年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

10月30日日経朝刊

2019年10月30日 | 宅老のグチ

2019年10月30日日経朝刊記事で豊洲市場の水産仲卸が移転時より一割ほど減り488となった。青果部仲卸は減りもしなかった。まだまだ当時の食品情報誌で適正な仲卸の数が300台と言われていたので、途上だろう。施設の規模は変わらないが365日対応になるには統合・吸収とかの組織の拡大を図らないと、築地でごまかされた家族経営が豊洲で通用しないことがはっきりする。日本語・時差の問題も組織が大きくなれば対応することもできる。

 また旧築地市場の跡地で豊洲と同じような基準値超えの汚染が多数のところから出たという。事前の汚染予想通りだった。誰も築地の人は話さなかったが知っている人は多かった気がする。すべては終わったことだ。

バブルの時の築地は1300の水産仲卸があった。豊洲が広くなり、混まないと効率が上がり、市場内のスピ-ドが出て、負傷で済む事故が死亡となる。築地でもしばしば救急車が出入りしていた。死者も出た。 

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