年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

べったら市の20日

2019年10月21日 | 宅老のグチ

19日・20日は日本橋のべったら市だが10月の雨の特異日となっていて、やはり19日は朝雨だった。土日がべったら市なので小伝馬町界隈のサラリーマンの路上飲み会風景は少ないと思われる。一応新聞報道では500の出店があり、そのうち30軒ほどがべったらを商いするという。明治期は500軒のべったら屋とそのほか1500程度は他の出店があったようだ。最近マンションが増え、住民が増えたので土日でもそこそこにぎわうだろう。

 そのあと新宿区歴史博物館へ行く。測量関係のイベントを催していた。常設展示で享和のころに漬物屋が文献としてあった。江戸期の文献で東京地区の漬物業は初めて見た。同業者組合もなく単独のようだ。自給の時代にどのような商いをしていたのだろうか。もう少し文献を探せば江戸時代の江戸で漬物業が成立していたかもしれない。またえびす講もあったようで10月だった。ところが大晦日が12月31日になっていた。江戸時代は旧暦でひと月は30日だった。つまり12月31日は無いこととなる。新暦になったのが明治の初めである。

 江戸時代は晦日には月は出ていなかった。満月の十五夜である。

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