■答え合わせ■
インターネットが普及した今は、自分が沖に出て釣っていた日と同日に、同じ海域に出ていた船や釣り人の釣果をある程度知ることができるから、そこで得た情報と、当日に自分が使った仕掛けや釣法と釣果を振り返って「答え合わせ」ができる。こういったことをボクは釣り終わった後に行い、次の釣行でよりよい釣果を得る手がかりとすることが多い。
こういったホームページの見方をしていると、単なる釣果の多寡による比較ではなく、船長がどういった判断で釣らせていたのかがある程度理解できるし、船長自身の”釣りセンス”的なものも見えてくる。
また、釣果が伸びている船は、当然ながら、現地でも「良いところに船を掛けているな~。」と思うことが多い。(やや「隣の芝生」の感があるのかも知れないが…)
今回乗船した「MAYUMI丸」さんも、そんな船の一つであったが、これまでに何度か予約を入れようと電話を入れていたものの、その度に予約が詰まっていて乗る機会を失していた。しかし、タイミングが合って、今回ようやく乗船にこぎつけた次第である。
■養老港■
MAYUMI丸さんの出港地は丹後半島の中間、船を係留する施設と家屋が一帯になった舟屋という建物が浜に並ぶことで有名な伊根地区に近い養老という港だ。ここから出港し、このブログで何度も紹介している経ヶ岬沖の白石グリをメインに攻めているが、何分、経ヶ岬に近い分だけ航行時間が減るので、船中の暇な時間が省けるのが有難い。
養老港へは、現時点での丹後半島方面への高速道の最終出口である「与謝天橋立インター」ど降りた後、宮津市街を抜け、風光明媚な海岸線を走ること約15分で到着する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/6d/79f5ae69e6f4e96b8c97603ba8994b0d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/e5/bb02b2041825e7296abe65238bfd10f4.jpg)
■白石グリへ■
MAYUMI丸は午前10時に出航し、白石グリへと向かう。近頃、白石グリでは入漁ルールの厳守が求められ、海上保安庁の監視も厳しくなっているそうだ。従って午前11時まではアンカー入れが制限されているため、その時間に合わせての航海では余裕の時間内に到着する。
そして午前11時、白石グリ周辺に集まった釣り船が、一斉にアンカー入れを開始し、ポジション確保を行う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/d3/ab697c4640a551e9bc2e3313ac390a5a.jpg)
開始当初、MAYUMI丸は直下の水深が73mのラインに入って、白石グリの40mラインへと仕掛けを流し込む位置取りをした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/fd/71155718c3107005cd167af821104009.jpg)
■腐れ潮■
期待を込めて第一投のハズだったのだが、初っ端から以後の展開に暗雲が垂れ込める状況になっていた。
そもそも白石グリでは西から東へと流れる潮で食いが立つとされているのだが、ほとんど潮の動きが無く、東よりの風が吹く中、最上層の潮がそれに押されて西へと僅かに流れる程度の潮の動きしかなかったのだ。仕掛けの流れを確認すると、風に押されて少し西へ向かっても、ある程度沈んだ後は船の真下へと沈んでゆくという、最悪の状態だった。
流し初めて以降、ハリに装着したエサが時折取られるものの、海中からは活性のかけらも感じない状態が続く。そして船長さんからは「こんだけの腐れ潮も珍しいの~」という言葉がついに発せられる始末だった。
■直下の攻め■
開始から2時間ほどの間で、船長はアンカーを打ち直して位置の修正を繰り返していたが、好転することはなかった。周囲も同じ状況のようで、気付けばあれほど周囲を取り囲んでいた船影は見事に散り散りになって、ポツポツ程度しか見かけなくなっていた。
ここで船長は40mラインの浅場に移動するという判断を下す。ボクの頭の中では「『魚が住処である浅場からマキエサ釣られて出てこない以上、真上に行って、たまに浮上してくる魚を狙う』という、イメージなのか?」と解釈し、移動中はそのイメージにあった釣法を考えていた。
ボクの考えた攻略法は…
「これだけ弱い潮流の中に通常の仕掛けを落とすと、沈みすぎて根掛かりが多発するだろうから、道糸とハリスの継ぎ目=サルカン部分に発砲ウキを装着して、その大小で沈むタナや落ち込みの速さを調整し、エサ取りの中から本命魚が浮上してくるのを待つ」
という、チヌの落とし込みのようなパターンだった。
手たぐりで強制的に30mをリールから引き出した糸が馴染んだ後は、1分間に1mしか落ちてゆかない”超遅潮”の中で、調整を繰り返す。落とし込む距離は水深分40m+糸フケ分10mとして、そこまでの間で「時折エサが取られる」浮力を導き出すという、努力を続けていた。
何度も繰り返すうち、ようやく道糸が走ってアタリをキャッチする。しかし、小型のマダイであり、引きを楽しむどころではないサイズにガッカリとする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/b9/59d5efe60bd507badc3040d1bb5ff940.jpg)
それでも、「アタリがあったということは、方法には間違いがない。」とし、信じて続けていると、またもやアタリが…。
今度は引きも強く、楽しめる展開にボクの表情も柔らかくなる。何度かリールから糸を引き出す走りをみせるのをいなした後、無事に玉網へと導いたのはメジロだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/af/582f68507efda32e4797f473b5e3e97c.jpg)
■遅れてきたメダイ■
浅場の状況も大したことがないので、付近で移動を繰り返し、あちらこちらに探りを入れてみたが、好転することはなかった。
仕方なく再び浅場に戻ってきたが、この時点での船長判断は「夕方にイサギが来るかも?」というモノに変わっていた。
食えばおいしいイサギだが、やりとりの最中にファイトしない魚はボク的には苦手である。しかし、この状況では仕方がない。潮流の動きの無さは相変わらずだったが、気持ちを切らさずに努力を続ける最中、同船者の竿を大きなアタリが襲った。その引きは強烈なようで、やりとりに時間をかけていたが何とか無事に玉網に収まったのは70cm級のメダイだった。
「5月も半ばなのに、浅場にメダイが居るなんて…。」という、船長の言葉もあったのだが、今冬の大雪の影響なのか、ここ白石グリではマダイの乗っ込み(産卵のため浅場に上がってくることの意味)が遅れ、例年同時期に比べて極端に釣果数が少ないという傾向もあることから、海中の水温上昇が遅れていることは間違いなさそうである。
何はともあれ、釣り味、食味共に「おいしいメダイ」が船の下に居ることが判ったので、こちらも気合いが入る。
そして、しばらくの間を置いて、ボクのリールが唸り音と共に急速逆転する。すかさずクラッチをONにしてアワセを入れると、強烈に竿を絞り込んでいった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/1f/cc108c129e170eeb0c1723cfb5fcbb9b.jpg)
久しぶりの強烈な引きを味わいつつ、やりとりを繰り返す。浮上してきた魚を確認すると、”嬉しい”メダイのようである。そして、無事に玉網へと導いてフィニッシュ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/63/cc267c6f5a03e7a7df005ce30e4e841c.jpg)
このメダイの後は、船長の狙い通りポツリポツリと単発でイサギが来る。そして、その数が3匹になったところで日没のタイムアウトを迎え、「パッとしない」ままに、この日の釣りが終わった。
■船長のスタイル■
年明け以降、京都府下の若狭湾に向けて出船する各乗合船に乗船し続けているが、船長にも個性があって面白いし、勉強にもなる。今回のMAYUMI丸の船長は、キャリア30数年のベテランなので、最新の機器や情報ネットワークではなく、その経験から導き出した戦略の下で、客に攻めてもらうスタイルだった。
MAYUMI丸さんのホームページ内の釣果欄には「フカセでオモリ5号」とか「20号」といった言葉が載っているが、それについて質問をしてみると、潮が速い日には底潮(魚が食う潮)に馴染ませるため、重いオモリを打って強制的に沈めて釣るスタイルを採っているそうだ。その場合、マキエサは船上から撒くのではなく、道糸とハリスの継ぎ目にナイロンカゴを装着して撒くそうだが、そういったスタイルについては、以前からボクは試みてはいたものの、今一モノにできていなかった。勿論、今回のような潮流では無理な話ではあるが、「機会が訪れた日にはそれを学んで帰りたい。」と思った、MAYUMI丸さんでの釣行だった。
インターネットが普及した今は、自分が沖に出て釣っていた日と同日に、同じ海域に出ていた船や釣り人の釣果をある程度知ることができるから、そこで得た情報と、当日に自分が使った仕掛けや釣法と釣果を振り返って「答え合わせ」ができる。こういったことをボクは釣り終わった後に行い、次の釣行でよりよい釣果を得る手がかりとすることが多い。
こういったホームページの見方をしていると、単なる釣果の多寡による比較ではなく、船長がどういった判断で釣らせていたのかがある程度理解できるし、船長自身の”釣りセンス”的なものも見えてくる。
また、釣果が伸びている船は、当然ながら、現地でも「良いところに船を掛けているな~。」と思うことが多い。(やや「隣の芝生」の感があるのかも知れないが…)
今回乗船した「MAYUMI丸」さんも、そんな船の一つであったが、これまでに何度か予約を入れようと電話を入れていたものの、その度に予約が詰まっていて乗る機会を失していた。しかし、タイミングが合って、今回ようやく乗船にこぎつけた次第である。
■養老港■
MAYUMI丸さんの出港地は丹後半島の中間、船を係留する施設と家屋が一帯になった舟屋という建物が浜に並ぶことで有名な伊根地区に近い養老という港だ。ここから出港し、このブログで何度も紹介している経ヶ岬沖の白石グリをメインに攻めているが、何分、経ヶ岬に近い分だけ航行時間が減るので、船中の暇な時間が省けるのが有難い。
養老港へは、現時点での丹後半島方面への高速道の最終出口である「与謝天橋立インター」ど降りた後、宮津市街を抜け、風光明媚な海岸線を走ること約15分で到着する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/6d/79f5ae69e6f4e96b8c97603ba8994b0d.jpg)
●アプローチ道から見える「天橋立」●
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/e5/bb02b2041825e7296abe65238bfd10f4.jpg)
●アプローチ道から見える「冠島」●
■白石グリへ■
MAYUMI丸は午前10時に出航し、白石グリへと向かう。近頃、白石グリでは入漁ルールの厳守が求められ、海上保安庁の監視も厳しくなっているそうだ。従って午前11時まではアンカー入れが制限されているため、その時間に合わせての航海では余裕の時間内に到着する。
そして午前11時、白石グリ周辺に集まった釣り船が、一斉にアンカー入れを開始し、ポジション確保を行う。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/d3/ab697c4640a551e9bc2e3313ac390a5a.jpg)
●付近に集まった釣り船は30隻ほど●
開始当初、MAYUMI丸は直下の水深が73mのラインに入って、白石グリの40mラインへと仕掛けを流し込む位置取りをした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/fd/71155718c3107005cd167af821104009.jpg)
●日没までの道のりが始まった。●
■腐れ潮■
期待を込めて第一投のハズだったのだが、初っ端から以後の展開に暗雲が垂れ込める状況になっていた。
そもそも白石グリでは西から東へと流れる潮で食いが立つとされているのだが、ほとんど潮の動きが無く、東よりの風が吹く中、最上層の潮がそれに押されて西へと僅かに流れる程度の潮の動きしかなかったのだ。仕掛けの流れを確認すると、風に押されて少し西へ向かっても、ある程度沈んだ後は船の真下へと沈んでゆくという、最悪の状態だった。
流し初めて以降、ハリに装着したエサが時折取られるものの、海中からは活性のかけらも感じない状態が続く。そして船長さんからは「こんだけの腐れ潮も珍しいの~」という言葉がついに発せられる始末だった。
■直下の攻め■
開始から2時間ほどの間で、船長はアンカーを打ち直して位置の修正を繰り返していたが、好転することはなかった。周囲も同じ状況のようで、気付けばあれほど周囲を取り囲んでいた船影は見事に散り散りになって、ポツポツ程度しか見かけなくなっていた。
ここで船長は40mラインの浅場に移動するという判断を下す。ボクの頭の中では「『魚が住処である浅場からマキエサ釣られて出てこない以上、真上に行って、たまに浮上してくる魚を狙う』という、イメージなのか?」と解釈し、移動中はそのイメージにあった釣法を考えていた。
ボクの考えた攻略法は…
「これだけ弱い潮流の中に通常の仕掛けを落とすと、沈みすぎて根掛かりが多発するだろうから、道糸とハリスの継ぎ目=サルカン部分に発砲ウキを装着して、その大小で沈むタナや落ち込みの速さを調整し、エサ取りの中から本命魚が浮上してくるのを待つ」
という、チヌの落とし込みのようなパターンだった。
手たぐりで強制的に30mをリールから引き出した糸が馴染んだ後は、1分間に1mしか落ちてゆかない”超遅潮”の中で、調整を繰り返す。落とし込む距離は水深分40m+糸フケ分10mとして、そこまでの間で「時折エサが取られる」浮力を導き出すという、努力を続けていた。
何度も繰り返すうち、ようやく道糸が走ってアタリをキャッチする。しかし、小型のマダイであり、引きを楽しむどころではないサイズにガッカリとする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/b9/59d5efe60bd507badc3040d1bb5ff940.jpg)
●35cmのマダイ●
それでも、「アタリがあったということは、方法には間違いがない。」とし、信じて続けていると、またもやアタリが…。
今度は引きも強く、楽しめる展開にボクの表情も柔らかくなる。何度かリールから糸を引き出す走りをみせるのをいなした後、無事に玉網へと導いたのはメジロだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/af/582f68507efda32e4797f473b5e3e97c.jpg)
●70cmほどのメジロ●
■遅れてきたメダイ■
浅場の状況も大したことがないので、付近で移動を繰り返し、あちらこちらに探りを入れてみたが、好転することはなかった。
仕方なく再び浅場に戻ってきたが、この時点での船長判断は「夕方にイサギが来るかも?」というモノに変わっていた。
食えばおいしいイサギだが、やりとりの最中にファイトしない魚はボク的には苦手である。しかし、この状況では仕方がない。潮流の動きの無さは相変わらずだったが、気持ちを切らさずに努力を続ける最中、同船者の竿を大きなアタリが襲った。その引きは強烈なようで、やりとりに時間をかけていたが何とか無事に玉網に収まったのは70cm級のメダイだった。
「5月も半ばなのに、浅場にメダイが居るなんて…。」という、船長の言葉もあったのだが、今冬の大雪の影響なのか、ここ白石グリではマダイの乗っ込み(産卵のため浅場に上がってくることの意味)が遅れ、例年同時期に比べて極端に釣果数が少ないという傾向もあることから、海中の水温上昇が遅れていることは間違いなさそうである。
何はともあれ、釣り味、食味共に「おいしいメダイ」が船の下に居ることが判ったので、こちらも気合いが入る。
そして、しばらくの間を置いて、ボクのリールが唸り音と共に急速逆転する。すかさずクラッチをONにしてアワセを入れると、強烈に竿を絞り込んでいった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/1f/cc108c129e170eeb0c1723cfb5fcbb9b.jpg)
●只今、やりとりの真っ最中●
久しぶりの強烈な引きを味わいつつ、やりとりを繰り返す。浮上してきた魚を確認すると、”嬉しい”メダイのようである。そして、無事に玉網へと導いてフィニッシュ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/63/cc267c6f5a03e7a7df005ce30e4e841c.jpg)
●72cmのメダイ●
このメダイの後は、船長の狙い通りポツリポツリと単発でイサギが来る。そして、その数が3匹になったところで日没のタイムアウトを迎え、「パッとしない」ままに、この日の釣りが終わった。
■船長のスタイル■
年明け以降、京都府下の若狭湾に向けて出船する各乗合船に乗船し続けているが、船長にも個性があって面白いし、勉強にもなる。今回のMAYUMI丸の船長は、キャリア30数年のベテランなので、最新の機器や情報ネットワークではなく、その経験から導き出した戦略の下で、客に攻めてもらうスタイルだった。
MAYUMI丸さんのホームページ内の釣果欄には「フカセでオモリ5号」とか「20号」といった言葉が載っているが、それについて質問をしてみると、潮が速い日には底潮(魚が食う潮)に馴染ませるため、重いオモリを打って強制的に沈めて釣るスタイルを採っているそうだ。その場合、マキエサは船上から撒くのではなく、道糸とハリスの継ぎ目にナイロンカゴを装着して撒くそうだが、そういったスタイルについては、以前からボクは試みてはいたものの、今一モノにできていなかった。勿論、今回のような潮流では無理な話ではあるが、「機会が訪れた日にはそれを学んで帰りたい。」と思った、MAYUMI丸さんでの釣行だった。