、当時の日本の貿易収入は約10億ドルであったが、国際観光の振興で約8億ドル稼げると予測し、「観光もまた広い意味での立派な貿易」と見なして、観光産業を「輸出産業」として的確に位置づけている》。
朝鮮戦争が終わり、重厚長大産業を中心に高度成長をめざそうとしていた時代にあって、観光で外貨を稼ごうという発想は慧眼である。
もう少し詳しく知りたいと思い、ネットで検索していると、ある個人ホームページに、こんな情報が出ていた。同じ1954年の9月に行われた講演会の話である(新政治経済研究会「1周年記念講演会」)。
http://www.kyoto.zaq.ne.jp/dkanp700/bic/matusita.htm
《自然の美しさでは、日本の地位は世界の一、二位ではあっても、決して、三位とは下るまいと感じたほどです。例えばハワイが美しいといっても、所詮小さな一島嶼にすぎません。スイスがすばらしいと言っても、これはやはり、山と湖の美しさだけです》《美しい景観もまた立派な資源だとすれば、むしろ日本の場合は、その重要さにおいていかなる埋蔵資源にも勝るとも劣らぬと言えるのではないでしょうか》
《ドルを獲得するという点から見たならば、観光もまた広い意味での立派な貿易であるといえます。しかも8億ドルからの巨額です。…いわゆる物品の輸出貿易は、日本のなけなしの資源を出すのですが、富士山や瀬戸内海はいくら見ても減らないのです。運賃も要らなければ、荷造り箱も要りません》。
《こんなに何もかも揃っているのに、今までなぜこれを活かさなかったのか不審でなりません。もちろんこれには、日本人の人生観なり社会観がかなり大きな影響を与えていたのかも知れません。勤勉を尊んで遊びを卑しみ、遊ぶことが時には悪徳視されたことすらあります》。
奈良公園(6月下旬撮影)
《アメリカ人は政治もうまいし、商売もうまい。だから、もし今、日本人とアメリカ人が全部国を入れ替えたなら、彼らはたちまちのうちに、この自然の景観を活かして、日本を観光の楽土にして、世界を相手にドンドン金を儲けることでしょう》。
《観光客の中には、学者もあれば、実業家もあります。技師もいれば芸術家もいます。これらの人びとに接触するだけでも、お互いに啓蒙もされ、刺激もされます。勉強もできますし、考え方も広くなります。…観光立国によって全土が美化され、文化施設が完備されたならば、その文化性も高まり、中立性も高まって、奈良が残され、京都が残されたように、諸外国も日本を平和の楽土としてこれを盛りたてていくことでしょう》。
《この際思いきって観光省を新設し、観光大臣を任命して、この大臣を総理、副総理に次ぐ重要ポストに置けばいいと思います。そして、国民に観光に対する強い自覚を促すと共に、各国に観光大使を送って、大いに宣伝啓蒙もしたいと思います。また、現在、覚え切れないほどたくさんある国立大学のうち、そのいくつかを観光大学に切り替えて、観光学かサービス学を教えることによって、優秀な専門のガイドも養成したいものです》。
このHPには、別の話(「美しい日本への決意を」『PHP』71年2月号所収)も紹介されている。《瀬戸内海を人間の力で一からつくろうとすればどうなるか。すなわち、この平地をより味わいのある、すばらしい景勝地にしたいということで、土を掘り、そこかしこに変化に富んだ入江をつくり、外海から水を入れる。さらにはそうしてできた内海のあちこちに松を抱いた美しい島々を点々と配する。そういった一大事業を敢行したとすればどうなるか、ということです。…自然はすでにつくりあげ、われわれにそっくりそのまま与えてくれているのです。まさに瀬戸内海は日本人、ひいては人類共通の大きな資産であり、天与の尊い宝物だということができるでしょう》。
《産業の発展は大切ですが、その発展が一方で自然を破壊し、人間の幸せを損なうような姿を生みだすならば、これは本末転倒にもなりかねません。そしてこの、産業は人間のためにあるという基本の原則に必ずしも十分に徹していなかったところに今日のような好ましからざる姿も生まれてきたのではないでしょうか》。
話が具体的で面白いので、つい引用が長くなったが、現代にも通用する重要な指摘を含んでいる。
インバウンドによる外貨獲得には運賃も荷造り箱も要らない、何しろ向こうからお客が転がり込んでくるのだから。しかも観光資源は、いくら見ても減るものではない。遊びや商売の上手いアメリカ人なら、日本の観光資源を使って、どんどんカネを稼ぐことだろう。日本の素晴らしい自然・文化景観は、天与の宝物である。第二次大戦でも奈良や京都が保たれたように、これを大切にし磨き上げることは、文化的安全保障としての意義がある。環境破壊でこれを損なうのは、本末転倒だ。
わが国では、最近になってインバウンドなどによる「観光立国」が唱えられ、今年の10月には観光庁が発足する予定である。松下氏が50年以上も前からこの政策を提唱していたとは、驚きだ。
奈良は「観光立県」を標榜(ひょうぼう)しているが、戦災にも遭わずに守られてきた景観が、人間の手で破壊されつつあるのは見るに忍びないことだ。また貴重な文化財は、ひとたび失われれば、いくらおカネをかけても元に戻すことはできない。
日本には、そしてこの奈良には、いかなる埋蔵資源にも引けを取らぬ「観光資源」という天与の宝物があることを、もう一度肝に銘じておきたい。
※参考:観光地奈良の勝ち残り戦略(12)おカネが落ちる仕掛けづくり
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/a8f59e121c5fcff769197db93e828c29
※冒頭の写真は奈良市・東向商店街で(08年4月初旬に撮影)。