■流行遅れ■
自分が若い頃、周囲のオッサン達が半年遅れで言うところの、「最近、こんなのが流行っているんやろ?。」といった話に対しては、「何を古いことを言うてんねん。」とバカにすることがよくあった。
しかし、いざ自分がオッサン世代の中心になってみると、流行なんてモノから縁遠くなり、あの頃のオッサン達と同じようなモノであることに気付かされる。
好きで聞き続けている音楽に関しても同様で、玉石混淆の、沢山の曲の中から、玉(良いモノ)だけを探し出す気力は萎え、近年の、あちらこちらで往年の名バンドなどの再結成が頻繁に行われる流れに「自身の居心地の良さ」のために取り込まれて、新しいモノに触れる機会が極端に減っている。
また、昔、多量に聞きすぎたせいか、どこかから流れ聞いた「新しいと言われる曲」に対して、「コピーや盗作とまでは言わないが、誰々のあの曲と似ている。」と思った瞬間にサッと気持ちが引いてしまうことがあって、受け付けなくなることもよくある。
こんな状態であることから、流れに取り残され、「ん、これは!」と思ったミュージシャン(アーチストとは言いたくない)が歌い演奏する音楽に出会った際には、既に発売から数年も経っていることがよくある。
そんな中、今年に入って契約したWOWOWを見ていて久しぶりに魂を揺さぶられる歌声の持ち主に出会った。それが「サラ・バレリス(Sara Bareilles)」だった。
■ロックンロール・ホール・オブ・フェイム■
WOWOWの放送で彼女を見たのは「ロックンロール・ホール・オブ・フェイム」という、日本語で言うところの”ロックの殿堂”の、2012年度の表彰式の様子だった。
ロックンロール・ホール・オブ・フェイムとは、演奏者自身はもちろんのこと、その裏方を含めて、ロックの進歩と発展に貢献をした人々を讃えるために創られたアメリカ、オハイオ州クリーブランド市にある博物館のことで、殿堂入りするということは、その人の足跡が博物館に収蔵されるということである。
この中に、この年新たに殿堂入りしたのがローラ・ニーロ(故人)だったのだが、この人の音楽はキャロル・キングやジャニス・イアンに代表されるいわゆる”ピアノ弾き語り”のジャンルに入る。
このジャンルは演奏よりも歌がメインになるし、ポップスのみならず、ジャズボーカルもこなせる人も多いことから、かなりの歌唱力と表現力、それも日本の基準よりも遙かに高いレベルを持った人が、洋楽界の、このジャンルには伝統的に多い。
実際の表彰式では本人が何らかの事情で歌えない場合や故人の場合は、ゲストとして呼ばれた他の誰かが、その人の曲をカバーして演奏し、歌うようになっている。そしてこの時、ローラ・ニーロの代表曲である、「Stoney End」をピアノを弾きながら歌ったのがサラ・バレリスだった。
「Stoney End」という曲は今までにバーブラ・ストライザンド、ダイアナ・ロスというアメリカを代表する女性シンガーがレコーディングした名曲なのだが、その大先輩達を上回るパワーと表現力で彼女はこの曲を堂々と歌いこなしていた。
その歌声は、ズシリと地を這うような凄味さえ感じる低音部から、透き通るようなファルセット部まで、レンジの広さは洋楽のレベルの中でも最上級クラスであるうえ、音域の全てにおいてパワーが衰えないところが実に素晴らしい。また、声質は少しハスキーでもあるが、枯れすぎず、個性が光りながら、クセがあり過ぎて好き嫌いのハッキリ出るタイプではなく、女性ロック&ポップの王道をゆく種類の声にも思える。
こんな声に出会ったのは久しぶりのことであり、感動の内にその録画を何度となく見ていた…。
■アノ人だったのか…■
そんなサラ・バレリスの声に魅せられて早速AMAZONのサイト内で色々と物色を始め、スタジオ版が2枚と、ライブDVD+CDのセットを「今更ながら」の購入に至る。
メジャー・デビューが2007年ということなので、デビュー・アルバム「Little Voice」の発売はもう6年も前のことだが、その中からシングル・カットされた「Love Song(邦題は何故か「こんなハズじゃなかったラヴ・ソング 」)」はビルボードのPOPチャートで一位を獲得した他、全世界22カ国で1位を獲得しているそうだ。
しかし、この曲だけであれば、POP過ぎて恐らくファンにはならなかったであろうとも思えたが、ブルージーな曲が好みのボクにとって、次の「Vegas」という曲は「Stoney End」の感動をよみがえらすには十分な曲だった。
また、その次のアルバム「Kaleidoscope Heart」は、少しイギリスっぽさを感じさせるモノであり、これまた味わいが変わって歌声が生きる内容になっている。
●メジャー・デビュー作の「Little Voice」●
彼女の作る曲は「Aメロ」「Bメロ」と「サビ」で形容される単純なモノではなく、サビの先にもう一つ「サビの“奥の院”」があるような展開であり、そこが聞かせどころにもなっている。
また、ライブDVDとCDでも歌唱力の秀逸さが光り、パフォーマンスはスタジオ版よりも上回っているようにも思える。持っているアルバム全ての中で一番好きなのは、ライブCD(音源はDVDと同じだが、DVDは別収録と編集している部分がある)に収録されている「Vegas」と「Morningside」と続くところだ。
他に、彼女のライブ映像はyoutubeでも多くを見ることができるが、世界中のチャートで一位獲得を連発したり、グラミー賞に連続ノミネートされたりする、言葉はキライだが、いわゆる“超セレブ”であるにも関わらず、電子ピアノ一つだけを持ってアメリカ各地の小さなホールを巡ってライブ演奏をしているようであるし、映像を見る限り、ライブ会場のほとんどで、ファンに対して陽気に、かつ気さくに語りかけている点も好感が持てる。
●セカンド・アルバムの「Kaleidoscope Heart」●
■来日時のエピソード■
そんなこんなで、同時に大ファンとなった妻と共々に「一度ライブを見たいものだ。」と調べていたある日、「サラ バレリス 来日」と検索ワードを入れてみたところ、2011年5月、既に初来日していた模様であった。しかし、この来日時の様子が、にわかファンのボクに更なる感動を与えてくれたのだ。
2011年と言えば言わずと知れた東北大震災の年である。かの震災では、まさにその直後に来日して予定通りコンサートを開き、チャリティー活動をした、シンディ・ローパーのエピソードが知られているが、サラ・バレリスも震災二ヶ月後「この時期に日本での来日公演があるのは何かの運命。日本の為に何かをしないと、いてもたってもいられなかった。多くの海外アーティストが日本公演をキャンセルしている中、『日本に来ても大丈夫なんだよ』と、みんなに本当の現状を伝えていきたい」と語り、予定通り公演を行っている。
しかし驚くのはこの後の行動だ。何と、公演後、アジア・ツアーの最中であるにも関わらず、一週間の時間を割いて被災地である東北地方を訪れ、大船渡市内でバンドのメンバーやスタッフと共にがれきの撤去作業などのボランティア活動を行っていたのだ。
その様子はyoutubeで今も見られる(http://www.youtube.com/watch?v=5Bz4RRWF7f0)が、自費で東北に向かい、ボランティア要員のために用意されたTシャツを着て現地の避難施設に泊まり込んで復旧・撤去作業にあたっている。その際の、バールを持って家の内装を解体する姿や、泥を浴びながらシャベルで一日あたり7時間以上もドブをさらい、それを一輪車でひたすら運んでいる姿が映像に残っている。そして、東北の現実を世界に知らせるために、この映像を本来はミュージック・ビデオおよびエンターテインメントのウェブサイトである「VEVO (ヴィーヴォ)」を通じて世界に配信しているのだ。
それ以外にもチャリティーアルバム「ダウンロード・トゥ・ドネート:ツナミ・リリーフ」に参加し、「Song For A Soldier」という未発表曲を提供している。また、2011年夏から始まった自身のツアーにおいても、チケット1枚につき1ドルを寄付するなどの活動も行っているそうだ。
ビルボード・チャートのトップに入るほどのミュージシャンでありながら、お金だけではなく、これほどまでに体を使って東北大震災の復興ボランティア活動をした人は、恐らく彼女以外に居ないと思う。
■ニュー・アルバム■
ボクが興味を持った時点で、フル・アルバムの発売は2010年。その後にミニ・アルバムがあったものの、新作の発表が待たれていたが、7月16日(日本版は7月24日)ついに、ニュー・アルバム「Blessed Unrest」が発売されることになった。
これに先行してyoutube内で、シングル・カット曲「Brave」のプロモーション映像が流されている。このBraveの詩は「言いたいことは勇気をもって言おう!(英語の解る妻の訳)」って内容らしく、妻と二人で「今の日本の状況に対する応援歌なのか?」と、勝手に解釈しているが、その真偽は別として、日本の恩人の一人であることは間違いなく、この曲を含めてアルバム発売が成功するように祈っているし、ボク自身もこれからも応援し、聞き続けていきたいと思っている。
個人的な好みがあって、誰もが同じ音楽を好きになれるワケではないが、こと彼女の「歌唱力」に関しては第一級であるから、「ウマい女性ヴォーカルが聞きたい」という人には間違いはなく彼女の歌をお薦めできるので、ボクと同様に知らなかった人に対しては、とりあえず、youtube等で確認することをお薦めする。聞けば多くの人に気に入ってもらえるだろう。
そんな彼女を恥ずかしながら6年間も知らなかった。これは、上述したようにボクが年を食って鈍感になったせいもあるかも知れないし、音楽が流れてくる空間に出向くことがほとんどなくなっていることが原因なのかも知れないが、近頃の邦楽偏重傾向の影響も大きいように思う。特にボランティアの件は以前であれば、もっと大きくとり上げられてもおかしくはない話なのだが…。
「歌詞が理解できない」という、大きな理由はあるが、それを差し引いても世界中にイイ音楽はたくさんあるのに、それらが生活空間に流れ出て、自然と耳に入る機会は確実に減っているように思う。「ケータイと同様に音楽もガラパゴス化しているのでは…。」とオジサンは心配している次第だが、真相はどうなんだろうか?…。