575の会

名古屋にある575の会という俳句のグループ。
身辺のささやかな呟きなども。

西條八十て、知っていますか。  竹中敬一

2018年01月12日 | Weblog
私が歌謡曲の元祖、西條八十(さいじょうやそ)のテレビ番組を制作してから、
もう30年近く経ったかと思うと、時代を感じます。
その当時ですら、若い世代が知っている西條八十作詞の歌といえば「青い山脈」
くらいのものでした。
しかし、私たちの世代(80歳代)の者にとって、作詞家の名前は知らなくても、
「誰か故郷を想はざる」「旅の夜風」などの歌謡曲を知らない人はいないと
思います。
当時、まだご健在だった西條八十のご長男、八束(やつか) さんのご協力があって
実現したのですが、台本には書ききれなかったエピソードを思い出しながら
記してみます。

西條八束さんは当時、名古屋大学名誉教授教授。父と違って科学の道を歩まれ、
水圏科学研究所々長などを務められました。
何しろ、西條八十作詞による歌謡曲は二千曲もあります。本来、八十はフランス
文学者としてアルチュール・ランボーの研究者として知られている他、詩や童謡
も沢山、手がけています。
歌謡曲の作詞など苦吟することもなく、次から次へ生み出して行ったようです。
八束さんはこんな例を語って下さいました。
「夏の避暑地に行ってホテルで朝ご飯の時に会いますと、"オレはもう今日、
四つ仕事をしたよ"と言うんですね。頼まれている歌謡曲を四つ書いてしまった
ということですね。」朝めし前に四つも作詞できるとは。

"若い血潮の予科練の 七つボタンは桜と錨…"「若鷲の歌」別名「予科練の歌」も
八十の作詞です。この歌が生まれた経緯について八束さんが語って下さいました。
西條八十が、戦時中、軍部から海軍飛行予科練習生を募集するための軍歌を頼まれ
茨城県の霞ヶ浦にある海軍の飛行場を訪れた時、関係者から説明を聞かなくとも、
入り口に貼ってあったポスターを見ただけで、「あゝこれで決まったね」と言って
あの歌詞がすぐ頭に浮かんだそうです。
凛々しい若者が着ている桜と錨のついた七つボタンの制服姿に軍国少年だった私も
どれだけ憧れたことか。母に五つボタンの制服を七つにしてと云つて、叱られた
ことを覚えています。確か、帽子にも桜と錨のマークがあったと記憶しています。

西條八十は戦後、戦意高揚の軍歌を沢山作ったとして、一部の人から非難された
そうです。八束さんもこの件で父を恨んだ事もあったと云つておられました。
しかし、戦時中、軍部の命令に背くことなど誰もできなかったと思います。
西條八十は、戦争が終わった昭和20年まで早稲田大学の教授をしていました。
教え子が次々に戦地へ送られて行く姿を目の当たりにして、きっと心を痛めていた
に違いない。私はそう思い、八束さんの許可を得て、音楽評論家の森一也さんと
一緒に、未整理のままの八十の書庫で、色々、調べさせてもらいました。
紙質も良くない薄っぺらな「蝋人形」と言う雑誌をめくっていたところ、昭和18年
12月号に「学徒出陣におくる」という詩を見つけました。そこには、歌謡曲にはない
教え子を思う深い心情が刻まれていました。

「学徒出陣におくる」(雑誌「蠟人形」より)

昨夜(よべ) 更けて一人送りぬ、
けさもまた、一人訪(おとな)ふ、
教え子は、若き学徒は、
勇みゆく、大(おほ)みいくさに、

胸せまる一期(いちご)の別れ、
かずかずの想ひもあらんに、
忙しき吾を案じて
玄関に、上がりもやらず。

「いつ征(ゆ)く」と問へば、うち笑み、
「ふるさとに明日(あす) は帰りて
いとせめて残る十日を
両親 (ふたおや)に尽くさん」といふ。

いじらしく双手(もろて)握れば、
うつむきて ただ羞 (はずか) しげ、
うるはしや日本男児(やまとおのこ)は
別離(わかれ)さへ、水のごとくに。ー

ふるさとの母校の杜に、
師は、友は、明日よりみつめん、
朝夕の雲の通ひ路、
勲(いさをし)を忘れなそ君。

君去りて、また、ひと時雨(しぐれ)、
老いし師は、侘 (わび) しく胸に
いとほしむ、目に見えぬ糸、
恩愛は生死(しゃうじ)を超えて。

私は番組の中で、あえて、この長い詩をナレーターに読ませました。
あの有名な日本ニュースの学徒出陣のフィルムを入れながら…。
西條八十のご長男、八束さんはこのシーンを見終わって、「これで、
私が父について思っていたもやもやが、晴れた気がしてきました。」
と感謝して頂き、番組の制作者として大変うれしく思ったものです。

写真のジャケットは
「誰か故郷を思はざる」(昭和 15年)
作詞 西條八十 作曲 古賀政男 歌 霧島昇
太平洋戦争の最中に作られたこの歌は内地より外地の前線で愛唱された。

「青い山脈」(昭和 24年)
東宝映画「青い山脈」の主題歌
作詞 西條八十 作曲 服部良一 歌 藤山一郎 奈良光枝

コメント
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