■「北の国から」■
ショーケン(萩原健一さん)のファンだった姉の影響で、当時小学校高学年のボクは、時折眠い目を擦りながら「前略おふくろ様」という、TVドラマを時折見ていた。今振り返るとそれが倉本聰氏が脚本したドラマとの初めての出会いだった。そして、その後に岩城滉一さんのファンに転身?した姉の影響で見始めたのがドラマ「北の国から」で、以来、気付けば多くの皆さんと同じように、シリーズの関連作が全て終わる2002年まで、全ての放送をリアルタイムで見続ける大ファンになっていた。
ドラマの中で描き続けている「家族愛」や「自然への敬意」、「『古き良きもの』を失っていく日本」と「つつましく生きることを忘れる日本人」への警鐘や「『お金や物ではない』本当の豊かさとは何か」といったテーマは、今でもボクの心の琴線に触れ続けている。そして、その世界はバーチャルな物だとは知りつつも、「いつかは富良野へ」との思いは募り続けていたのである。
我が妻もドラマの大ファンなので、富良野行きには当初から大賛成だった。「残るは息子」だけだったが、彼の好きなドラマの中に、これまた倉本聰氏の作品で、同じ富良野が舞台の「風のガーデン」があり、素養は充分。そこで所有しているDVDを彼に見せ、「北の国から」の、にわかファンに仕立てた後、家族揃っての北海道、富良野~旭川旅行と相成ったわけである。
富良野市周辺には倉本聰氏の「富良野3部作」と言われている「北の国から」「優しい時間」「風のガーデン」の、ロケ地の多くが保存されており、それぞれ観光名所になっている。それら施設を巡っていると、ドラマで見た印象深いシーンが蘇ってくる。
まず今回は「北の国から」から。
■布部駅■
ドラマは、黒板五郎(田中邦衛さん)とその息子=純(吉岡秀隆さん)、娘=蛍(中嶋朋子さん)の3人がこの駅に降り立つところからはスタートする。
●綺麗に改装され、今では無人駅になっている●
この駅を使ったシーンの中で一番印象深いのは、北海道に馴染めず、東京に帰ろうとした純と、その付き添いの雪子おばさん(竹下景子さん)を見送りに来た清吉オジサン(大滝秀治さん)が発した言葉だ。
~駅に到着した時間が早すぎて、近くの食堂へ行き、3人でお茶を飲むことになる。そして、その昔、ひどい冷害で4軒一緒に離農する家族を、同じくこの駅に見送りに来たことを回想し、その時に発した心中の「つぶやき」を純に教えてくれる。~
~中略
「そん時わし、心ん中で、正直何考えてたか言おうか。」
「おまえら、いいか、負けて逃げるんだぞ。」
「20何年一緒に働き、おまえらの苦しみも、悲しみも、悔しさも、わしゃ一切知ってるつもりだ。」
「だから他人にとやかくは言わせん。他人に偉そうな批判はさせん。」
「しかし、わしには、言う権利がある。」
「おまえら、負けて逃げるんじゃ。」
「わしらを裏切って逃げ出していくんじゃ。そのことだけは、よ~~く、覚えとけ。」
ドラマの中では、この言葉を聞いた純は乗り込んだ車中で富良野に残る覚悟を決め、引き返すのであるが、ボク自身も様々な挫折があった自分の人生を振り返ると、この言葉は単なるセリフとして受け止めることは出来ない。
■最初の家■
家族は廃屋となっていた五郎の育った家に着き、そこで生活を始める。
●DVDで確認すると、背景が違う。調べてみると、再建されているようだ。●
この家を「とりあえず人が住めるように」と改装中、純が疑問に思ったことを五郎に尋ねる。
純「父さん、水道の蛇口がどこにもないんです。」
五郎「水道そのものがないんですよ。」
純「えェ~?。」
五郎「ここから山を通って1キロ先に沢があります。」
「今日からそこが家の“水道”です。蛍と水汲んできてください。」
~中略~電気が来ていないことに気付いて
純「電気が無い~?、電気が無かったら暮らせませんよ~!。」
五郎「そんなことはないですよ。」
純「夜になったらどうするの?。」
五郎「夜になったら寝るんです。」
■八幡丘■
●八幡丘にある、現フェニックス牧場辺りの丘●
八幡丘という場所には草太お兄ちゃん(岩城滉一さん)が経営していた共同牧場=実在するフェニックス牧場があるが、この丘に向かう途中で猛吹雪に遭って車がスタックし、遭難しかけた雪子おばさんと純を道産子馬を使って杵次じいさん(大友柳太朗さん)が救い出すシーンが印象深い。
そしてその後、飼い馬料(エサ)の負担が厳しく、飼いきれなくなった道産子馬を手放した後の杵次じいさんのセリフは、古き良きもの、過去の功労者達の苦労を忘れてしまったボクたちの胸に突き刺さる。
「18年間、オラと一緒に、それこそ苦労さして用がなくなって。」
「オラにいわせりゃ女房みたいなアイツ。」
~中略~
「アイツだけがオラと苦労を共にした。」
「アイツがオラに、何言いたかったか。」
「信じてたオラに、何言いたかったか。」
■丸太小屋■
●ドラマでは焼失したが、現物は保存されている●
連続ドラマの最終話で完成した丸太小屋だが、その後のスペシャル・ドラマでは焼失する。
その焼失の原因を正直に話さずにいた純だったが、それまでついてきた嘘をすべて五郎に話すシーンが印象深く、あまりに有名すぎてパロディにまでなって紹介されることもある。
場所はいわゆる「めし屋さん」。閉店時間を過ぎても帰らない親子3人。実力行使とばかりに店員がラーメンが入っていたドンブリを無理に下げようとして親子の会話に水を差す。この時、
「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」と五郎が噛み付く。この時の五郎の、子供の思いを恥も外聞もなく一身に、そして必死に受け止めようとする姿勢には、それまで「頑張れ、正直に話せ」とばかりに純を応援しつつ見ていた側に、堰を切ったように大きな感動を与える。
■石の家■
●内部も公開されている●
この石の家が出来た経緯は、東京で過ちを犯した純の「尻ぬぐい」に行った五郎が、先方から投げかけられた言葉
「誠意って何かね」が元になっている。誰にとってもその答えは難しいだろうが、その言葉を受け、富良野に戻った五郎は自分にとってギリギリのことを選択する。それは1本1本丁寧に皮をむき、焼失した丸太小屋を再建するためにコツコツと貯めてきた材木の全てを手放すことだった。そして、丸太小屋を諦めた後に再び一から出直し、一つ一つを積み上げて完成したのが、この石積みの家なのだ。
■その他のスポット■
書き続けていくと、時間がいくらあっても足りないので、後は写真で綴っていこう。
●北時計●
●シュウちゃん(宮沢りえさん)が自らの過去を語ろうとした席はこれかな?●
●雪子おばさんの「拾ってきた家」●
●雪子おばさんの勤めるニングルテラス内の「森のろうそく屋」●
●五郎の親友「中ちゃん」の経営する中畑木材●
●偶然出逢ったキタキツネ●
●五郎さん御愛用「うさぎ印」の帽子●
■巡り終えて■
放送終了から8年も経って確実に減ってはいるが、いまだに訪れる人の数も多い。それは、このドラマからのメッセージが今も放たれ続けている証拠であるのだが、施設の一部は老朽化しており、その面では「今、そこに黒板家が暮らしている」というよりも「あの家族は、以前ここで暮らしていたが、もう麓郷から出て行った」といった感が漂っていたのは残念だった。
しかし、こういった施設はディズニーランドとは違って何度も足を運ぶ類ではないだけに、落ちるお金が年々減り続ける中では、それは仕方のないことかも知れない。かく言うボクも、ここだけを目当てに富良野を訪れることはもうないだろう。まぁ、その分しっかりと目に焼き付けてきたわけではあるけれど…。
ともあれ、今までこのドラマを見ていなかった人に是非お勧めしたいのは勿論のこと、見たことがある人にも時が経ち、立場が変われば見る目が変わって面白いと言っておきたい。
いずれにせよ、ボクがとやかく言わなくても日本のTVドラマの中での金字塔であることには違いなく、永遠に愛されて欲しい、いや、愛されるドラマだと思う。
ドラマを見た人には解る感覚だと思うが、「気付けば、このバーチャル家族3人の親戚のような目線で見ている」そんなドラマは滅多にない。倉本聰氏が「続編はもう書かない。」と言って久しいが、何とか気が変わって欲しいと望んで止まない我々家族3人なのである。親戚のことが気になるのは当然でしょ?「ねっ倉本先生。」
ショーケン(萩原健一さん)のファンだった姉の影響で、当時小学校高学年のボクは、時折眠い目を擦りながら「前略おふくろ様」という、TVドラマを時折見ていた。今振り返るとそれが倉本聰氏が脚本したドラマとの初めての出会いだった。そして、その後に岩城滉一さんのファンに転身?した姉の影響で見始めたのがドラマ「北の国から」で、以来、気付けば多くの皆さんと同じように、シリーズの関連作が全て終わる2002年まで、全ての放送をリアルタイムで見続ける大ファンになっていた。
ドラマの中で描き続けている「家族愛」や「自然への敬意」、「『古き良きもの』を失っていく日本」と「つつましく生きることを忘れる日本人」への警鐘や「『お金や物ではない』本当の豊かさとは何か」といったテーマは、今でもボクの心の琴線に触れ続けている。そして、その世界はバーチャルな物だとは知りつつも、「いつかは富良野へ」との思いは募り続けていたのである。
我が妻もドラマの大ファンなので、富良野行きには当初から大賛成だった。「残るは息子」だけだったが、彼の好きなドラマの中に、これまた倉本聰氏の作品で、同じ富良野が舞台の「風のガーデン」があり、素養は充分。そこで所有しているDVDを彼に見せ、「北の国から」の、にわかファンに仕立てた後、家族揃っての北海道、富良野~旭川旅行と相成ったわけである。
富良野市周辺には倉本聰氏の「富良野3部作」と言われている「北の国から」「優しい時間」「風のガーデン」の、ロケ地の多くが保存されており、それぞれ観光名所になっている。それら施設を巡っていると、ドラマで見た印象深いシーンが蘇ってくる。
まず今回は「北の国から」から。
■布部駅■
ドラマは、黒板五郎(田中邦衛さん)とその息子=純(吉岡秀隆さん)、娘=蛍(中嶋朋子さん)の3人がこの駅に降り立つところからはスタートする。
●綺麗に改装され、今では無人駅になっている●
この駅を使ったシーンの中で一番印象深いのは、北海道に馴染めず、東京に帰ろうとした純と、その付き添いの雪子おばさん(竹下景子さん)を見送りに来た清吉オジサン(大滝秀治さん)が発した言葉だ。
~駅に到着した時間が早すぎて、近くの食堂へ行き、3人でお茶を飲むことになる。そして、その昔、ひどい冷害で4軒一緒に離農する家族を、同じくこの駅に見送りに来たことを回想し、その時に発した心中の「つぶやき」を純に教えてくれる。~
~中略
「そん時わし、心ん中で、正直何考えてたか言おうか。」
「おまえら、いいか、負けて逃げるんだぞ。」
「20何年一緒に働き、おまえらの苦しみも、悲しみも、悔しさも、わしゃ一切知ってるつもりだ。」
「だから他人にとやかくは言わせん。他人に偉そうな批判はさせん。」
「しかし、わしには、言う権利がある。」
「おまえら、負けて逃げるんじゃ。」
「わしらを裏切って逃げ出していくんじゃ。そのことだけは、よ~~く、覚えとけ。」
ドラマの中では、この言葉を聞いた純は乗り込んだ車中で富良野に残る覚悟を決め、引き返すのであるが、ボク自身も様々な挫折があった自分の人生を振り返ると、この言葉は単なるセリフとして受け止めることは出来ない。
■最初の家■
家族は廃屋となっていた五郎の育った家に着き、そこで生活を始める。
●DVDで確認すると、背景が違う。調べてみると、再建されているようだ。●
この家を「とりあえず人が住めるように」と改装中、純が疑問に思ったことを五郎に尋ねる。
純「父さん、水道の蛇口がどこにもないんです。」
五郎「水道そのものがないんですよ。」
純「えェ~?。」
五郎「ここから山を通って1キロ先に沢があります。」
「今日からそこが家の“水道”です。蛍と水汲んできてください。」
~中略~電気が来ていないことに気付いて
純「電気が無い~?、電気が無かったら暮らせませんよ~!。」
五郎「そんなことはないですよ。」
純「夜になったらどうするの?。」
五郎「夜になったら寝るんです。」
■八幡丘■
●八幡丘にある、現フェニックス牧場辺りの丘●
八幡丘という場所には草太お兄ちゃん(岩城滉一さん)が経営していた共同牧場=実在するフェニックス牧場があるが、この丘に向かう途中で猛吹雪に遭って車がスタックし、遭難しかけた雪子おばさんと純を道産子馬を使って杵次じいさん(大友柳太朗さん)が救い出すシーンが印象深い。
そしてその後、飼い馬料(エサ)の負担が厳しく、飼いきれなくなった道産子馬を手放した後の杵次じいさんのセリフは、古き良きもの、過去の功労者達の苦労を忘れてしまったボクたちの胸に突き刺さる。
「18年間、オラと一緒に、それこそ苦労さして用がなくなって。」
「オラにいわせりゃ女房みたいなアイツ。」
~中略~
「アイツだけがオラと苦労を共にした。」
「アイツがオラに、何言いたかったか。」
「信じてたオラに、何言いたかったか。」
■丸太小屋■
●ドラマでは焼失したが、現物は保存されている●
連続ドラマの最終話で完成した丸太小屋だが、その後のスペシャル・ドラマでは焼失する。
その焼失の原因を正直に話さずにいた純だったが、それまでついてきた嘘をすべて五郎に話すシーンが印象深く、あまりに有名すぎてパロディにまでなって紹介されることもある。
場所はいわゆる「めし屋さん」。閉店時間を過ぎても帰らない親子3人。実力行使とばかりに店員がラーメンが入っていたドンブリを無理に下げようとして親子の会話に水を差す。この時、
「子供がまだ食ってる途中でしょうが!」と五郎が噛み付く。この時の五郎の、子供の思いを恥も外聞もなく一身に、そして必死に受け止めようとする姿勢には、それまで「頑張れ、正直に話せ」とばかりに純を応援しつつ見ていた側に、堰を切ったように大きな感動を与える。
■石の家■
●内部も公開されている●
この石の家が出来た経緯は、東京で過ちを犯した純の「尻ぬぐい」に行った五郎が、先方から投げかけられた言葉
「誠意って何かね」が元になっている。誰にとってもその答えは難しいだろうが、その言葉を受け、富良野に戻った五郎は自分にとってギリギリのことを選択する。それは1本1本丁寧に皮をむき、焼失した丸太小屋を再建するためにコツコツと貯めてきた材木の全てを手放すことだった。そして、丸太小屋を諦めた後に再び一から出直し、一つ一つを積み上げて完成したのが、この石積みの家なのだ。
■その他のスポット■
書き続けていくと、時間がいくらあっても足りないので、後は写真で綴っていこう。
●北時計●
●シュウちゃん(宮沢りえさん)が自らの過去を語ろうとした席はこれかな?●
●雪子おばさんの「拾ってきた家」●
●雪子おばさんの勤めるニングルテラス内の「森のろうそく屋」●
●五郎の親友「中ちゃん」の経営する中畑木材●
●偶然出逢ったキタキツネ●
●五郎さん御愛用「うさぎ印」の帽子●
■巡り終えて■
放送終了から8年も経って確実に減ってはいるが、いまだに訪れる人の数も多い。それは、このドラマからのメッセージが今も放たれ続けている証拠であるのだが、施設の一部は老朽化しており、その面では「今、そこに黒板家が暮らしている」というよりも「あの家族は、以前ここで暮らしていたが、もう麓郷から出て行った」といった感が漂っていたのは残念だった。
しかし、こういった施設はディズニーランドとは違って何度も足を運ぶ類ではないだけに、落ちるお金が年々減り続ける中では、それは仕方のないことかも知れない。かく言うボクも、ここだけを目当てに富良野を訪れることはもうないだろう。まぁ、その分しっかりと目に焼き付けてきたわけではあるけれど…。
ともあれ、今までこのドラマを見ていなかった人に是非お勧めしたいのは勿論のこと、見たことがある人にも時が経ち、立場が変われば見る目が変わって面白いと言っておきたい。
いずれにせよ、ボクがとやかく言わなくても日本のTVドラマの中での金字塔であることには違いなく、永遠に愛されて欲しい、いや、愛されるドラマだと思う。
ドラマを見た人には解る感覚だと思うが、「気付けば、このバーチャル家族3人の親戚のような目線で見ている」そんなドラマは滅多にない。倉本聰氏が「続編はもう書かない。」と言って久しいが、何とか気が変わって欲しいと望んで止まない我々家族3人なのである。親戚のことが気になるのは当然でしょ?「ねっ倉本先生。」