田の広がる磐梯の山麓に、夕方、ゼフィルスを見に行った。怪しい雲が広がり、遠くから雷鳴が響いていた。
黒い物体が勢いよく目の前を飛び過ぎた。懐かしいクジャクチョウが目の前に止まった。
小豆色の翅に涙の斑紋があまりに美しかった。ずいぶん会っていなかったような気がする。 遙かな時を経て、目の前に現れた青春のチョウだ。近づくと素早く飛び去り、またすぐに戻ってくる。何回もきれいな羽根を見せてくれた。
北杜夫の「ドクトルマンボウ昆虫記」の高山蝶の項に
「クジャクチョウのラテン語の種名には、ギリシャ神話のつたえる少女イオの名がもちいられている。イオは愛ゆえに牝牛の姿にされ、ゼウスの妻がおくった嫉妬の虻に悩まされながら、遠い異国をさまよわなければならなかった。とある朝、見なれぬ国の太陽がのぼるとき、やつれはてて目ざめた彼女の膝もとから、生まれたばかりの一匹のチョウが舞いたった。少女の大粒の涙はその翅の上にこぼれた。それ以来クジャクチョウの翅には、いたいたしい涙の跡が真珠のごとく光るようになったのだという。」とある。
久々に、棚からさがした懐かしい本を、再読した。
学生のころ、北杜夫のチョウ遍歴の足跡を数々の著書に見いだして愛読したころが懐かしく蘇ってきた。(2009.7.5)