透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「あ・うん」向田邦子

2022-05-07 | A 読書日記

 
『あ・うん』向田邦子(文春文庫2006年第4刷) カバーデザイン:中川一政(もう何年も前、柳沢孝彦設計の真鶴町立中川一政美術館を見学した。)

   唯一の長編小説『あ・うん』向田邦子戦前、太平洋戦争間近。製薬会社のサラリーマン水田千吉と実業家・門倉修造。一対の狛犬に喩えられるようなふたりの奇妙な、そう奇妙としか思えない友情。門倉と水田の妻たみとのプラトニック・ラブ。昭和の暮らし、親密なつきあいが描かれる。

仙吉の父親が東京駅で倒れた。**白金三光町のうちにかつぎこまれたときは、もう死相が出ていた。**(113頁)
仙吉の娘のさと子が外出先から帰ってくる。

以下、さと子の感慨。

**初太郎は、ふたりを、「こまいぬ」だと言っていた。
こまいぬさん あ
こまいぬさん うん
阿呍という字も教えてくれた。
初太郎は、門倉がたみを好きなこと、たみもまた門倉を好きなことを知っていた。しかも仙吉がそれを知っていることも、よく知っていた。息子に口を利かなかったように、そのことはひとこともしゃべらずに死んでいった。
おとなは、大事なことは、ひとこともしゃべらないのだ。**(116,7頁)

物語が進んで終盤。**さと子は急に母親が憎らしくなった。自分の夫と門倉を両天秤にかけている。まん中にいて微妙な揺れを楽しんでいるところは弥次郎兵衛じゃないか。
父親もうとましく思えた。親友が自分の妻に夢中なのを知りながら、波風立てずに二十年もつき合ってきたというのは、卑怯なのかずるいのか。(中略)
門倉にも言いたかった。「お母さんのこと本当に好きなら、力ずくでも奪えばいいじゃないの」(後略)**(216頁)

誰もが、このような状況を受け入れ、口にも出さず、日々暮らしている。このことに、さと子は思う。この思いは私の感想の代弁。私だけでなく、多くの読者がこのような感想を抱くのでは。

 これが向田邦子の描いた昭和。


 



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