とんでもないテレビ番組が放送されたと思ったら、それが週刊東洋経済のWebサイトに飛び火した。テレビだと消えていくが、Webに転載されると消えずに拡散されるし、載ったのが経済専門誌のサイトなので、いくら中身がデタラメでも信憑性を帯びてしまう。これは早いめに正しておかねば…、というわけで90回目の「観光地奈良の勝ち残り戦略」で、この話題を取り上げる。
きっかけは、当ブログの
「再検証!暗~い奈良の夜 花街で照らせ」に寄せられた「よそもん」さんのコメント(3月9日)だった。
TBSの番組『世にも不思議なランキング なんで?なんで?なんで?』の中で奈良が「日本一ホテルが少ない町」と取り上げられ、前半が偏った放送内容になっていました。例えば、奈良公園周辺は3~4時間あれば名所巡りが可能、週末の夜8時、近鉄奈良駅周辺(もちいどのセンター街、下御門商店街など)は観光地なのに店が早く閉まる、食べる店が少ない、(鹿がいるので夜は)人があまりいない所には観光客は行かない方がいい、映画館の数が奈良市は0軒 などと取り上げられ、今回は商店街の関係者や県民自ら大仏商法などと発言していることが問題だと感じました。
「奈良公園周辺は3~4時間あれば名所巡りが可能」という誤解は、どうやら蔓延しているようだ。先日(4/21)も私が午後2時過ぎに近鉄奈良駅構内の観光案内所に立ち寄ると、初老の男性が「朝から奈良公園に行ったがもう皆、見てしまった。他に見どころはないの?なければ京都へ帰ろうと思って」と言っていた。アクセントは関西弁ではないので、京都を拠点にして観光しているのだろう。「春日大社、興福寺、東大寺だけでまる1日かかるというのに、この人は一体どこを見てきたのだろう」と、疑問に思った。
「映画館の数が奈良市は0軒」は単純ミスだし(高の原イオンの奈良市側に「ワーナー・マイカル・シネマズ高の原」がある)、「(鹿がいるので夜は)人があまりいない所には観光客は行かない方がいい」は、言語道断だ。夜は鹿が人を襲うとでもいうのか?! 鹿は、夜は寝ているのだ。「日本一ホテルが少ない町」は、噴飯ものだ。全国の市町村では「ホテルのない町」の方が多いはず。このような雑駁な報道の仕方が、そもそも問題だ。
この番組は関西でも4月4日に放送されたそうだ。そればかりか同番組の取材班が、
東洋経済ONLINE(4/23付)にこんな記事を書いたと金田充史さんから教えていただいた。全文は当記事の末尾に転載しておくとして、先に私が気になった部分を取り上げてみる。
●現地で外国人観光客にインタビューした。「あなたの宿泊地は?」 すると口々に出てきたのが大阪、京都。お隣の観光地の名前だ。なんと奈良に泊まる外国人観光客は約1割だった。ランキングを裏付けるような結果が、さっそく立証された。では、なぜ奈良に泊まらないのか?理由として考えられるのは、観光地の集積だ。奈良市の場合、狭いエリアに見所が固まっており、奈良公園周辺なら3~4時間もあれば回れるし、半日かければ市内の多くの名所を満喫できてしまう。「あくまで奈良はおまけ」。もっと見る場所の多い京都や大阪に滞在拠点を置くというのだ。
この記事では、冒頭に国宝建造物の数が日本一、世界遺産の数も日本一、と思い切り持ち上げておいて、そのあとに「半日かければ市内の多くの名所を満喫できてしまう」と矛盾したことを堂々と書いている。奈良市内には春日大社、興福寺、東大寺などの奈良公園エリアに加え、奈良町、新薬師寺、平城宮跡、薬師寺、唐招提寺…と、見どころが満載だ。これをどうやって半日で回るというのか。
以前、産経新聞が「奈良は外国のガイドブックには『3時間で十分』と書かれ、通過する観光地になっている」と報じたので、
「暗~い奈良の夜 花街で照らせ(産経新聞夕刊)を考える」というブログ記事で反論した。結局、今日になってもそのような「外国のガイドブック」は見つからず、それどころか最も広く読まれている『lonely planet』(ロンリー・プラネット)を開くと、真逆のことが書かれていた。
《Nara's best feature is its small size: it's quite possible to pack the most worthwhile sight into one full day.》《Of course, it's preferable to spend two days here if you can. 》(奈良市の最も素晴らしい特徴は、そのサイズが小さいこと。最も価値のある観光地を、まる1日にまとめることができる。(中略) 可能であれば2日間を費やすことが、もちろん望ましい)(2011年版)。3時間どころか、まる1日から2日間の滞在が推奨されていたのだ。
●奈良に滞在客が少ない理由(1)早すぎる店じまい!お客さん待ちの“大仏商法”
近鉄奈良駅の周辺は、商店街が充実しており、お土産目当ての観光客や、地元の買い物客で連日大賑わい。しかし、夜7時をすぎたあたりから様子は一変。次々とシャッターを閉めるお店が。8時にもなると、商店街のほとんどが店じまいしてしまうのである。
これが間違いだということは、
「再検証!暗~い奈良の夜 花街で照らせ」で検証した。近鉄奈良駅前の東向商店街の飲食店40店中、午後8時までに閉まる店は7店だけ(7店の内訳は喫茶店が4店、うどん屋が3店)。他の飲食店は煌々(こうこう)と灯りがついている。
●奈良に滞在客が少ない理由(2)奈良にうまいものなし!?頼みの名産品も…
地元民が口をそろえるのが「奈良にうまいものなし」という自虐。実際に、奈良の飲食店数は全国39位。居酒屋登録数ランキングでも、全国43位と、笑ってはいられない状況である。さらに関西のご当地グルメ雑誌を調査してみたが奈良の紹介ページは、ごくわずかだった。この原因について、奈良では、かつて都が奈良から京都に移った際、うまいものも根こそぎ持っていかれた、なんてまことしやかにつぶやかれているのだが、真偽のほどは謎のままである。
「都が奈良から京都に移った際、うまいものも根こそぎ持っていかれた」など、聞いたことがない。誹謗中傷のたぐいであろう。奈良県は県外就業率(県外で働く人)の数が約3割で全国一だ。しかもその8割以上が大阪府で働いている。もともと奈良県民は堅実で、あまり外食しない(家でご馳走を食べる)ので飲食店が流行らない。また大阪で働くサラリーマンやOLは、大阪で飲み食いして帰る。そのような理由で飲食店の数が少ないのだ。飲食店の絶対数が少ないから「グルメ雑誌を調査してみたが奈良の紹介ページは、ごくわずかだった」となるだけである。なお「飲食店の数が少ない」ことと「うまいものがない」は、論理的に結びつかない。奈良に美味しいものは、たくさんある。
●奈良に滞在客が少ない理由(3)建造物の高さ制限に加え、遺跡出土でホテル建設が進まない
少ないとはいえ、奈良に宿泊施設があるのは事実。実際のところ、ホテル経営は大丈夫なのか?余計なお世話だとは知りつつ、市内にある某ホテルを取材させてもらった。取材は2月だったが、なんと全175室の内、空室が135。さらに厳しいときは、空室155という日もあったとか。
テレビではこのホテルがJR奈良駅前のビジネスホテル「サンホテル奈良」であると紹介されていたそうだ。「空室が135。さらに厳しいときは、空室155という日もあった」とはにわかには信じがたい話だ。しかし、よく読むと「取材は2月」とあるだけで「2月の1ヵ月平均」とは書いていない。2月は観光閑散期なので、そんな日もあったのだろう。他のホテル関係者によると「年明けから外国人観光客が増加し、客室稼働率は高止まりしている」という話だ。
また高さ制限や発掘調査(施主が負担)はその通りだが、この「高さ制限」を緩和してしまうと景観が損なわれる(逆に観光客が来なくなる)し、ホテルではなく「高層マンションの建設ラッシュになる」と懸念する声もあるから、単純な話ではない。
以上、ざっと気のついた点を指摘したが、気になるのは「よそもん」さんの「今回は商店街の関係者や県民自ら大仏商法などと発言していることが問題だと感じました」および東洋経済記事の「地元民が口をそろえるのが『奈良にうまいものなし』という自虐」というくだりだ。私はいつも「奈良県民は、自虐思考を捨てよう」と申し上げているが、なかなか改まっていないようだ。
しかも地元で飲食する機会が少ないから、いまだに店が早く閉まると誤解しているし、地元のことをよく知らない人が多いから(「お水取り」に行ったことのない奈良市民がたくさんいる)、「奈良公園周辺なら3~4時間もあれば回れるし、半日かければ市内の多くの名所を満喫できてしまう」と言われてもマトモに反論できない。それを良いことにテレビやWebサイトがツッコミを入れ、煽(あお)る、という悪循環である。
この悪循環を断ち切るためには、県民がもっと地元のことを知らなければいけないし、誤解・曲解には堂々と反論すべきである。故河合隼雄氏曰く「大仏よ、立ち上がれ!」。
【4/27 追記】
私のFacebookにたくさんの応援コメントをいただいたので、以下に抜粋します。
Mさん 産経新聞の記事然り、彼らは扇情的で視聴者が振り向いてくれることしか頭にありません。彼らの正義・真実とは視聴率であり、世間が目をむけてくれることなんですから。その論理に従って都合の良い情報源を取捨選択しているだけです。それもできるだけ手間をかけず安易な方法で、そんなやからに乗ってさわぐのは彼らの思うツボ。tetsudaさんのいわれるように奈良に住んでいる人たちが立ち上がるしかないと思います。
Sさん 先月、京都のゲストハウスの居間で出会った台湾人の女の子が、関西をいろいろ巡ったなかで、鹿がいる春日大社の風景が一番印象に残り、忘れられないといって、絵の具で一生懸命鹿の絵を描いてました。決めつけた評価をしないでほしいですね
【4/27 追記】
私がシェアした東洋経済のFacebookにも、たくさんのコメントをいただいたので、以下に抜粋します。
Jさん ビジネス客が少ないせいもあるのでは。宿泊地を中和や南和にするよう誘導するアピールも必要と思います。南部地域の魅力を県北部の人にアピールしてクチコミを拡げることもいいかも。
Mさん 今のままが良い。外から奈良を見ると良い。このまま何百年と変わらないで欲しい。それが古都奈良の魅力。
Jさん 「空いている奈良」というのも奈良の魅力の一つでしょう。2月の奈良公園はすがすがしい空気に包まれています。高畑町界隈を散歩して志賀直哉邸あたりを散歩してみる。鹿寄せのホルンが鳴り響くのもこの季節じゃなかったですか。私は混雑したところが嫌いです。都会の喧騒に嫌気がさしたときに、奈良のホテルや旅館に予約の電話をすると「空いてますよ」とすぐ答えが返ってくる。町家民宿や農家民宿も頼みやすくしておけば、そういう利用も増えるのでは。そうなれば、奈良町の朝食屋や夕食屋も繁盛する。人が来過ぎない奈良がいちばんの魅力です。爆買いなんてしてほしくないです。
では最後に
「東洋経済ONLINE」の記事全文を紹介する。
観光名所・奈良のホテル数が全国最下位の謎
あの大仏でも宿泊客を引きとめられない?
TBSテレビ『世にも不思議なランキング なんで?なんで?なんで?』取材班
世の中にあふれるさまざまな統計やデータ。これをもとにしていろいろなランキングが作られるワケだが、中にはなぜそうなるのかの理由が、すぐにはわからないような“世にも不思議なランキング”がある。TBSテレビ『世にも不思議なランキング なんで?なんで?なんで?』(次回は4月27日よる8時~)は、そんなランキングデータの謎を解き明かす番組だ。「なんで△△が○位にランクインしているのか?」。その裏側を探ると、驚きの事実が次々に明らかになってくる。まずは、取材班が直面したこのランキングをご覧いただきたい。
■宿泊施設の客室数ランキング(都道府県別)
1位 東京都 14万2065室
2位 北海道 11万1005室
3位 大阪府 7万6311室
:
45位 徳島県 9947室
46位 佐賀県 9922室
47位 奈良県 9055室
(出所)2013年厚生労働省衛生行政報告例
えっ!? 日本を代表する観光地・奈良がホテルの数、全国最下位!?「奈良の大仏」はあまりにも有名だし、東大寺や法隆寺など、国宝の建造物の数は、京都を抑えて全国1位。さらに日本における都道府県別、世界遺産の数もまた、日本一なのに……。実際、奈良を訪れる人は年間約3500万人に上る。修学旅行生は全国各地から集まるし、世界各国から観光客が日本文化を堪能しようと奈良にやってくる。これほど多くの人が訪れるのだから宿も繁盛するはず。なのに奈良のホテルの数が、全国で最も少ないとはいったいどういうことなのか。
「ついでに」「日帰りで」来れちゃう奈良
取材班はさっそく奈良を訪れ、現地で外国人観光客にインタビューした。「あなたの宿泊地は?」 すると口々に出てきたのが大阪、京都。お隣の観光地の名前だ。なんと奈良に泊まる外国人観光客は約1割だった。ランキングを裏付けるような結果が、さっそく立証された。
では、なぜ奈良に泊まらないのか?理由として考えられるのは、観光地の集積だ。奈良市の場合、狭いエリアに見所が固まっており、奈良公園周辺なら3~4時間もあれば回れるし、半日かければ市内の多くの名所を満喫できてしまう。「あくまで奈良はおまけ」。もっと見る場所の多い京都や大阪に滞在拠点を置くというのだ。
日本人観光客の場合は、また別の理由がある。話を聞くと、なんと多くの人が日帰り旅行だったのである。奈良には大阪、京都、兵庫などの近畿エリアからの観光客が多い。日帰りが多く、そもそも泊まる必要がない。実に奈良を訪れる観光客の8割近くが日帰り客だった。
■奈良の観光 出発地ランキング
<2013年 奈良県観光局>
1位 近畿圏 79.2%(京都 大阪 兵庫 奈良 和歌山)
2位 中部圏 12.2%(静岡 愛知 三重 その他中部)
3位 東京圏 6.4%(東京 神奈川 埼玉 千葉)
とはいえ、ホテルの数が全国最下位とはあまりにも極端ではないか。日本人だけならまだしも、はるばる海外からやってきた外国人は滞在してもいいではないか。そこで取材班がさらに調査を進めると、奈良の観光地としての致命的な3つのポイントを発見した。
奈良に滞在客が少ない3つの理由
■奈良に滞在客が少ない理由①
早すぎる店じまい!お客さん待ちの“大仏商法”
近鉄奈良駅の周辺は、商店街が充実しており、お土産目当ての観光客や、地元の買い物客で連日大賑わい。しかし、夜7時をすぎたあたりから様子は一変。次々とシャッターを閉めるお店が。8時にもなると、商店街のほとんどが店じまいしてしまうのである。お隣の観光地や大阪、京都だったらこうはいくまい。
なぜなのか?お店の人々に話を聞いてみると、気になるワードが飛び出してきた。それが「大仏商法」だ。デジタル大辞泉によれば「奈良の大仏に参詣する客が立ち寄るのを待つだけで、進んで客を集める努力をしない奈良商人の消極性をいう語」。そう。つまり、奈良に宿泊する人が少ないのは、奈良の観光業者や地元の商売人が、あまり熱心にお客さんを集める努力をしていないのではないかというのだ。
■奈良に滞在客が少ない理由②
奈良にうまいものなし!?頼みの名産品も…
地元民が口をそろえるのが「奈良にうまいものなし」という自虐。実際に、奈良の飲食店数は全国39位。居酒屋登録数ランキングでも、全国43位と、笑ってはいられない状況である。さらに関西のご当地グルメ雑誌を調査してみたが奈良の紹介ページは、ごくわずかだった。この原因について、奈良では、かつて都が奈良から京都に移った際、うまいものも根こそぎ持っていかれた、なんてまことしやかにつぶやかれているのだが、真偽のほどは謎のままである。
■奈良に滞在客が少ない理由③
建造物の高さ制限に加え、遺跡出土でホテル建設が進まない
少ないとはいえ、奈良に宿泊施設があるのは事実。実際のところ、ホテル経営は大丈夫なのか?余計なお世話だとは知りつつ、市内にある某ホテルを取材させてもらった。取材は2月だったが、なんと全175室の内、空室が135。さらに厳しいときは、空室155という日もあったとか。
実際、データによると、奈良は宿泊施設が少ないだけでなく、客室稼働率でも全国39位と苦戦気味。いったいなぜこんなことになってしまっているのか、取材班は奈良で30年以上ホテル経営をされている「ホテルサンルート奈良」の中野さんに話を聞いてみた。中野さんによると、奈良の市街地には建造物の厳しい高さ制限がある。宿泊施設の場合、建物の高さは部屋数に影響するため、高さ制限によって、経営が成り立たなくなってしまうこともあるという。
ちなみに、県内でいちばん高いビルは「ホテル日航奈良」でたったの46メートル。また、調べてみると、奈良でビルの建設工事中に地中から遺跡が発見され、工事が中断したという事例も。これらのことから、奈良の市街地に新たなホテルを建設することに二の足を踏む建設業者もいるという。と、ここまで奈良の残念なポイントを伝えてきたが、奈良県もそんな状況に手をこまねいているばかりではない!
奈良に一筋の光!滞在客を増やすため奮闘中
奈良県は、観光客が夜にも食事や買い物をするために便利なガイドマップを作成!さらにホテル不足解消のため、国際級ホテルの誘致が決定しており、2020年の東京オリンピックまでにオープンする予定だという。朗報は、東京〜大阪間を結ぶ予定のリニア中央新幹線が奈良を通ることがほぼ決定したこと。これは、観光客を見込める大チャンスである。ただし、開業予定は2045年!……あと30年ある。