中島ブラザーズ ”弟”の「外で遊ぼう!」

近頃は日本海で、ヒラマサを追ってばかり。よって磯釣りや渓流釣りは休止状態ですが…。

カーオーディオの話

2010-12-25 12:30:20 | その他
■ナビの刷新■

 車の買い換えと同時に、旧車に取り付けていたナビを売り、最新型のナビを導入したのだが、このナビはいわゆるオーディオ付きメモリー・ナビというタイプだった。
 最新型のオーディオ付きというから「音」に期待をしたのだが、どうもボクにはしっくり来ない。まぁ、音に関しての意見は個人差がかなりあり、好みもあるのだろうけど、ボクが好きなタイプは情報量があって、粒だちのハッキリした中高音と引き締まった低音だ。但し、こんな音をカー・オーディオに求めるのは少し酷な話であることは重々承知なのだが…。


■カーオーディオの世界■

 その昔、ピュアオーディオの世界を囓っていた「オーディオ小僧」の頃は、スピーカー・エンクロージャー(箱のこと)の自作を楽しんでいたこともあったのだが、その時の経験で、例えば「低音のキッチリ鳴らそうと思えば、スピーカー・ユニット(スピーカーの振動部本体のこと)の、能率などの特性を公式に当てはめて計算した容量を導き出し、それに合わせたエンクロージャーを作らなくてはならない。」ということは理解している。だから、搭載する車種が違えば、スピーカーを埋め込む先のドアなどの容量やパネルの材質がそれぞれ違ってくるカーオーディオの世界では、同じスピーカー・ユニットでも鳴り方はそれぞれ別状態になるのだ。したがって、そのスピーカー・ユニットを開発する際に目指した音が出ることはほとんど無いということになる。結局のところ、それぞれがイイ音だと自負していても、それは自己満足の世界になってしまう。まぁ、本人が気に入っていれば、それでもイイのだけれど…。
 加えて、車に進入してくるノイズに加えて車室内の環境も個人で違うから、イイ音を得ようとしても障害がかなり多いので、カーオーディオの世界では究極は不可能の中で、最良を目指すしかないのが実情だ。で、あるからこそボクの場合、モノ選びに関しては慎重になる。


■一体機と専用機■

 近頃はカー・ナビを搭載する車が増えている。従ってスペースの限られる車室内へナビとオーディオを同時に取り付けるのは困難なので、当然オーディオ&ナビの一体機が主流になっているのだが、これはやはり妥協の産物に近く、最上段で述べたようにボクの好きな情報量溢れる音になってはいないように思う。
 新しくエクストレイルがやって来た時点で、スピーカーを好みのモノに入れ替え、ドアの制振(デッドニング)を済ませた時点で、新たに購入した一体機の音とそれまでに使っていたカーオーディオのヘッドユニット=専用機の音を同じCDを使って交互に聞き比べてみると、メーカーの音作りの方向性を越えた違いが明らかになった。
 一体機の方は最高域と最低域の手前にピークを付けたいわゆる「ドン・シャリ」系統にやや近く、反対に専用機の方は帯域のピーク感が少ない素直で質感の高い、ボク好みの音が出ていた。ただし、コレはボクの耳での判断だし、人それぞれに好みもあるうえ、同じ条件で2台を聞き比べしない限り違いが明確には解らないだろうから、フツーの場合であれば一体機の方を購入しても全く問題ないレベルであることは間違いないところなのだが…。
 しかしながら、試聴に持ち出したヘッドユニットはもう使用5年目を迎えており、今後のことを思って、最新型のカタログを物色し始めたのだが、そこで新たな事実を知ってしまった。


■カーオーディオの現状■

 パイオニアやアルパイン、そしてケンウッド等の主要メーカーのカタログを取り寄せ、中を見るとビックリする。アイテム数が極端に減っているのだ。中でも健闘しているのはパイオニアだが、それでもNEWモデルは少数の低価格帯が中心だ。各メーカーのカタログに載っている極僅かな高級モデルは継続販売モデルであるし、ケンウッドに関しては高級品はもう既にカタログからは消えている。
 他業界でも同様だと思うが、商品が売れて勢いがある場合には各メーカーが競合他社に勝つために、採算を度外視した「戦略モデル」というモノがあって、それは主に中間価格帯の、一般的に手を出し易い価格帯に投入されることが多い。例えば、地デジ化とエコポイント獲得で盛況だったデジタルTV界を見れば明らかだ。しかし、カーオーディオ界には定価が8万円以上する高額機がポツンと少数あって、それ以外は、ほとんどが2万円以下の低額機の展開だ。だからボクのような「持ち金は少ないけれど、凝りたい人間」にとっては、ほとんど選択の余地が残っていない。
 仕方なくボクは、オークションで売りさばくことを考えていた旧車に搭載していたヘッドユニットを急遽エクストレイルに移植することを決意し、CDのみだがヘッドユニットからアンプへダイレクトに信号を送り込むように設定し、カーナビの中にあるTV、FM&AM、DVD、そしてメモリー系のオーディオといったソースはヘッドユニットのAUX端子を介して信号を送り込むかたちに配線をすることにした。幸いエクストレイルのコンソールはDIN規格2段分に加えてもう1段、更にパネルを交換すれば更にもう1段のスペースがあるので取付場所には困らなかった。

                    
                        ●試行錯誤の結果、この構成に落ち着いた●


■メモリーオーディオ■

 話は元に戻るが、今回購入したナビにはメモリーオーディオと呼ばれる、圧縮技術を使ってSDカードに録音できる機能が搭載されている。ボクの場合、この手の圧縮度の高い音はどうも好きはなれない。例えばウチの息子を含めて今誰もが持っている小型の音楽プレイヤーなんぞで、自分が思うところのイイ音に出くわしたことがないのだ。以前にも書いたが、ドラムのシンバルのように倍音の多い音が変に聞こえるからだ。このナビに搭載されているメモリーオーディオも同様で、情報量が減っているような感があり、聞きたい音ではない。ただし、何曲も入ってしまうという便利さと引き替えだと思えば納得できるレベルであり、対決姿勢で聞かないと解らないレベルまで技術的には向上しているので、フツーに聞く分には全く問題はないのだが…。


■サブ・ウーハー■

 ロードノイズが進入する車内では、ノイズと低音が干渉して思ったように低音が出てくれないことがある。その対策にはトーンコントロールやイコライザーを使ってブーストしてやる方法もあるのだが、ピュア・オーディオでのクセがあってブーストさせるのは好きではない。だから、低音部の増強には昔からサブ・ウーハーの導入で解決している。旧車から引き継いだ三菱製(懐かしのダイヤトーン)のシート下には入らない、やや大きめのサイズのモノだが、とりあえず導入してみた。このモデルは共鳴管理論を使ったスロートを通した低音を出すタイプなので、解像度はイマイチ。但し、低音の量感は充分という印象だった。
 コレをエクストレイルのトランクに設置して試聴を繰り返したが、位相スイッチを正相にしても逆相にしても、やや遅れて聞こえるようになってしまった。そのままではキモチワルイので、ここはシート下に入るモノの中から候補を絞り、結局ダイナクエスト製のサブウーハーを導入することになった。
 ダイナクエストはオートバックスのオリジナルブランドだが、定評のあるμ DiMENSiON社製の「GLOW8100SW」のOEM化商品だから、信頼性は高い。(しかも本家より価格が安い)
 シート下の取付自体は、とあるホームページ内の写真で可能であることは知っていた。その写真を見ると助手席への取付だったが、ボクの車の場合は既に外部パワーアンプが入れてあるので、運転席側に取り付けることになった。
 運転席にはシートリフターがあるので、助手席下よりややスペースが狭くて位置決めにやや手間取ったものの、ホームセンターで購入したU字ボルトとステーを使って取付自体はスムーズに完了した。

                    
                               ●こんな感じで取付完了●

 クロスオーバーを80Hzにとって調整を繰り返していると、正相の方が解像感が上がり、逆相の方が量感が出るといった感じになるので、ここは迷わず正相にすることにした。それよりも面白いのが、運転席側に取り付けたことにより、思わぬ副産物が現れたことだ。
 このサブウーハーは小型の割には結構鳴ってくれるので、その振動が座席に伝わり、昔懐かしいボディソニック(パイオニアから発売されていた低音感を味わうために、振動を体に伝える器機)の効果が現れたのだ。ピュアオーディオの世界ではスピーカー以外の周りを共振させてはいけないのだが、やや何でも有りの感のあるカーオーディオの世界なので、オモシロがって味わうことにしている。


■ここ数年で消え去ったモノ■

 今回、カーオーディオの世界を久しぶりに覗き込んでみたが、この世界でも需要が減り、生産量&機種が減って低価格帯に偏るという、デフレスパイラルのような状況が続いているようだ。見渡してみるとSONYやパナソニックなどは、とうの昔に撤退しているから、現在生産しているメーカーでも、単体のカーオーディオ需要を、もう既に「風前の灯火」と捉えているのかも知れない。
 振り返ればピュアオーディオ世界ではもっと早くに、そんな流れになっていて、高解像度&高性能を誇るDSシリーズが好評だった国産スピーカーのダイヤトーン(三菱)は大昔に姿を消しているし、他メーカーでも規模はドンドン縮小している。そんな流れをみていると、「音を聞く」ということに関しては、もう本気で「イイ音」を聞こうとする、あるいは見付けようとする心が現代に生きる多くの日本人達には無くなりつつあるのだろうと思ってしまう。
 しかも、より良いモノを求めず、「そこそこのモノで良い」といった風潮は、エレクトロニクスの世界の話だけではない。食の世界なども「そこそこのモノ」に押されっぱなしだ。

 このまま我々日本人がモノに対する「こだわり」を捨て、元々持っている「感覚」の修練を怠っていけば、「Made in Japan」の魅力は下がり続けてゆくように思えてならない。資源の少ない日本は、より良い製品を輸出し続けないと食ってはいけないことは小学生でも知っている。かの事業仕分けの初期にあった「1番でなきゃダメなんですか?」の論議と同じように、頂点を目指すから良いモノが出来上がるのではないのだろうか?。
 このまま我々日本人の鈍感化が進んで「微に入り細をうがつ心」を忘れてしまえば、自らの首を絞めることになると思えてならないのだ。低価格帯の中で及第点の性能しかないモノで勝負を続けてゆくと、やがては人件費の安い国にシェアを奪われてしまうのは当然の流れなのだ。と、「気に入ったモデルが手に入らないカーオーディオ」に対するもどかしさを前にして思い巡らせるのであった。
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善と正義

2010-12-18 12:30:46 | その他
■答えの出なかったテーマ■

 ボクには、「若気の至り」ともいうべきか、青少年期のある頃に人間の善意と偽善の違いについて思い巡らせる時期があった。
 その頃は「本当の善は本能から自然発生するもの」であって、それ以外の、善意を示す側が善を行おうと意識した瞬間に「見返りを期待する心」や「その人や周りに良く思われたい心」がどこかに潜んでいるのものと考え、「それら意識的なものは全部偽善なのだ。」と解釈しようとしていた。
 しかし、やがてはそんなボクも、良き友人達と出会いながら大人になり、良き妻と結婚ができて人生経験を積むにつれて自然とこなれてきたのか、意識することは少なくなったが、ふと読んだある本の中に「これだったのか?!」と膝を打つ部分があった。それは以前にもこのブログで紹介した司馬遼太郎著「二十一世紀に生きる君たちへ」だった。

 この本の中で司馬遼太郎氏はこう著している。

「いたわり」
「他人の痛みを感じること」
「やさしさ」
 みな似たような言葉である。
 この三つの言葉は、もともと一つの根から出ているのである。
 根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練をしてそれを身につけねばならないのである。
 その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、その都度自分中でつくりあげていきさえすればいい。

 この一節は、忘れかけていた青少年時代の疑問への答えが出た瞬間であり、「目からウロコが落ちた」瞬間でもあった。「善意や思いやりは意識して鍛え、培ってゆくものだったのだ!」と…。

■バットマン■

 そして、今年に入ってしばらく経った頃、ある映画を見た。それは以前から話題になった映画であるから見た人も多いと思うが、新生バットマン・シリーズとして各方面からの評価の高い、「バットマン・ビギンズ」と「ダークナイト」であった。
 映画の内容は見て貰うとして細かくは書かないが、この新生になったシリーズは従来通りのハードボイルド的なアクション中心のシリーズとは違い、心の葛藤といった、よりシリアスな内容がメインになっている。そのテーマとは「正義とは何か?」「人間は本当の正義や善を持ち得ているのか?」だ。(と、ボクは思っている。)ボク個人としては更に「生善説に対する生悪説の挑戦」とまで昇華させてしまったが、視点を国家単位に置き換えれば、アメリカという国が抱えている「行き詰まるイラクやアフガニスタン情勢」が写ってくるだろう。
 「バットマン・ビギンズ」の方は、バットマン生誕への経緯を絡めながらも、まだ以前のシリーズからの雰囲気を継承しているが、ラストは次作への布石となっている。だが、このシリーズのメインは「ダークナイト」の方にあるとボクは思うから、もしも興味が湧いたのなら、必ず2作続けて見て欲しい。
 特に「ダークナイト」ではジョーカー役の「故、ヒース・レジャー」の怪演による、人間に内包された悪をえぐり出してゆく様と、バットマンとその仲間達が正義を貫くあまりに、それがより強大な悪を生み出してしまうという、ジレンマとの闘いが見物だ。

 この映画を見た後にボクは「正義の確立は困難を極め、その定義すら難しい」と、再確認したが、上述の「善」の話と合わせて、ボクのような目で見る人がそう多く居るとは思わないし、第一に善や正義を語るほど人間が出来ているワケでもないので、この感想は他人への参考意見にならないかも知れない。しかし、以前に紹介したように「二十一世紀に生きる君たちへ」は子供に読ませたい本の中で、そして「ダークナイト」は今までボクが見た映画の中で5本の指に入ることは間違いのないところなので、そんなことは抜きにして沢山の人達に読み、あるいは見て欲しい作品だということだけは確かなのだ。

 新生バットマン・シリーズは全部で4部作になっているらしく、続編の撮影は始まっているようだ。今から既に待ち遠しい毎日を送っているのである。



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親子でハイキング

2010-12-11 12:30:07 | アウトドア・スポーツ
■紅葉谷へ■

 昨年の同時期に訪れた裏六甲にある「紅葉谷」へ、家族揃って出掛けることになった。
 紅葉谷とは、有馬温泉にある、ロープウェイの山麓駅近くから六甲山頂へ向かって沢沿いを登るハイキングコースだ。

                 
                           ●麓は紅葉の最中だった●

 寄り道をしなければ、六甲山頂付近へは2時間ほどで着いてしまうが、どうしても見所である滝への道へ行きたくなるので、それを加えると、3時間近くになってしまう。勿論、我ら家族は滝も見るコースをたどることにした。

                 
                       ●コース途中からは冬枯れの様相に近い●


■年齢差を感じる瞬間■

 親の感覚としては、ついこの間までは肩車をして歩いていたような感覚でいたのだが、息子も早、中学生になっている。息子が少し頼もしくなったのか、それともコチラが衰えただけなのかは解らないが、毎日の通学路で鍛えられた足は、もはや親のレベルを追い越して息を切らすボクを尻目にスタスタと歩いている。そしてボクとは違って細めの妻も足の負担が軽いのか、息子と共にボクとの差を広げながら歩いてゆく。
 「待ってくれ」とは意地でも言いたくはないので、コチラも頑張るしかない。そうこうしている間に、百間滝(ひゃっけんたき)と似位滝(にいのたき)への降り口の分岐を左折して降りて行く。


■水量が少なかったが…■

 滝への道でも特に面白いスポットは百間、似位の両滝自体もさることながら、百間滝の落ち込み口=正にここから滝が始まる位置の真上に立てることだ。それを是非女房子供に見せてやろうと意気込んでいたのだが、今年は水が少なくて期待はずれに終わってしまう。

                          
                     ●昨年は、これだけの水量があったのだが…●

 しかし、「裏六甲にこんなモノがあったのか」と、滝本体には感動してもらえたようだ。


                                ●百間滝●

  
                                ●似位滝●

■ロープウェイ乗り場へ■

 滝に降りたコースを逆に上り、本線へ戻ると、再び紅葉谷を歩き始める。このコースは最期の区間が一番急なので、疲れがピークに達するが、軽量組の二人はスイスイと昇って行く。対する重量級のボクはへばり気味になる。

                 
                             ●笑顔が出ない…●

 ジグザグのスイッチバック調に登る区間を過ぎればそこがコースの終点になる。そこから先は車道を歩いてロープウェイ乗り場へと向かう。何しろ出発が2時過ぎだったので、このままハイキングコースを引き返すと途中で暗闇に迷い込んでしまう恐れがあるから、帰りはロープウェイに乗って、上空から夕日と紅葉を同時に楽しむ算段だったのだが…。

                 
                            ●ロープウエィ乗り場●

 残り少なくなった紅葉と山頂観光をする人で乗り場はごった返し、40分待ちの状況だった。そして、やっとの思いで乗り込んだ頃にはあたりは真っ暗で何も見えず、高い料金に見合うだけの「観光」は出来ずに麓まで降りるハメになった。

                          
                               ●乗り場の様子●


■老後の楽しみ■

 今回は突然の空き時間を使った企画で、親子でのハイキングを試みたのだが、思いのほか喜んでいたのは妻であった。昨今は中高年の間でハイキングが流行っているというが、何年か後、あるいは来年あたりには夫婦でハイキングを楽しむようになっているのだろうか?。そんなことを思いつくあたりは、何だかフツーのオジサンになってしまった感があるが、「コレはコレで喜ぶべきことなのだ」と、解釈しておこう。
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空白の10年 ~その2

2010-12-04 12:30:00 | その他
■良いところばかりではない■

 前回の記事では進化した結果の良い面ばかりを書いてきたが、当然ながら悪い面も結構ある。それは、この10年間、あるいはそれ以上の間を苦しんできた自動車メーカーの、苦悩の裏返しでもあるように思う。


■共用部品の多さ■

 実は、この車以前に乗っていたエルグランドが壊れたのが、今年のお盆の直前で、その後にエクストレイルの商談が成立した後は、ディーラーの好意で約3週間にわたる間、旧型のセレナに代車として乗っていた。そしてそのセレナと付き合っている間に様々なことが見えてきた。
 まず目に入ったのがステアリングだ。そう、エクストレイルと全く同じモノが装着されているのだ。

                  
                  ●セレナ他、ラフェスタ、ティーダ等々みーんな一緒とは…●

 次にフォグランプ。これまたセレナの他、ラフェスタ、ティーダ等々何台もの車種で統一されたモノが装着されるのだが、コレが結構高くて3万数千円もする。
 都市部で走る分には必要度も低く、逆に嬉しがって点灯させては対向車に迷惑を掛けるだけが、ボクのように道中で山越えをし、途中で霧、降雪に遭遇することの多い趣味をする者にとっては必需品である。さりとて財布の負担は軽い方がイイに決まっている。そこで一考したのがオークションでの中古品の購入だ。共有する車が多いことを逆手にとって不人気車用で検索すると、レンズに濁りや大きなキズが無いモノが僅か6000円で手に入れることが出来たのだ。幸い日本車にはフォグランプが装着されていてもいなくても配線自体はあらかじめされており、フォグランプ本体をネジ1本で止めた後はカップラーを繋ぐだけで配線が終了する。後は、ディ-ラーで購入したステアリングコラムにあるスイッチ(約7000円)を差し替えるだけで全ての作業が終わる。その結果、何と合計13000円で装着完了と相成ったのである。

                  
                        ●バルブはイエローに交換している●

 共用部品が多いということを逆手にとってみると、有利になるところが他にもある。日産車の場合、多くの車種でホイールのオフセット(インセット)値、PCD値、センターハブ径までもが共通化されているので、オークションの中古ホイール市場は選び放題の状態になっているのだ。
 特に近年はアルミ・ホイールが標準装備化されているから、自分の気に入ったホイールに買い換えるためにオークション市場に出品する純正アルミ・ホイールの数が増えていおり、相場も低い。ボクにはスタッドレスタイヤは必需品なので、それ用を購入したが、ディーラーでは新品だと1本3~4万円、4本合計12~16万円もする中、中古とは言え、キズが少ない3年使用のセレナ用純正アルミホイールが何と4本12000円で手に入ったのだ。


■部品どころか…■

 共用しているのは部品だけではない。言わば後付けになる部品であれば、致し方ない部分もあるのだが、この車はエンジンやシャシーといった中枢部までもを多くの車種と共用しているのだ。

 ボクの所有している20Xというグレードのエンジンは型式がMRで始まるシリーズ中の、MR20DEというモデルが搭載されている。(2.5Lは設計の古いQRシリーズ)
 同じMRシリーズにはショートストローク版で1800ccのMR18DEや1600ccターボエンジン、最新型セレナ用の直噴タイプなども存在するが、同じエンジンブロックを使用したモノなので、現在の日産ガソリン4気筒中排気量クラス・エンジンは、ほとんどがこのシリーズを採用している状態なのだ。
 MR20DEエンジンは、重量が1.7近い旧セレナの4WDと、何故かそんなに重くないハズのラフェスタの4WDでは最高出力を落としてトルクカーブを更に低速寄りに変更しているが、それ以外の車種では同スペックであり、特別なチューンはされていないようだ。だから、セダンであってもミニバンであっても、クロカンに近い4駆であっても、同じ味付けのエンジン・フィールを味わうことになる。
 エンジンのフィーリング自体は、自然吸気のガソリンエンジンとしては低速トルクが太く、踏み込んだ際のレスポンスはそう悪くはないので、及第点を与えられるモノだとは思うが、早く言ってしまえば「実用エンジン」といった感じは拭えず、何も感動は起こらない。とは言っても実用が売りの車に乗っているのだから、そう文句は付けられないのだが…。

 続いてシャーシ。よく似たタイプで、やや小型に見える「デュアリス」とも共通の「Cプラットフォーム」というシャーシを使っている。共有化自体は納得出来るが、驚くことにセダンタイプの「セントラ(輸出仕様サニーの発展型)」、ミニバンの「セレナ」や、ルノー製ハッチバックタイプの「メガーヌ」など、ザッと調べただけでも日産&ルノーの13もの車種と共有しているのだ。
 エクストレイルは純然たるクロスカントリー車ではないが、それでもある程度のオフロードユースは想定しているハズだ。だから、セダンやハッチバック、そしてミニバンともシャシーを共用していることを知れば少々不安がないでもないが、フツーに乗った状態では「剛性感が低い」といった印象はない。だからボクの取り越し苦労なのかも知れないが、「本当にダイジョーブなのか?」と、つい思ってしまう。
 車高やボディタイプの違う車とシャーシを共用している実感はエンジンフードを上げた際に、嵩上げされたフェンダーとマイナーチェンジ後は更に大型化したバンパーに囲まれた隙間だらけのエンジンルームを目にすると感じてしまう。そして、それを見る度に賛否両論の別れる「前がかりで押しの強いデザイン」ではなくて「もう少しスッキリしたフロント・デザインが可能だったのでは…。」とボクは思ってしまう。(しかし、それもこの車の個性なのかな?)

                  
                     ●マイナーチェンジ後、更に大型化したバンパー●
                  
                    ●バンパー裏はスカスカで、25cmほどの空きが…●

                  
                   ●フレームの基本ラインから、嵩上げしているフェンダー●


■合理化がもたらしたもの■

 結局、販売不振にあえいでいた日産が、ルノーの傘下に入ったあたりから進めてきた合理化がもたらした結果であろう、「あらゆる面での共有化」は、単体では目立たなくても、調べるにつれドンドン明らかになってくるので、ただただ唖然とするばかりだ。そして、それが明らかになればなるほど、その昔に感じていた車に対する「夢や希望」が薄らいで行くことに気付く。
 ボクたち世代が若かりし頃にもある程度の共有化や兄弟車はあるにはあったが、ここまで広範囲にわたり徹底したものではなかった。また、同じ車種内であっても、同一のエンジンブロックを使用しながら、スポーティなグレードであれば高回転型に、実用タイプであれば低回転時のトルクが上がった仕様が存在していた。だから車種やグレードごとの味わいはそれぞれに、もう少し差があったように思う。
 今、若者の自動車離れが言われているが、こういったかなり広範囲な共有化の流れはそれを加速させることはあっても止める方向には作用しないだろう。
 とは言え、このエクストレイルは世界戦略車であり、ヨーロッパでは450万円程度という高価で販売されているにもかかわらず、大変な人気のある車であるそうだ。そしてその地では若年層の憧れの車でもあるという。その他、日産のデュアリス、スバルのフォレスター、ホンダのCR-V、トヨタのRAV4といった日本製の中~小型SUV勢は世界各国で大好評だというが、そんな車達に200万円台前半で乗れるということは共有化の賜物であり、更には日本に住む者の特権だ。そしてそれは大変な幸せなことだと思う。
 個人的な感想を言えば、押しの強いデザインは好きになれない部分もあるが、こと「釣り場に行く」、「スキーに行く」、「キャンプに行く」といったボクが遊びで使う際に大変役立つ機能機能を有り余るほど備えていながら、燃費が良くてフトコロにも優しい。だから、道具としての車と考えればハイレベルな選択であった思う。そして、次の車に乗り換えまでの間、頼りになる相棒で居てくれることは確かだ。

 この先、共有化が更に進んだ先の車はどのような変化を遂げているのだろうか?。「それを見届けていこう」と思ってはみたが、それ以前に70歳過ぎまで運転するとして、5年に一度乗り換えるとすれば、この後の人生で出逢う車が4~5台程度になっている現実を知って少々ヘコんでしまうボクであった…。
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