夢見る水の王国 上 (カドカワ銀のさじシリーズ)寮 美千子角川書店(角川グループパブリッシング)このアイテムの詳細を見る |
寮美千子(りょう・みちこ)著『夢見る水の王国 上・下』(角川書店刊)を読んだ。村上春樹の『1Q84』(Book1,2 新潮社刊)を読んだら次はこれ、と決めていたのだ。これら二作品は、版型も値段も、全く同じなのである(各巻1800円=税別)。
『夢見る水の王国』は、ファンタジーである。私はこれまで、ファンタジーを読んだことがなかった。Wikipedia「ファンタジー」によると《ファンタジーの定義はあいまいだが、サイエンス・フィクション(SF)との対比で言うと、SFでは世界設定や物語の展開において自然科学の法則が重要な役割を果たすのに対し、ファンタジーでは空想や象徴、魔術が重要な役割を果たす》。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%83%BC
《近代文学におけるファンタジーは、19世紀から20世紀初頭にかけて隆盛を誇ったリアリズム文学に対するアンチ・テーゼとして出発している。すなわち、小説世界のルールは現実世界に順じ現実の一コマとして存在しうる物語であるというリアリズム文学に対し、小説世界のルールを小説世界で規定し現実にはありえない物語をファンタジー文学と呼んだのである》。
なお《ファンタジー的(幻想的)を意味する英語の形容詞は「ファンタスティック」(fantastic)であり、日本で時として使われる「ファンタジック」というカタカナ言葉は本来の英語では誤りとなる和製英語である》。
夢見る水の王国 下 (カドカワ銀のさじシリーズ)寮 美千子角川書店(角川グループパブリッシング)このアイテムの詳細を見る |
私のよく知っているファンタジーは『ハリー・ポッター』だが、映画で何作かを見ただけである。あとは『スター・ウォーズ』で、これも映画だ。だから、恥ずかしながらファンタジーを小説で読むのはこれが初めてなのだ。
『夢見る水の王国』について、ファンタジー評論家の小谷真理氏は《児童文学+ファンタジーのコンセプトで出発した<銀の匙>叢書の1作。祖父と孫娘の水と石をめぐる迷宮的冒険を描く。ポリフォニックな語り方の工夫に目を見張った》(日経新聞夕刊 09.6.17付)と紹介している。なおポリフォニックとは「多層的、重層的」という意味である。
版元の紹介には《少女マミコは、祖父が急逝したショックで記憶を失ってしまう。気がつくと、マミコは時の止まった海岸にいた。マミコの影が立ち上がって分身となり、悪魔の子マコを名乗る。マコは海の彼方へと逃げだしてしまい……》《マコとミコに分裂してしまったマミコ。名前を奪われ記憶を失ったミコは、マコを追跡して“幻の島”に渡る。ミコは、島の老鉱夫から、島が外輪山の堤防に守られた、海抜より低い土地であることを知らされ……》。
『夢見る水の王国』は、故郷に戻ってきたオペラ歌手・香月万美子(かつき・まみこ)が見る夢で始まる。《その夜、マミコはホテルのベッドで夢を見た。肌触りさえ感じるほどの奇妙なリアリティのある、哀しい、けれど途方もなく美しい夢を。それは、こんな夢だった》。これがポリフォニックな物語の出発点である。
主な登場人物などが、アマゾンのカスタマーレビュー(黒井蓮華さんが書かれたもの)に出ている。《海辺の町「天羽」で一人ひっそりと暮らす初老の男・香月光介、生まれて間もない子を香月に預け遠つ国へ旅立つ香月の一人娘・美沙、紗(うすぎぬ)をまとったオペラ歌手・香月万美子、郵便配達夫、虚ろ舟の伝説、月の拝殿の大長老、 雲母を掘り出し夢を世界へ解き放つ老鉱夫、愛車「ペガサス号」にまたがり「天羽」の町で暮らす青年、風を呼ぶ歌を歌う町の男とその家族、 猫族の王になることを拒みマミコと共に生きることを選択したぬばたま、木馬、火と水の龍、まつろわぬ民の少年、橋のふもとのあばら家で細々と生きる全盲の老人、極楽鳥、村長、片目の黒豹、 水の図書館に降り立つ魔の童子、鴉頭の闇夜王、月の神殿の神官マニ、帰らぬ女王を待つネズミ》、このファンタジーの雰囲気がお分かりいただけるだろう 。
楽園の鳥 ―カルカッタ幻想曲―寮 美千子講談社このアイテムの詳細を見る |
寮さんが05年泉鏡花文学賞を受賞された作品
産経新聞に書評を寄せたひこ・田中氏は《様々な神話・伝説・昔話の断片や、想像力によって生まれた鮮やかなイメージが、これでもかこれでもかと押し寄せてきます。決して読者に親切な物語ではありませんので、転覆しないための舵(かじ)取りには、多少の腕が必要でしょう。ですから、シンプルな冒険ファンタジーを好みの人は手を出さない方がいいです》と「使用上の注意」を呼びかける。なお「シンプルな冒険ファンタジー」とは、従来型の「剣と魔法の物語」のことである。そして《もうすぐ夏休み。この急流を乗り切って、河口までたどり着けるか、挑戦してみる?》と読者を誘う。
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/090628/bks0906280919009-n1.htm
確かにこの作品は『1Q84』のような、読みやすくて万人受けする小説ではない。(ストーリー性や軽い娯楽性だけを求める)怠惰な読者を追い出すような、独自の「寮美千子ワールド」が展開する。しかし決して難しい本ではなく、エンタメ的な要素に満ちあふれた幻想小説として、お楽しみいただきたいと思う。
有り難いことに、著者の寮さんからわざわざ当ブログ記事にコメントをいただいた。《難解な言葉もないし、言い回しもやさしい。筋書きもごく単純で、わかりやすい。すらすらと読めた、という声もいくつもききました。基本的に、むずかしい作品ではない、と本人は思っています。世間が期待する「エンタメ」とは方向性が違いますが、ひとつの「エンタメ」だと本人は思っています。「ストーリー性」でない部分、幻想世界の手触りそのものを楽しみながら読んでいただければさいわいです》。
東京生まれの寮美千子さんは、06年から奈良市内(ならまち)に住んでおられる。「まんとくん」の歌や音頭を作詞し、CDも出されている。この小説に登場する「地下の霊的な水で世界がつながっているというのは、東大寺のお水取りのイメージからの発想」だという(毎日新聞奈良版「やまと人模様 作家・寮美千子さん」09.7.10付)。
上下2巻・計860ページの本格ファンタジー、ぜひお試しいただきたい。