年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

べったら市 大正13年

2006年10月03日 | べったら市
大正13年10月18日都新聞
復興するべったら市
明19日は日本橋区大伝馬町宝田神社のべったら市である。昨年は大震災で同神社も丸焼けとなったが神体を安置していた土蔵造りの神殿だけは焼け残り左甚五郎作と伝えられている恵比寿像も無事で新築の拝殿の落成記念を兼ねて当日は参詣者で賑わうべく吉例の福財布の外、本年は特に恵比寿の神殿を掛けたものにして頒布するという。当日は堀留署では久松署・新場橋署の応援を得て雑踏を取り締まるという。

宣伝広告より
べったら市
10月19日より売り始め
切山椒 日本橋通はたご     梅花亭

大正13年10月20日都新聞
警察が漬物の山
甘味料にサッカリンを混入した浅漬をことごとく押収する。
昨夜の日本橋べったら市は非常なる賑わいにてすでに午後6時頃から交通を遮断した程で8時頃には混雑の絶頂であって9時過ぎに至って雨のためさすがに帰っていく人が多かった。昨夜の警視庁衛生部より技師を出張し浅漬屋の大検査を行い、深川清住町の青物商xx及び本所区緑町青物商が本所の江東市場より仕入れた物、府下尾久町xx、府下三河島xx,自家で漬けた者外十数名の浅漬は何れもサッカリンを混入していたことが判明し全部久松署に押収した物で同署は浅漬の山を築いたほどだった。

大正13年の漬物業界
前年の関東大震災で一般家庭で漬けていた自家製の漬物が欠乏した結果、漬物を購入せざるを得なかったため売れ行きは順調であった。
 漬物類の生産は梅の実の不作と夏期の旱魃によってシソ(着色用)とショウガの減産となり梅干の市価が高騰した。秋期の大根の出来は不作が予想されたが天候が持ち直し豊作となった。それ故沢庵漬及び菜漬は漬け込み生産費が半額となった位で近年稀なくらい不景気となっていった。

年末に至り東京府では北豊島郡の出荷組合の組織計画が進む。
「練馬大根・練馬沢庵」のブランド化計画のはじまり

コメント
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