「観光地奈良の勝ち残り戦略」は、ついにシリーズ50回目を突破し、今回で51回目となった。「長い」「堅い」と皮肉られながら、よくここまで続けられたものだと思う。思い返せば、初回(07.3.6)は観光カリスマで観光コンサルタントの山田桂一郎氏の講演
「観光地奈良の生き残り戦略」の要約だった。その後、こんな堅苦しい文章を4年半にわたり書き続けてきたことになるが、これもひとえに、興味深いコメントを寄せてくださった読者の皆様のおかげである。ここに改めて御礼申し上げる。
さて第51回目のタイトルは、「地域経済の自律的な活性化に必要なこと」とした。私は村上龍のメールマガジン「JMM」(Japan Mail Media)を購読している。毎回、編集長の村上龍が、専門家・有識者にタイムリーな質問を投げかけ、何人かがそれに答える、という仕組みになっている。その8/15号の質問
(Q1224)が「
被災地を含め、地方経済が、『自律的に』活性化するために、もっとも必要なことは何なのでしょうか」だった。ここに様々な回答が寄せられた。
水牛健太郎氏(日本語学校教師、評論家)は《何かしようとすると規制の壁が立ちはだかる、というのはよく聞く話です。国民の意識そのものはここ二十年ほどの間に大きく変化しており、特に若者の間に地元志向が強くなっています。地域フランチャイズを中心理念としたJリーグの定着と、パ・リーグを中心としたプロ野球リーグの経営手法の変化などにもそれが如実に反映しています。ご当地B級グルメやゆるキャラの流行など、地元志向の強まりを示す現象は私たちの身の回りにたくさんあります。
国民の志向としては確実に地元重視に向かっているのに、それと制度との間にギャップがあり、地方経済の活性化を阻んでいるのは確かです。権限・税収の地方への移譲と、規制緩和を進めるべきです》と回答した。
菊地正俊氏(メリルリンチ日本証券 ストラテジスト)は《最近、関東以西に外国人客(特にビジネス客)が戻りつつありますが、東北地方に外国人観光客が戻ったという話は聞きません。岩手県の平泉が世界遺産に登録されたことは明るいニュースでした。観光は東北に限らず、地方活性化の起爆剤になる予定でした。中国や韓国からの観光客が多い九州では、政府援助で、公共施設に中国語や韓国語の表記を増やすことや、両国語ができる無料ガイドを増やすなどの案が検討されています》。
《自然に恵まれた北海道、歴史遺産が豊富な京都ならば、特段の政府援助がなくても、観光客が増えるでしょう。しかし、東北地方で外国人観光客を増やすためには、特別な措置が必要でしょう。長年議論されながら全く進展しないカジノ解禁は、有効策といえるでしょう。観光客を隣国に取られていたシンガポールは、カジノ解禁を伴うリゾートホテルの開発で復活しつつあります。
日本では沖縄や東京お台場でのカジノ解禁が議論されたことがありますが、真っ先に東北でカジノを解禁すべきでしょう》。
私にとって最も興味深かったのが、北野一氏(JPモルガン証券日本株ストラテジスト)が紹介した
井上健二著『地域の力が日本を変える』(学芸出版社)の話だった。《地方経済の自律的な活性化を「地域内循環型経済」と呼んでいるのは、東京財団の井上健二さんです》《彼は、「地域内循環型経済」を次のように定義しています。「地域資源の積極的な活用が図られるなど地域に根ざし、地域内調達率が高く、投資が地域内で繰り返し行われることにより雇用・所得が持続して生み出される、地域内でモノや資金等が循環する地域経済」。そのためにもっとも大切なのは、「
地域を支える住民が生計を立て、住み続けるために不可欠な地域内での雇用を維持・創出すること」だと指摘されております》。
《実際、地域での雇用の維持・創出が上手くできていないので、現在の日本では東京圏への「一極滞留」という現象が認められます。井上さんによると、
直近の東京圏への人口の転入超過数は、バブル経済期ピーク時の987年にほぼ相当する規模になっているそうです。しかし、その内実は、当時とは全く異なります。こうした人口の転入超過をもたらしているのは、東京圏への転入者の増加ではなく、東京圏から地方への転出が多くみられた20歳代後半から30歳代前半の年齢層の転出者の減少が主因になっているからです》。
《
要するに、「進学や就職で東京圏に出てきた若者が、30歳を過ぎても地方に戻らない傾向が強まっている」のです。戻りたくても働く場所がないため、地方に戻れないのです。その結果、地方では人口減少が止まらず、人口減少→地域内消費の減少等による地域経済の縮小→企業・商店等の倒産・撤退→人口流出の加速・人口減少→地方経済の縮小という「自律的」な衰退に歯止めが掛らなくなっております》。
《では、どうすれば良いのか。一つの考え方として、
「定住人口」の減少を「交流人口」の増加によって補うことによって活性化を図るというものがあります。簡単に言うと、「観光立国」とか「観光立県」という話です。今や、地方経済のみならず、日本そのものが、こうした方向性を模索しているようにも見えます。ただ、その割には、「観光によって地域を再生するとはどういうことで、どうすればよいのか」という議論は不十分だとJTB常務取締役の清水愼一さんは指摘しておられます》。
《清水さんと井上さんの対談は、『地域の力が日本を変える』に収められております。清水さんの次の指摘は辛辣ですが的を射ているように思います。「
どの地域も観光立国の合言葉にのせられていろいろと観光振興に取り組んでいますが、現状は住民を巻き込んだ腰を据えた「まちづくり」論議を経ずに行政主導で一過性のキャンペーンに取り組んだり、コンサルタントの口車に乗せられて「まちづくりごっこ」をして、中身がよく分からない入込人員が増えたとか減ったとかで一喜一憂していると危惧しています。多くの地域では、予算を膨大に使いながら結果的に、成果のあがらない、形ばかりの観光振興になっているのではないかと心配しています」》。
《井上さんの本にも次のような叱咤激励が何度も出てきます。「地域再生を進めるにあたって、まず、最初にすべきことは、地域住民自身が、地域の魅力を見つめ直し、地域に誇りを取り戻すことである」。「
地域再生とは、地域に住んでいる人が、「住み続けたい」と思える地域をつくることである。自分の生まれ育った地域にどのような価値があるのかが分からなくなり、自信を失っている地域があまりに多い。そこに暮らす住民が、地域を愛し、地域に誇りをもち、そこでの暮らしを楽しんでいなければ、他の地域の人が、その地域を魅力的に思うはずがない」》。
《「地域住民が地域への愛着と誇りを持っている地域は元気である」。「誇りの空洞化」に対抗していくことこそが本当の意味での「地域再生」ではないかと私は考えている」。こうした井上さんの主張を踏まえて、今回の質問に改めて答えるなら、
地域経済が自律的に活性化するためにもっとも必要なことは、「地域への愛と誇り」ということになるのでしょうか》。
このような井上氏の主張は、同書の随所に見出すことができる。ネットで瞥見しただけでも、《大都市とは異なるが、田舎には田舎の良さがあり、その長所を存分に暮らしに取り入れ、都会の人が憧れる豊かなライフスタイルをその地域でどう展開していくかが問われている。そこに暮らす住民が「暮らしていて良かった。幸せだ」と思える、人が最も自分らしく生きることのできる舞台としての地域を、行政に頼ることなく、どうつくっていくかが問われているとも言える(P44)》(
佐藤孝弘氏のブログ)。
《研究を進める上で大切にしたことは、現場の視点です。可能な限り地域に赴き、地域再生の実態をしっかりと見て、肌で感じるとともに、そこに暮らす方々のお話に耳を傾けることを重視してきました。地域に愛着と誇りを持ち、「地域を何とか元気にしたい」と熱く夢を語り、生き生きと活動する多くの地域再生実践者にも出会うことができました。語り合いの中で実感し、学んだことは、地域には大都市以上に素晴らしい資源が溢れ、豊かな暮らしを実現する可能性があることや、優れた人材がたくさんいること、そして、地域再生は地域に暮らす住民自身が進めるものであるということでした。
豊かな地域の文化が咲き誇る、世界から憧れられる美しい日本をつくりたい。そのためには、地域が元気でなければならない。地域の再生なくして日本の活性化はありません(あとがき)》(
版元のHP)。
JMMに戻ると、津田栄氏(経済評論家)も、こう回答している。《
制度や構造が変われば、すべてうまくいくのかといえば、違うといえましょう。やはり、地方の住民が、自らの地方を立て直すのだという意志と覚悟が必要です。そのためには、自分たちの地方に誇りを持ち、愛着を持つことが求められます。その点で、北野一さんが指摘しているように地方経済が自律的に活性化するには「地域への愛と誇り」が必要だという考えは同感です》。
《実は、北野さんが紹介している「地域内循環型経済」については、私も京都大学大学院の岡田知弘教授から2年前に講演で具体例を交えて伺いました。そして、地方経済の活性化のためには「地域への愛と誇り」が必要であると、そこから私が得た結論でした。それを基に実践して、2年前から地元の地域活性化プロジェクトをコーディネートし、今自分たちの地域の宝を探す中で誇りをもう一度再認識し、自分たち地域への愛着を確かめようとしています》。
「地方経済が、『自律的に』活性化するために、もっとも必要なこと」、それは、やはり「地域への愛と誇り」なのだ。以前私は、
奈良県人の「地元に関する知識不足→関心不足→誇り・愛情不足という悪循環」を指摘し、
「そこに愛はあるのかい」というブログ記事を書いたことがある。また、じゃらんのアンケート結果(県民は地元愛着度も、地元旅行おすすめ度も低い)を受けて
「県民は、奈良県が嫌い?」という記事も書いた。
さらに
「観光地奈良の勝ち残り戦略(50)」では、長野県野沢温泉の旅館組合長・森行成氏が黒川温泉の若手に話したというこんな言葉も紹介した。「
町づくりの原点は、自分の町を好きになることから始まる。まずは、故郷を良く知ることだ。阿蘇の温泉地(=黒川温泉)にも、きっと地域独特のいいものがあるはず。まずは、それを探し出してほしい。そして、自分の旅館を経営するだけでなく、半分のエネルギーを地域のために注ぐくらいの気持ちを持て」。
JTBの清水愼一氏からは、《行政主導で一過性のキャンペーンに取り組んだり、コンサルタントの口車に乗せられて「まちづくりごっこ」をして、中身がよく分からない入込人員が増えたとか減ったとかで一喜一憂している》という耳の痛い指摘もあった。
「地域への愛と誇り」というと抽象的な言葉のように聞こえるが、少しでも地域おこしに携わった人には、おそらく実感してもらえることだろう。元気な地域は、地元への愛と誇りに満ちた住民の手で支えられている。これがすべてのベースになるのである。「地域への愛と誇り」を持って地域おこしに取り組み、「地域経済の自律的な活性化」をめざしたい。