都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
都月満夫
佐倉淳平、私の父である。デカ(刑事)を退職して三年余り、毎日が退屈で堪らない。
私は山本淳一、現職のデカである。
私の両親は、私が小学校に入る前に離婚した。私は母に引き取られ、母の旧姓で育てられた。離婚の原因は、父があまりにも、仕事熱心であった為であった。
母から、警察官にだけはなるな、と言われて育てられた。家に帰ってこない、家庭を顧みない父であった、と言われ続けた。…にも係わらず、私は警察官になった。
そこで、私は父が洞察力の優れた刑事であったことを知った。父は仲間から尊敬を込めて『鬼の淳平』、『鬼平』と呼ばれていた。
北海道警察の『鬼平』が、私の父であることを知る者は少ない。
やがて、私は結婚し、父と同じ理由で離婚した。子供はいなかった。
母は亡くなり、現在、父と同居している。
「おっ!帰ってきたな。」
父がご機嫌で迎えてくれた。また、退屈の虫が疼いているに違いない。
「また退屈ですか…。駄目ですよ。今日は疲れて、眠りに帰ってきたんですから…。」
「そんな、つれないことを親に向かっていうもんじゃないよ。例のマンションの、中学校の女性教師変死事件、調べてんだろ…。発見されて一週間、何の続報もない。お前は帰って来ない。退屈で、退屈でうずうずしてたんだ。そろそろ帰って来るんじゃあないかと、旨い酒買って待ってたんだ。刺身まで買ってよ。聞かせろよ。どうなってんだ、え。」
「駄目ですよ。事件のことは、関係者以外には、話せませんよ。」
「関係者以外って…。オレとお前は親子っていう密接な関係じゃないか…。それに元刑事と現職刑事って関係だ。先輩の意見を伺うってことは大事なことだぜ。」
「またそれだ…。」
「どうせお前だって気になって寝られやしないだろ…。だったら旨い酒飲んで、親子で世間話をしたっていいだろ。」
「世間話って…、言ったって…。」
「世間話だろうよ。新聞に載ってた記事について、話をするんだ。ただ、お前がちょいと事件に詳しいってだけじゃないか、え。」
父はこう言い出したら、後へは引かない。『鬼平』といわれた男だ。
「…。殺し(殺人)ですよ。首を絞められて、殺されてたんですよ。」
「何で、変死なんて発表したんだよ、え。」
「それが…、吉川線がなかったんですよ。」
「吉川線がない。首を絞められたら、首に引っ掻き傷くらいは出来るだろうよ、苦しいんだから…。」
「それが、その引っ掻き傷、吉川線がなかったんで、変死って発表になったんですよ。」
「そうか…、それで検死の結果は…、絞殺か、扼殺かどっちなんだ、え。」
「扼殺(やくさつ)ですよ。」
「扼殺なら、紋(指紋)採れただろう、手で締めたんだ。首を絞めりゃぁ、指の汗腺から出る汗と、マル害(被害者)の皮脂が溶けて紋が残る。絞殺(こうさつ)なら、紐かロープの痕が残る。それに、自分の首は引っ掻かないとしても、ホシ(犯人)の腕くらい、引っ掻くだろうよ。だったら、マル害の爪にホシの皮膚が残るんじゃないか、え。」
「それが、紋も皮膚片も…、採れないんですよ。」
「なら、手袋痕があるだろう。」
「それも、ないんですよ。」
「扼殺で吉川線がない。紋も採れない、ホシの皮膚も手袋痕もないってわけか…。紋のない人間なんて…、いないぜ…。」
父は首をひねった。
「で、死亡推定時刻は何時なんだ。発見されたのは、月曜の午前中だったよな。」
「解剖の結果、日曜の十二時から十五時ってことになってます。」
「日曜といえば、暑かった日だ。当然エアコンは…。」
「今年、使った痕跡はありませんでした。」
「そうか…。犯人の当り(見当)は…。」
「えぇ…、まあ…。」
「何だ、煮え切らないな。」
父は、湯飲みの酒をぐいと飲み込んで、私にも飲めと、一升瓶の口を向けた。
私は酒を飲み干し、湯飲みを差し出した。
「先生で、三十八歳、独身…。で、そのマル害、美人なのかい。」
「ええ、美人ですよ。美人ですけど、豆泥棒(婦女暴行)ではありませんよ。部屋も荒らされていませんし、顔見知りでしょうね。」
「だったら、すぐに判りそうなもんじゃないか。そんなに交際範囲も広くないだろう。」
「そうなんですよ。一人交際相手の先生がいましてね。二十五歳の理科の先生なんですが…。他に、PTAのほうも、捜査中なんですよ。」
「ほかを調べてる…ってことは、そいつにアリバイありだな。で、お前の心証は?」
「黒(犯人)…、でしょうね。」
「そうか…。で、どんなアリバイだ。」
「それが、日曜の九時ごろから、十五時近くまで、生徒と一緒だったんですよ。」
「日曜だ…ってのにか。え。」
「理科クラブの生徒四人と公園で、昆虫採集やら植物採集やらを、してたそうです。」
「生徒の言(証言)じゃ、間違いなさそうだな。」
「で、その理科の先生、評判は…。」
「どの先生に聞いても、真面目で、生徒にも人気があったようです。」
「で、付き合ってたってのは、どこから聞き込んだネタ(情報)だ。」
「行きつけのスナックです。先生たちは知らなかったようなんですよ。」
「仲間内が知らないってのは、おかしいじゃないか。何か事情があるのか…、え。」
「ええ、マル害のほうは実家にすすめられた縁談があるので、田舎に帰って、結婚するようなことを言っていた、って聞いた先生がいましたが…。事情までは…。」
「裏(証言)は取れないんだな。」
「そうなんですよ。実家では、そんな話はないって…。」
「何で、そんな嘘つくんだ…。で、スナックでは、どんな様子なんだ。」
「ちょっと、待ってくださいよ。次から次と、まるで尋問みたいじゃないですか。」
私はそう言って、刺身を口に入れ、酒を飲んだ。父もつられて、酒を飲んだ。
「スナックって言ったって、十人も入りゃあ満員、ってなとこですがね。理科の先生が着任したときに、学年の担任の先生たちと来たのが最初で、後は二人で、ちょいちょい来てたって、言ってましたよ。」
「で、どうなんだ。どうして二人で、ちょいちょいなんだよ、え。」
「それが、男のほうが新任で、ベテランの女性教師に、色々と相談事をしていたようです。生徒指導とか、授業の進め方とか…。」
「ベテラン美人教師の、課外授業ってヤツだな。それで、色々の関係になった…。」
「そうなんですよ。最近の先生は、結構あるらしいですよ。外部との接触の機会が少ない職場ですから…。」
「お前ね、余計なことはいいんだよ。先生たちも来るスナックで二人が飲んでて、他の先生たちが、二人の仲を知らないってのは、変じゃないか?」
「ええ、そうなんですが…。あまりに不釣合で、まさか、付き合ってるとは、思わなかったようで…。」
「で、その不釣合ってのは、どういう意味だよ?」
「男性教師が子供っぽくて、生徒の中にいると見分けがつかないってことですよ。」
「お前もそう思うか?」
私は、酒を口に運びながら、頷いた。
「で、最近の二人の仲はどうだったんだ。そこんとこが、大事なとこじゃないか。見かけじゃ、男女の仲は判らない…。」
「それが…、よく判んないんですよ。学校じゃ誰も知りませんし。スナックのママも、店では仲良く飲んでたって…。」
…。父は再び腕組みをして、考え込んだ。
「マンションからは、何か出ないのか…。」
「何かって言っても、女の一人暮らしですから、別にこれといって不審なものはありませんよ。」
「男の紋は…。」
「ありましたよ、部屋中に。付き合っていた、って言ってるんですから…。」
「変なところになかったか、ってんだよ。」
「テーブルを持ち上げた痕跡がありましたよ。前の週に、カーペットを替えたって…。」
「で、その日は…、行ってないんだよな。」
「はい、本人はそう言ってます。」
「で、隣近所は…。」
「誰も、隣の住人に興味を持つ人間なんて住んじゃいませんよ。独身者ばかりの、賃貸マンションですから…。」
「そういうもんかね。情けないね…。」
そう言うと、父はまた腕を組んだ。
「そういえば、スナックのママが、毎週日曜日に、女の部屋で、二人で食事をしているらしいって、言ってましたよ。」
「バカヤロー、どうして、そういう大事なことを話さないんだ。何で、その日だけ行かなかったんだよ、その男、え。」
「ですから、理科クラブの課外活動の、標本整理があるので、行かないって、前もってマル害に言ってあったそうです。」
「それで納得したのか…。だからお前はダメだっちゅうんだよ。二十五歳の男だよ。少しぐらい忙しくたって、行くだろうよ。逢いたいだろうよ。クラブの標本整理なんか、後回しにしてでも、逢いたいだろうよ。増してや、人目をはばかる仲だろ。逢いたくない訳がない。おかしい…。」
「そうですかね…。」
「そうですかね…、じゃないよ。何か他にないのか、何か…。」
そういうと、父は湯飲みの酒をちびちび飲みながら、考え始めた。
「冷蔵庫の中はどうだった。」
何か閃いたように、父が言った。
「どうって、食材はかなりありましたよ。日曜日だから買い込んだんじゃないですか。」
「ん、そいつはおかしいな。死亡推定時刻は、十二時から十五時だったよな。日曜日の午前中に買い物に行くかな。日曜日の朝ぐらいは、ゆっくりしたいんじゃないか。その日は、男が来ないんだからよ、え。」
「それはそうですが。そうでない人間も、いるんじゃないですか?」
「…ん、こいつは、おかしい。しっくりこない…。…ん。」
そう言うと、父はぶつぶつと何か言いながら、考え始めた。これは、父の勘が働き始めたときの癖である。
「あ、そうだ。スナックのママが言ってました。」
「まだあったのかい。で、何て…。」
「男がトイレに行ったときに、『私でいいのかな…』って、女が言ったって…。」
「それは、どんな調子で言ったんだ。」
「呟いただけだから、なんとも…。」
「これは確認だが、男のほうは結婚する気だったんだよな。」
「ええ、そりゃあもう、子供のようにハシャイデたって、スナックのママが…。」
「それだ。女は悩んでたんだ。こんな若い先生と付き合っていいのか…。別れたほうがいいんじゃないのか、ってな。だから、嘘の結婚話で、学校を辞めようと…。馬鹿な女だぜ。知らなかったのは、回りの先生だけじゃない。肝心の相手の男も、女の気持ちに気づいてやれなかったんだ。男は純粋に女を愛していた。しかし、女は、自分の年齢に悩んでいたんだ。純粋に愛してやればいいのによ。女ってのは、ややこしい生き物だぜ。」
「ちょっと、お父さん。ダメですよ。理科の先生には、アリバイ…。」
「そう考えれば、全てが、納得がいく。」
人の話しなど聞かず、父は得意そうに、私の顔を見た。
「お前に質問だ。その理科の先生、ひょっとして、登山の趣味はなかったか?」
「本格的な登山ではありませんが、生物や植物の観察に、よく、山には行くそうです。」
「もうひとつ。殺された先生の部屋にあったテーブルの大きさは…、人一人ぶん位…。」
「ええ、大きかったです。」
「それと、もうひとつ。その生徒たちといた場所から、女のマンションまで、どれくらいで行ける。」
「生徒を学校まで自動車で送ったとしても、一時間はかからないでしょう。」
「そうか…。読めたよ。いいかよく聞け。先ず、二人の関係だ。男は夢中だが、女は悩んでいた。多分、女も男に惚れてたんだ。だから、自分でいいのかと、心配になった。しかし、年齢差があるので、身を引こうと、嘘の結婚話を洩らしてみた。しかしそれは、噂にもならなかった。それは女にとっては辛い話だ。男はそんなことは知らずに、その日、いつものように、生徒と別れて、女のマンションへ行った。午後四時としよう。そこで、女の口から、結婚話を聞かされた。口論になって、男は女の首を絞めた。女は男が、自分を殺すほど、愛していたことに驚いて、自分の首を絞めている手を振り払うことも出来なかった。それで、吉川線が残らなかった。抵抗すりゃぁよかったんだ。好きだって言ってよ。ところで、首を絞められたら、少なからず喀血するもんだが、血痕は、あったか?」
「いいえ。」
「そうだろうよ。好きな女を殺しちまったんだ。それぐらい、拭き取るだろうよ。女の部屋に、焼酎かウィスキーはあったか?」
「ええ、ブランディーがありました。」
「多分、そいつで、拭いたんだろうよ。自分の紋もよ。アルコールで、汗を拭取りゃあ紋は検出できない。それと、アリバイだ。山へ行く人間なら、アルミシートを持っていたに違いない。こいつは、NASA(アメリカ航空宇宙局)が開発した素材を使用した、優れものだ。雪山で遭難した時に、こいつを持ってりゃ、助かるって言われるほど、断熱効果がある。おまけに、軽く、折畳めば小さくなり携帯に便利だ。今は、贅沢さえ言わなけりゃ、百円ショップでも売っているぜ、類似品を…。そいつで、死体を覆い、テーブルで四隅を押さえた。ペットボトルの、冷えた飲料水でも、保冷剤代りに使って…。シートの断熱効果で、死体は外気温に左右されることなく、保冷された。そして、お前たちの、死亡推定時刻を誤らせた。気温が下がった夜中に、男はアルミシートを、回収したんだろうよ。付き合っていた仲だ、合鍵ぐらいは持っていて、不思議はない。だから、テーブルの下に、持ち上げた時の指紋が残っていた。冷蔵庫に、指紋のないペットボトルが、あれば決まりなんだが…。こいつはオレの推測だ。ここから先は、お前たちの仕事だ。明日から、また忙しくなるぞ。早く寝ろ。」
父は、旨そうに湯飲みの酒を飲み干し、にやりと笑って、立ち上がった。