中島ブラザーズ ”弟”の「外で遊ぼう!」

近頃は日本海で、ヒラマサを追ってばかり。よって磯釣りや渓流釣りは休止状態ですが…。

北の国へ その1

2010-07-31 12:30:45 | 旅行
■「北の国から」■

 ショーケン(萩原健一さん)のファンだった姉の影響で、当時小学校高学年のボクは、時折眠い目を擦りながら「前略おふくろ様」という、TVドラマを時折見ていた。今振り返るとそれが倉本聰氏が脚本したドラマとの初めての出会いだった。そして、その後に岩城滉一さんのファンに転身?した姉の影響で見始めたのがドラマ「北の国から」で、以来、気付けば多くの皆さんと同じように、シリーズの関連作が全て終わる2002年まで、全ての放送をリアルタイムで見続ける大ファンになっていた。

 ドラマの中で描き続けている「家族愛」や「自然への敬意」、「『古き良きもの』を失っていく日本」と「つつましく生きることを忘れる日本人」への警鐘や「『お金や物ではない』本当の豊かさとは何か」といったテーマは、今でもボクの心の琴線に触れ続けている。そして、その世界はバーチャルな物だとは知りつつも、「いつかは富良野へ」との思いは募り続けていたのである。
 我が妻もドラマの大ファンなので、富良野行きには当初から大賛成だった。「残るは息子」だけだったが、彼の好きなドラマの中に、これまた倉本聰氏の作品で、同じ富良野が舞台の「風のガーデン」があり、素養は充分。そこで所有しているDVDを彼に見せ、「北の国から」の、にわかファンに仕立てた後、家族揃っての北海道、富良野~旭川旅行と相成ったわけである。

 富良野市周辺には倉本聰氏の「富良野3部作」と言われている「北の国から」「優しい時間」「風のガーデン」の、ロケ地の多くが保存されており、それぞれ観光名所になっている。それら施設を巡っていると、ドラマで見た印象深いシーンが蘇ってくる。
 まず今回は「北の国から」から。

■布部駅■

 ドラマは、黒板五郎(田中邦衛さん)とその息子=純(吉岡秀隆さん)、娘=蛍(中嶋朋子さん)の3人がこの駅に降り立つところからはスタートする。

                  
                     ●綺麗に改装され、今では無人駅になっている●

 この駅を使ったシーンの中で一番印象深いのは、北海道に馴染めず、東京に帰ろうとした純と、その付き添いの雪子おばさん(竹下景子さん)を見送りに来た清吉オジサン(大滝秀治さん)が発した言葉だ。

~駅に到着した時間が早すぎて、近くの食堂へ行き、3人でお茶を飲むことになる。そして、その昔、ひどい冷害で4軒一緒に離農する家族を、同じくこの駅に見送りに来たことを回想し、その時に発した心中の「つぶやき」を純に教えてくれる。~

~中略
「そん時わし、心ん中で、正直何考えてたか言おうか。」 
「おまえら、いいか、負けて逃げるんだぞ。」
「20何年一緒に働き、おまえらの苦しみも、悲しみも、悔しさも、わしゃ一切知ってるつもりだ。」
「だから他人にとやかくは言わせん。他人に偉そうな批判はさせん。」
「しかし、わしには、言う権利がある。」
「おまえら、負けて逃げるんじゃ。」
「わしらを裏切って逃げ出していくんじゃ。そのことだけは、よ~~く、覚えとけ。」

 ドラマの中では、この言葉を聞いた純は乗り込んだ車中で富良野に残る覚悟を決め、引き返すのであるが、ボク自身も様々な挫折があった自分の人生を振り返ると、この言葉は単なるセリフとして受け止めることは出来ない。


■最初の家■

 家族は廃屋となっていた五郎の育った家に着き、そこで生活を始める。

                  
              ●DVDで確認すると、背景が違う。調べてみると、再建されているようだ。●

 この家を「とりあえず人が住めるように」と改装中、純が疑問に思ったことを五郎に尋ねる。

 純「父さん、水道の蛇口がどこにもないんです。」
 五郎「水道そのものがないんですよ。」
 純「えェ~?。」
 五郎「ここから山を通って1キロ先に沢があります。」
   「今日からそこが家の“水道”です。蛍と水汲んできてください。」

 ~中略~電気が来ていないことに気付いて

 純「電気が無い~?、電気が無かったら暮らせませんよ~!。」
 五郎「そんなことはないですよ。」
 純「夜になったらどうするの?。」
 五郎「夜になったら寝るんです。」

■八幡丘■


                       ●八幡丘にある、現フェニックス牧場辺りの丘●

 八幡丘という場所には草太お兄ちゃん(岩城滉一さん)が経営していた共同牧場=実在するフェニックス牧場があるが、この丘に向かう途中で猛吹雪に遭って車がスタックし、遭難しかけた雪子おばさんと純を道産子馬を使って杵次じいさん(大友柳太朗さん)が救い出すシーンが印象深い。
 そしてその後、飼い馬料(エサ)の負担が厳しく、飼いきれなくなった道産子馬を手放した後の杵次じいさんのセリフは、古き良きもの、過去の功労者達の苦労を忘れてしまったボクたちの胸に突き刺さる。

「18年間、オラと一緒に、それこそ苦労さして用がなくなって。」
「オラにいわせりゃ女房みたいなアイツ。」
~中略~
「アイツだけがオラと苦労を共にした。」
「アイツがオラに、何言いたかったか。」
「信じてたオラに、何言いたかったか。」


■丸太小屋■

                  
                     ●ドラマでは焼失したが、現物は保存されている●

 連続ドラマの最終話で完成した丸太小屋だが、その後のスペシャル・ドラマでは焼失する。
 その焼失の原因を正直に話さずにいた純だったが、それまでついてきた嘘をすべて五郎に話すシーンが印象深く、あまりに有名すぎてパロディにまでなって紹介されることもある。

 場所はいわゆる「めし屋さん」。閉店時間を過ぎても帰らない親子3人。実力行使とばかりに店員がラーメンが入っていたドンブリを無理に下げようとして親子の会話に水を差す。この時、
「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」と五郎が噛み付く。この時の五郎の、子供の思いを恥も外聞もなく一身に、そして必死に受け止めようとする姿勢には、それまで「頑張れ、正直に話せ」とばかりに純を応援しつつ見ていた側に、堰を切ったように大きな感動を与える。


■石の家■


                           ●内部も公開されている●

 この石の家が出来た経緯は、東京で過ちを犯した純の「尻ぬぐい」に行った五郎が、先方から投げかけられた言葉
「誠意って何かね」が元になっている。誰にとってもその答えは難しいだろうが、その言葉を受け、富良野に戻った五郎は自分にとってギリギリのことを選択する。それは1本1本丁寧に皮をむき、焼失した丸太小屋を再建するためにコツコツと貯めてきた材木の全てを手放すことだった。そして、丸太小屋を諦めた後に再び一から出直し、一つ一つを積み上げて完成したのが、この石積みの家なのだ。


■その他のスポット■

 書き続けていくと、時間がいくらあっても足りないので、後は写真で綴っていこう。

                  
                                ●北時計●
                  
            ●シュウちゃん(宮沢りえさん)が自らの過去を語ろうとした席はこれかな?●

                  
                         ●雪子おばさんの「拾ってきた家」●

                  
                  
                 ●雪子おばさんの勤めるニングルテラス内の「森のろうそく屋」●

                  
                     ●五郎の親友「中ちゃん」の経営する中畑木材●

                  
                            ●偶然出逢ったキタキツネ●

                  
                        ●五郎さん御愛用「うさぎ印」の帽子●


■巡り終えて■

 放送終了から8年も経って確実に減ってはいるが、いまだに訪れる人の数も多い。それは、このドラマからのメッセージが今も放たれ続けている証拠であるのだが、施設の一部は老朽化しており、その面では「今、そこに黒板家が暮らしている」というよりも「あの家族は、以前ここで暮らしていたが、もう麓郷から出て行った」といった感が漂っていたのは残念だった。
 しかし、こういった施設はディズニーランドとは違って何度も足を運ぶ類ではないだけに、落ちるお金が年々減り続ける中では、それは仕方のないことかも知れない。かく言うボクも、ここだけを目当てに富良野を訪れることはもうないだろう。まぁ、その分しっかりと目に焼き付けてきたわけではあるけれど…。
 ともあれ、今までこのドラマを見ていなかった人に是非お勧めしたいのは勿論のこと、見たことがある人にも時が経ち、立場が変われば見る目が変わって面白いと言っておきたい。
 いずれにせよ、ボクがとやかく言わなくても日本のTVドラマの中での金字塔であることには違いなく、永遠に愛されて欲しい、いや、愛されるドラマだと思う。

 ドラマを見た人には解る感覚だと思うが、「気付けば、このバーチャル家族3人の親戚のような目線で見ている」そんなドラマは滅多にない。倉本聰氏が「続編はもう書かない。」と言って久しいが、何とか気が変わって欲しいと望んで止まない我々家族3人なのである。親戚のことが気になるのは当然でしょ?「ねっ倉本先生。」
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久婦須川 ’10 その2 ~後編

2010-07-24 12:30:35 | 渓流&管理釣り場での釣り
■状況の変化■

 ここから先は段々瀬の区間に入る。
 この日は前回よりも10cmほど減水していたのだが、何故か各区間で流速が早い気がしていた。素人考えであるかも知れないが、水が減れば勢いも落ちそうに思うのだが、区間によっては更に早く感じることもあって一概にそうとは言えないようだ。更には前回から3週の間に大水が出たことでもあったのか、川筋も微妙に変わり、前回のパターンが全くハマらなくて苦労をしていた。(まぁ、ソコが釣りの楽しみでもあるんだけど…。)
 食いの差が顕著に表れたのが、前回では良型を9匹もゲットした段々瀬だ。今回は攻めても攻めてもピクリとした反応すら無いのだ。
「魚は前日に抜かれたのか、それとも大きく移動して『もぬけの殻』になっているのだろうか?…。」と頭に???が浮かんでくる。

■複雑に流れるポイント■

 期待していた段々瀬では何も得られないまま、開けた区間にやってきた。ここでも前回調子の良かったゆったりと流れる場所の底石周りにある変化を狙ってみるが、アタリは皆無だった。次なる区間は早い流れが複雑に入り交じる、やや水深のあるポイントだ。

                 
                      ●複数の流れがぶつかり合うところを狙う●

 こういったポイントは、流れ、構造共に複雑だ。従って何人かの釣り人が狙っても、それぞれの攻め方に個性があるので、「攻め残す部分」がどこかに必ずあるはずなのだ。ただし、答えを出すまでには時間が掛かりそうだ。そこで、じっくりと腰を据えて一つ一つの変化を丹念に探ってゆくことにした。
 一回目の攻めは、流れの最後端にある、駆け上がり部分。ここは比較的攻めやすいので、誰もが狙って答えを出しやすい所なので、やはり居着く魚は残っていなかった。
 次に白泡の立つ流れの筋の手前と奥の両サイドを狙う。これも攻めやすいポイントなので、アタリはゼロ。続いて見え隠れする石の周り、流れと流れがぶつかり合うところを攻めてみたが答えが出なかった。
 残るは流芯部の底だ。流れの筋が始まる部分は、掘れて擂り鉢状になっていることが多く、その部分はやや流れが緩やかになっていて、大型魚が付いていることがあるるそうだ。問題はそこにどうやって入れ込むかだ。
 まず始めはオモリを重くして落とし込んでみる。しかし、軽すぎると弾き飛ばされ、逆にオモリが大きくなりすぎると、不自然な動きになって全く反応がない。そこで、オモリを2Bにして、流れの始まる部分の奥側に投入して仕掛を馴染ませてタイミングを計り、強制的にゆっくりと引き入れてやると、ウマく仕掛が入ってゆくようになった。
 その方法で探り始めた3箇所目で、目印の動きがピタッと止まったかと思った瞬間にズンッと沈み込んだ。
 合わせた瞬間に相手は下流に向かって矢のような走りを開始した。ボクもそれについて太もも辺りまで水に浸かりつつも走る走る!。
 それこそ「どこにそんなパワーがあるのか?」と思われるほどの見事な走りでボクがついて行くこと数回。ようやく衰え始めた相手を竿で誘導し、空気を吸わせて更に弱らせる。水面に現した姿はギリギリ尺はありそうなヤマメで、ボクの興奮は抑えられない。そしてネット・イン!。

                 
                       ●31cm、完全尺越えヤマメ第1号!●

 前回の「泣き尺」とは違う、完全尺越えに気を良くするが、それと共に「良いのが出そうな」いわゆる大場所では、粘ることも大切だと痛感した瞬間でもあった。

■最後の大場所■

やがて、最終到達点である大堰堤に差し掛かる。そして、ここでこれまでの6m竿から8m竿にチェンジすることで大場所への備えとした。

                 
                         ●これが脱渓点の大堰堤だ●

 手前側にもポイントはあるのだが、どこも不発のままジリジリと釣り上がり、最終エリアへと突入する。
 最終エリアには堰堤から落ち込む流れがまとまって、数本の筋となっている。

                 
                             ●一番強い流筋●

 まずはセオリー通りに、エリアの最下流に位置する、カケ上がり部分の手前側から攻めてゆき、徐々に本命部へと迫ったが、やはり誰もが攻めるポイントであるせいか、全く反応がない。
 そこで先程尺ヤマメを釣った際の戦法=重めの仕掛を流れの際で馴染ませた後にゆっくりと強制的に流芯へ引っ張り込む方法で一番強い流筋の底を探ってみた。
 海でも同じだが、水の流れは表層ほど速くなる。従ってウマく仕掛が底層の流れに乗れば表層の流れよりもゆっくりと移動してゆく。
「イイ感じで流れて行くな。」と思った瞬間に目印がピタッと止まり、同時に竿先を引ったくっていった。
 「ギューン」と長竿を大きく絞り込む様子から、すぐに「型が良い」と判断し、応戦の体勢をとる。
 当初、相手はカケ上がりの下流にある瀬の方向へと疾走したが、ボクの足場は走ってついて行くには無理がある。そこで竿を上流側に倒して水面と平行させ、思い切り絞り込んでやった。すると、行き場を失った相手は横方向へと向きを変えた途端に水面からジャンプをしてハリを外そうとする。
 危ない場面だったが、それを何とか凌ぐと、徐々に相手のパワーが落ち始めた。それを感じた瞬間、慌てず横からのプレッシャーを加えることで8の字状に泳がせて更に弱らせてゆく。
 何度かそれを繰り返し、完全に相手がグロッキーしたのを見計らって、玉網へと誘導し、無事に取り込んだ。
 「ヤッター!」サイズは尺を余裕で越えている。


                        ●尺越え2本目は33cm!●


 苦節?2年でようやく尺を越えたと思ったら連続2本ゲットで、更にはサイズアップまで成し遂げたのだ。当然、出来過ぎの結果に大満足で、この区間での釣りを終了したのであった。


■新たなポイントへ■

 気をよくしたついでに「どこまで魚が居るのか?」を調査してみようと、この川の渓流と呼べる区間では、ほとんど最下流部へと向かって竿を出してみることにした。
 釣り上がって程なくすると、流れ込みのある淵を発見する。

                 
                   ●諸条件が揃い、見るからに良さそうなポイントだ。●

 このポイントは久婦須川ではメジャーな区間ではないせいか、魚もストック量も結構あり、3匹のヤマメをゲットできた。
 更に釣り上がることも考えたが、調査としては充分で、次回の楽しみとして取っておくこととし、この日の釣りが終わった。

                 
                       ●最終局面でも好釣果に恵まれた。●



■適竿適所■

 シマノの渓流カタログには「適竿適所」というのが記されているが、正にその通りで、タックルは場所に応じて使い分ける方が、その場その場で最大限のパフォーマンスを発揮してくれる。そのことが確認できた今回の釣行だった。
 通常、渓流釣りの釣行では「折れた際の予備竿」として、別の竿を持ち込むことはあっても、タイプの違う竿を持ち込むことは少ないようだ。しかし、そういったタイプの違う竿を持ち込めば、スレた魚が狙えたり、届かないポイントが減ったりするのも事実なので、もし、機会があれば試してみることをお薦めする。
 たかだか荷物が増えたとしても1本あたり100~200g程度のことだ。そうすれば実際に、一日の釣りを終えた際に手にする魚の数は変わっていることだろう。
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久婦須川 ’10 その2 ~前編

2010-07-17 12:30:46 | 渓流&管理釣り場での釣り
■梅雨の末期になる前に■

 梅雨末期には雨脚が強まる日々が増える傾向になるので、増水しすぎて釣りが出来ない日が当然多くなる。梅雨が明けたら明けたで富山県の山間部名物ではメジロアブ(オロロ)の大量発生が待っているから厄介だ。
「何としてもそれまでにもう一度攻めておきたい。」という熱い思いと「久婦須川には年券しかないので、元を取らねば。」というセコイ思いに駆られて前回釣行と同じ久婦須川へと向かった。

 渓流釣りでは、一旦増水して落ち着き始めた頃が、魚の食いが良くてベスト・タイミングであるが、サンデー・アングラーのボクの場合は、そんな日を選んでの釣行は到底出来ず、あるがままを受け入れなくてはならない。
 前回の釣行時にはそのベスト・タイミングにぴったりとハマり、この釣りを始めて以来の爆釣を経験したが、今回は釣行前の数日間が梅雨の中休み状態になり、それを受けて富山県でも川の水量は日に日に減り続けて、魚は食い渋る傾向が予想されていた。
 更には前日の土曜日は天気が良く、来訪者も多かったはず。その人達が一通り釣った翌日を釣るわけだから、当然魚はスレているだろう。だから、今回はその対策もバッチリと練っての釣行だ。さて、結果はどう出るのだろうか?。

■ゼロ釣法■

 渓流釣りのスタイルに「ゼロ釣法」というのがある。これは、使用する糸の細さを含め、仕掛やタックル(道具)全体をライトかつ繊細=ゼロに近付けてスレた魚を釣り上げる方法だ。何でもマスターすれば人が通常の仕掛で釣った後でも釣果を絞り出せるというのだ。今回はそのタックルを持ち込んでの挑戦と相成った。
 ゼロ釣法用竿は1本持っているものの、それは川幅がそんなに広くない久婦須川に導入するには長すぎて使い辛い。そこで今回は渓流部で使いやすい全長が5.5-6.0mの竿を新たに導入した次第である。

                
                     ●渓流ウルトラゲーム55-60(シマノ)●

 と言っても、久婦須川のヤマメはパワーがあるので、流れのキツイ瀬や、こちらが魚の動きについて走れないポイントではゼロ竿は心許ない。そこで、通常の仕掛対応の竿と堰堤用の8m竿の2本を「忍者スタイル」で背中に背負い、「三刀流」の備えで万全の体制をとった。


■前回と同じ場所へ■

 久分須川流域に到着して入渓場所の選択に迷ったが、ゼロ釣法の習熟のためには勝手知ったる場所でないと通常仕掛との比較も出来ないし、急流箇所の多い区間に当たってしまうと、使えずに終わる可能性もあるので、前回と全く同じ入渓点から降りることにした。

 河原に降りてから様子をうかがってみるが、やや水量が少な目で、水面のエサをライズして拾うヤマメの姿は見られない。前回の釣行から3週間も経っており、その間も攻められ続けているであろうから、予想通りだが、タフ・コンディションの気配が漂っていた。
 そこで、最初の区間からゼロ釣法の仕掛を使用することとした。ただし、扱いになれていないのとパワーのある久婦須川のヤマメが相手なので、ハリス(水中糸)が0.15号という、ゼロ釣法ではやや太目の物をセットした。

■最初のヤマメ■

 しばらく釣り上がってみたが、一向にアタリが出ない。ボクの場合、最初のポイントでは持ち込んだ市販エサ(ミミズやブドウ虫)を使用するが、一通り流してみたが全く反応がないので早速川虫取りを始めてクロカワムシを採取する。そして、それをハリに刺した途端に反応が出始めた。
 最初の一匹が出たのは河原のアシ際がエグれてポケットのようになっている部分からだった。

                
                     ●アシ際から出た22cmほどのヤマメ●


■細ハリスの威力■

 次は前回に大きめサイズのイワナをバラした、幅の広い瀬からの落ち込みを攻めた。

                
                  ●水量の違いからか、前回とは様子が違っていた。●

 ここは速い流れに乗って遁走されると厄介なので、ハリスを0.2号にアップする。
 その仕掛を石の裏にある淀みに打ち込んだ際に目印が「スッ」と沈み込み、それに応じて反射的に合わせる。掛けた瞬間に良型特有の「ズドンッ!」という衝撃が伴ったので少々ビビったが、魚の動きに合わせて、こちらが川を下ることで何とかゲットに成功。魚はイワナでサイズはギリギリ尺を越えているようだ。

                
                            ●31cmのイワナ●

 しかし、その後は見た目に良さそうなところを散々攻めてみるが、ヤマメやイワナの反応がない。そこで思い切ってハリスを元の0.15号に落としてみる。
 コレが功を奏したのか、瀬のアワが消えかかる、やや水深のある部分から待望のヤマメのアタリが出た。そう大きくはないサイズだが、先程来、散々攻めていたポイントだけに、やはり「細ハリス優位」の感がフツフツと沸いてくる。以後は、0.15号のみを使用し、様子をみてゆくことにした。

                
                      ●細ハリスの答えは20cmのヤマメ●

 そして、細仕掛の扱いにも慣れてきた頃にはゲットするヤマメの量も少しずつだが、増えていった。

                
                 ●釣果は伸びていったが、ある種のパターンがあった。●

■竿抜け狙い■

 ここまでの傾向から推測すると、やはり前日に散々叩かれているのか、当たり前のポイントからのアタリは少なく、いわゆる「竿抜けポイント」と呼ばれるところでの反応が多い。しかも、クロカワムシ以外でのアタリはゼロだ。更には、水深のない瀬の部分よりも水深のあるポイントの方が反応が良い。
 そこで、次の区間からは「0.15号のハリスで、クロカワムシを刺し、水深のある竿抜けのポイントを中心に狙う」という戦略を立てて釣り上がることにした。

                
                 ●この日のヤマメは、何故かクロカワムシしか食わない●

■ヤマメの隠れ家■

 ここから先は前回でも登場した、晴天時には日陰になるポイントが続く区間だ。しかし、当日は小雨が時折降ってくる状況だったので、日陰の要素よりも、「覆い被さる木の下に隠れてなかなか出てこない、スレたヤマメがストックされている。」といった要素の方が優先されそうだ。
                
               ●木や草の陰に流れ込むようにサイドスローで仕掛をブチ込む●

 予想通り、この区間はヤマメの隠れ家だったようで、ポツポツながらアタリは結構な数を拾えた。しかし、警戒心が強いせいか食い込みが浅く、ハリハズレも多い。


                
                    ●ゼロ釣法での最大は25cm止まりだった●

 結局この区間では7回アタって、獲れたのは4匹だった。

 今回初めて本格的に取り組んだゼロ釣法だったが、魚の出具合の違いから、その威力を充分に感じることが出来た。そして、そこそこサイズの魚が掛かってからの「ハラハラ感」は通常仕掛の比ではなく、こういった繊細な駆け引きは本来好きな方なので、ボク的にはかなり楽しめる釣りではあった。
 ただし、ここから先の区間は、段々瀬が続き、流れも速くて複雑になってくる。それに前回、尺オーバーのヤマメをバラした記憶も鮮明に残っている。従ってゼロ仕掛では通用しそうになさそうだ。ここでゼロ仕掛を諦めて竿を仕舞い込み、通常仕掛用の竿(翠隼60/シマノ)に交換することとした。結んだハリスは0.3号だ。大型のヤマメにはまだ出会ってはいないが、ここからが勝負なのだ。そして、ボクのチャレンジは、まだまだ続くのである。

                             ~後編に続く~
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生態系の破壊

2010-07-10 12:30:50 | その他
■外来生物の繁殖■

 本来は日本に棲息しないはずの外来種が繁殖し、本来の生態系を破壊しているというニュースが時折流れている。昔からよく採り上げられており、代表格になっているのはブラックバスとブルーギルだが、最近では東京都大田区を流れる呑(のみ)川でワニ似た容姿で体長が3m近くにもなる、「アリゲーター・ガー」が繁殖して話題になっている他、カミツキガメの目の前に野菜や木の棒を持ってゆき、それを噛み砕かせて恐怖を煽る映像もよく紹介される。
 これら外来生物の繁殖は、釣り場を広げたいと思う釣り人や、終生飼うということをしないうえ、殺して処分することも出来ないペットの飼い主が、偽善的かつ無責任な放流をしたために起こった「生態系の破壊」とされている。しかし、本当にバカな素人が行ったゲリラ的な放流だけなのだろうか?。

■公認の場合もある■

 このブログでも以前から何度も触れているが、渓流魚の中でも似た体型をしているヤマメとアマゴは、朱点という朱色の点々模様の有る無しで判るように種類は別だ。基本的に日本海に注ぐ川にヤマメが、瀬戸内と太平洋に注ぐ川にはアマゴが生息するはずなのだが、以前はアマゴの方が養殖しやすかったということもあって、河川に放流する際にはアマゴを無秩序かつ大量に放流していたそうだ。後にヤマメの養殖技術が向上したお陰で改められてはいるようだが、もう手遅れの川もある。以前に放流したアマゴの子孫達が、ずっと釣れ続けている川も多いのだ。
 イワナに関しても河川ごとに違った特徴があり、亜種も存在しているにもかかわらず、ニッコウイワナという養殖しやすい品種が放流されることが多い。それらが各河川の渓流部で繁殖した結果、在来種との混血化も進んでいるらしい。
 これらは、営利目的と資源枯渇防止のために漁業関係者が公認で放流しているのだが、その公認の中でも、最も疑問が残るのはニジマスの放流だ。ニジマスは北米が原産の外来魚だということは多くの人が知っている事実だとは思うが、他の渓流魚と比べて高水温に強く、価格が安いことから低予算の漁協にも受け入れられやすく「質より量」という観点から各河川に積極的に放流される機会が多いのだ。
 他に、長野県内には養殖場が大雨で決壊した結果であろうとされているが、奈川のように外来種であるブラウントラウトが普通に狙って釣れるほど繁殖しているところや、犀川のように本州には棲息しないはずのイトウまでもが繁殖している川がある。

                  
               ●長野の川で釣ったニジマスだが、放流された魚たちには罪はない●

■意外なところにも■

 話は、清流部にも広がる。夏の風物詩でもある鮎は、湖産と呼ばれる琵琶湖産の小鮎を放流している河川が多く、鮎そのものの生態系が狂ってしまっているが、そのうえ、その小鮎に混じって放流された、本来は琵琶湖原産であるオイカワ、フナ類、モロコ類、カワムツ類が、日本全国の河川で繁殖して今や当たり前のように泳いでいる。
 海に目を向けると、今では当たり前のようにムラサキイガイ(ムール貝の一種)が防波堤や岸壁にビッシリとくっついて繁殖しているが、それは、船底に付着して日本までやって来た、本来はヨーロッパ原産種が在来種を駆逐した結果だ。
 意外なところでは、日本海に棲息するマダイを調査した結果を見たことがあるが、今では多くの個体がが稚魚から放流したものか、それが繁殖したものであるという。見分け方は簡単で、準天然物には鼻の穴が大小2対、計4個あるのに対して養殖がらみの物には大が2対、計2個しかないそうだ。(例外も僅かにあるそうだけど。)
 これらの現状を目の当たりにすると、故意で有る無しにかかわらず、人間は様々な所に手を突っ込んで生態系に影響を与える生き物なのだと痛感する。

■どれが本物?■

 現代の河川などに棲息する魚たちの多くが、実は後から移入されたものであるということを知ると、我々が今見て「自然風景」だと思っているものは、「崩れた生態系が前提になっていることが多い」ということなのだろう。
 そうなると、今我々の心の中にある原風景までが疑わしく思えてくる。
 実際に作家の司馬遼太郎さんも講演の中で、我々日本人にとって特に「日本らしい」と思える風景の一つである松林までもが、実は人間がその土地を荒廃させたがために、痩せた土地に強い松くらいしか生えなかった結果であると、説いている。だから、「どこからどこまでが原風景なのか?」といっても、その基準自体があやふやなものなのだ。

 結局、人それぞれの頭の中で勝手に思い描く基本の風景があって、そこから変化して違和感を持つようになれば、それを「悪」と感じるのだろう。
 もしかするとニジマスやブラウントラウトが泳ぐ川は、今の長野県に住む若者や子供達にとって既に当たり前の風景になっているのかも知れない。そうであるなら、もしも何十年か経って、また違う魚が繁殖してそれらが駆逐されるようなことがあれば、生態系の破壊と感じるのだろうか?。本当に人間は勝手な存在だ。

   
              ●本来の棲息圏で、あるべき「たたずまい」をしている魚は、眺めても美しい●

■諸行無常■

 自然とは大きな流れであり、その姿は一定ではない。我々が今見ている自然の姿は、大河の流れの中にある小さな淀みを一瞬だけ垣間見ているようなものだ。そして、その流れは中に異物を取り込んでしまっても、それをある時は排除し、ある時は吸収して、再びバランスのとれた状態を取り戻す。
 分子生物学者の福岡伸一さんは著書の中で「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである。」と説いているが、生命と同じように自然は平衡をとりつつも「無常」だ。それは今から2400年以上も前に、お釈迦様が「諸行無常」と、我々に説いて下さっていることなのだ。
 そんなシステムがあるからこそ、後になって人間がノスタルジーを感じる一点に舞い戻ろうとしても、それには多大な困難が付きまとうのだ。また、人それぞれに意見が違うし、その一点自体がすでに生態系が崩れた状態であるのなら、「果たしてどこに戻すのが正解なのか」という判断すら難しい。
 すなわち、一度繁殖を始めた外来魚を含む他品種を完全駆除するのは不可能に近いということであり、だからこそ、そこに本来は棲息しない品種の無秩序で身勝手な放流は許される行為ではないのだ。
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久婦須川 ’10 その1 ~後編

2010-07-03 12:30:39 | 渓流&管理釣り場での釣り
■雲の合間から■

 滝の落ち込むポイントを後にし、更に上流へと向かう。やがて雲の合間から太陽が見え始めると活性が明らかに落ち始め、水深の浅いポイントでは反応が激減する。コレは、晴れると見通しがきくために、ヤマメたちが上空からの外敵に狙われ易くなることを知っているからだと言われている。そこで、ここからは樹木が覆い被さる日陰を中心に狙っていく。

                  
                  ●木に掛からないよう、キャストに正確さが要求されるのだ●

 「キレイに仕掛が日陰に入った」と思った途端にアタリが出るが、かなり警戒しているのか、食い込みが浅くてハリが外れてしまう。構わずじっくりと攻め続けてゆくが、小アタリは出るものの、ハリに掛からず苦労する。
 数投目、何とか掛けアワせるのに成功する。ソコに居るのが判っていながら、なかなか食い込まない相手を駆け引きの末にゲットするような「神経戦」も、また楽しい。

                  
                            ●またまた25cm級●

■段々瀬■

 日陰ポイントでポツポツと拾った後は、タイミング良く太陽が雲間に隠れ始めた。そして川は段々瀬の区間へと変化する。段々瀬とは読んで字の如く、フロアとフロアが1ステップずつ、瀬によって区切られているような区間を指す。

                  
            ●中央にある大石を境に手前と段差がつく。この区間ではそれが何段もある。●

 この段々瀬では、勿論最下流から攻めていくのだが、始めの数段の区間こそ数匹ゲットしたのみだったが、何段目かでそれまでは少し雰囲気の漂うポイントに入った。

                   
                      ●この大石の周囲が今回の爆発スポットだ●

 このポイントでも、まずはセオリー通り手前の流れから少しずつ攻めていったが、攻める場所ごとにアタリがあって、ゲット数が増えてゆく。
 何投か繰り返す内、ふと本で読んだ「大型はウケの部分にいる」という言葉を思い出した。ウケとは石の上流側にある水流が盛り上がる部分だ。その言葉を信じて攻めを開始する。勿論、流れがブチ当たる部分なので、オモリはそれまでよりも重くしなければならない。何度かの調整の後、底の流れを捉えてゆっくりと流れるようになっていた仕掛の動きが、ウケの部分でピタリと止まった。そしてその瞬間、反射的にボクはアワセを入れていた。
 「デカイっ!」と思った瞬間に相手は水中で反転し、ひるがえるような動きをしたが、その姿は正しく30cmを軽くオーバーするヤマメであった。だが、その反転は反撃の狼煙だった。
 相手は石の向こう側に回り込んだ後、段を1段下りた先にある瀬の中へ突っ込んでいった。こちらも反撃のために、下流へ走ろうとするが、生い茂る雑草に足を取られて思うように足が運べない。そして次の瞬間竿と糸が一直線になった。
 「ヤバイっ!」と思った途端、フッとした感触と共に、手に伝わる生命感が消えてしまった。
 この釣りを始めて以来の目標であった30cmオーバーを取り逃がし、呆然とする中、諦めずに仕掛を作り直すボクがそこに居た。
 「まだまだチャンスはあるのだ。」

 結局このポイントでは大型は出なかったが、1ポイントから抜いた20cmオーバーの数としては最高記録である、9匹をゲットし、上流へと向かった。

                   
                         ●サイズは粒ぞろいの20~25cm●

■贅沢な気分■

 この時点でゲットした20cm以上のヤマメの数は30を軽く越え、合間にリリースはしていたものの、このままだと肩から掛けていたビクから後数匹で溢れてしまうほどの釣果になっていた。そこで、キープサイズは25cm以上に設定のハードルを上げ、3匹収めた時点でこの区間を終了することにした。こんな贅沢は気分はこの釣りを始めて以来初めてのことだ。

■竿の交換■

 段々瀬を抜けると、開けた区間になる。ここまでは全長6m竿で攻めてきたが、ここから先はポイントとの距離をとりたいことと、最後に控える堰堤下を攻め切るために、ここまでずっと背中に背負ってきた8mの本流竿へと交換をする。そして同時に仕掛を全て交換し、エサのクロカワムシも新たに採取して、ラストに向けての新たなスタートを切った。

■平瀬■

 ここからしばらくの間は平瀬の区間になる。「平瀬」とは平で、ゆったりとした流れという意味だが、こういう場所で攻めるポイントは障害物、すなわち水中に見え隠れする底石の周囲ということになる。じっくり攻めながら上流へと向かうが、そこで気になる石を発見する。


                   
                              ●泡立つ部分がその石●

 まず、下流から攻めて1匹。コイツは20cmあるが、キープの範囲外なので即リリースする。続いて投入して丹念に探るが、同じ20cmクラスしか反応がない。そこで、それまでのジンタン2号からオモリを2Bに変えて白泡のすぐ下に仕掛が入るようにする。コレにアタリが出て、25cm級をゲット。コレで残りのキープ可能数は2匹になる。

                   
                                ●あと、2匹●

■堰堤下■

 やがて大場所の堰堤エリアに入る。まずオモリをジンタン3号に交換して、下段にある瀬の、瀬尻の部分を「上流から流れてきたエサがフワッと浮き上がるような」イメージで流してみる。コレが効果あって目印に変化が出る。それを見極めてアワせてみると、ゴツンとした衝撃と共に一気に下流へ向けて走り始めた。こちらも今回は足場も良いのでそれに合わせてついて行き、ロッドを思いっきりタメて応戦する。タメを何度か繰り返していく内にやがて相手が反転する際に姿を確認したが、結構デカイ。
「尺あるかも?」と、こちらはハラハラとドキドキとウキウキが入り交じった気分でやり取りを繰り返す。そして慎重に頭を水面から出し、何とか空気を吸わせ、グロッキーさせてから玉網に誘導し、何とかネットインさせた。
「ヤッター!、初めての尺オーバーかも?。」と、喜び勇んで河原に上がり、計測をしてみる。
「サイズは30cmジャストだ!」「………?」
 尺貫法をメートル法に直すには1尺=30.3cmとある。ということは、尺と呼ぶにはあと3mm足りないのだ。しかもこのヤマメの尾ビレを確認すると以前のイワナと同様、目印のためにハサミでカットされた痕がある。そのせいで5mmほど損をしているのだ。
「何という余計なことを…。」と思いつつ、目標の30cmはクリアしているのだと、自分に言い聞かせ、堰堤下の淵を再び攻め始めるのであった。

   
                    ●3mm足りない、いわゆる「泣き尺」というサイズだ●

 続いて深みを流すために、オモリを重いもの=2Bに変えて、丹念に探っていると、白泡の立つ瀬の脇でまたもやゴツン!とアタってきたが、コレは先程よりも、や小さいサイズであった。

                   
                          ●最後の1匹は、またもや28.5cm●

 その後は予定数をヤマメに知られていたのか、3匹目以降はピタリとアタリが止まり、何も起こらないままでこの区間の釣りが終わった。

■早帰り■

 まだ残りの時間もあるし、他のポイントを攻めてみようかとも思ったが、もう充分過ぎるほどの釣果を得ていたこともあって、後は車で新たな入渓点を探すのみに費やして、この日の釣りを終えることとした。

 この日のトータル釣果は20cm以上だけで40匹以上と、ボクとしては超ハイレベルなものであった。こんなスコアが出た要因は恐らく増水した後の引き始めという、絶好のタイミングだったことが挙げられる。物の本によると、こういったタイミングに渓魚は大きく動き出すので、それまで釣り荒れ気味だった川でも、ある程度リセットされるということだ。だから皆さんも雨を嫌がらず、「こんなタイミングこそチャンス」と捉えて釣行して欲しい。
 しかし、これだけ釣りながら、ボクは満足はしていない。それはこの釣りを始めて以来の目標である、30cmはギリギリクリアしたものの、何となく中途半端な形でそれを迎えることとなり、釈然としていないからである。
 だから、その点をスッキリさせるために、この先のボクの目標は「尺」を優に越える「尺上(しゃくがみ)」を釣ることに変更だ。(わずか数mmの違いだけど…。)シーズンの残りは約3ヶ月。ハテさて、その間に、勝利の女神はボクにドラマを用意してくれているのだろうか?。
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