阿智胡地亭のShot日乗

日乗は日記。日々の生活と世間の事象記録や写真や書き物などなんでも。
1942年生まれが江戸川区から。

東日本大震災が起こった翌年の [ 2012年07月29日(日)の阿智胡地亭の非日乗ブログ ] 再掲載

2024年08月29日 | 東日本大震災ブログ
2012年07月29日(日)
 
批判する人と行動する人
 
批判者と行動する者
(2012年7月27日 09:13) 澤上篤人

 いつも思う。 いろいろ批判することに長けている人は一見、すごく理知的である。 いっていることも、的を得ていることが多い。 なにしろ、いま現在の問題点やら病巣を抉り出す切れ味が鋭いから、まさにその通りだと拍手を送りたくなる。

 ただ、そういった人達の意見からは何も生まれないのも事実である。 批判はするものの、ではどうしたら良いのかとなると、たちまち口を閉ざしてしまう。 なにかしゃべっても、当たり障りのないことばかり。

 一方、われわれ長期投資家は常に行動ありきである。 いまの問題などを深く認識した上で、"だったら、こうしよう" とか "こういった方向で問題解決の道を探ってみよう" と、即座に行動だ。 もちろん、行動したからといって問題がすぐ解消されるわけではない。 それでも、ぐちゃぐちゃ言っている暇があったら、一歩でも二歩でも前進だとひたすら行動する。

 その行動は、批判に長けた人達からみれば、これまた格好の批判材料となる。 "あいつ等、あれこれもがいたり苦しんだりしているが、しょせん無駄な努力よ" とせせら笑いながら。

 たしかに、われわれの行動は批判者からすれば、ドンキホーテのように見えよう。 しかし、行動しなければ何も始まらない。 まして、われわれ長期投資家は "良い世の中をつくっていこう" といっているのだから、一歩でも二歩でも前進あるのみだ。 批判者に付き合っている暇はない。

 ひとつ、面白いことがある。 行動するものは、あちこちで躓きながらも知恵を絞ったり工夫を重ねたりする。 こういった勉強は、批判者にとっては絶対にといっていいほど経験できないものだろう。 彼らがいくら知識をひけらかせても、現場でもがき苦しみながら積み上げていく知恵といったものには遠く及ぶまい。

 こういった経験値とか、どんどん工夫を重ねることで鍛えられる地頭といったものは、長期投資家にとって大きな財産となっていく。 要するに、行動して何の損もないということだ。

引用元
 
 
 
絶滅危惧種イヌワシの生息地をオスプレイ(ミサゴ)が飛ぶ
 
オスプレイ、イヌワシ生息地飛行 絶滅危惧種へ影響懸念
2012年7月28日 19時38分 東京新聞(共同通信)

 絶滅危惧種のイヌワシ

米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが訓練で低空飛行を計画しているルートの下には、絶滅危惧種のイヌワシやクマタカ、ライチョウなど希少な鳥の生息地が数多くあることが環境保護団体「日本自然保護協会」の分析で28日、分かった。

 国の天然記念物で個体数が650羽と推定されるイヌワシは、12県で生息地が飛行ルートと重なっており、同協会は「騒音などの影響で、絶滅の危機に一層追いやられてしまう」としている。

 オスプレイ配備に伴う米軍の環境審査報告書で訓練に使うとしているのは沖縄に加え、本州、四国、九州の5ルートと奄美諸島付近の計6ルート。
 
 
中国の子供はいじめをやっている暇がない
 
☆どう読み取るかは読む人次第ですが、例外もある一般論としてはそうだろうなと思いました。

中国でいじめが少ない理由
「正直、他人を構っている時間などない」

一部引用・・ 

では、中国のローカルスクールとは一体どのような雰囲気なのだろうか。いじめは存在するのか、しないのか。

 上海で現地の小学校に通った経験を持つ、日本人中学生のAさんに話を聞くことができた。

「私が日本人であることはみんな知っていますが、いじめを受けたことはありませんでした。正直言って、中国では他人のことを構っている時間などないんです」

中略

 中国の学校の厳しさはすでに読者諸氏もご存じだろう。古代から科挙制度が重んじられた中国は、現代においても学生への要求値が高く、主流は暗記を中心とする詰め込み式の教育だ。

 例えば、上海市内の小学校に通う1年生は、「毎日5科目ほどの宿題が出され、漢詩は教科書丸ごと暗記、時には解釈まで要求されることもある」と言う。帰宅後すぐに取り組んでも、日付が変わる深夜までに終わるかどうかだ。

 小学1年生の宿題ですでにこのボリューム、高学年や中学生ともなれば、その忙殺ぶりは想像に難くない。Aさんの言うように、「特定のターゲットを狙って執拗に追い回す」など、そんな時間すらないのだ。仮に他人への攻撃にうつつを抜かし学習が疎かになれば、親からは「宿題どうなってるの!」、教師からは「宿題忘れた?明日から学校に来なくてもいい!」と、どやされるのが関の山だ。

「でも、いじめは中国でも、あるにはあるんです。日本のように陰湿ではないですが……」とAさんは続ける。

 中国の子どもの世界では、強い子と弱い子がはっきりしていて、子どもの社会でも弱肉強食という構図が存在する。そして、中国でいじめられるタイプをこう分類する。

「1つはガリ勉。2つめはスポーツができない子、そして3つ目は努力しない子です」(Aさん)

「学生の本分は勉強」という不動の原理において、中国では「努力しない子」はさげすみの対象になってしまうというのだ。

 それでも、弱い子は弱い子なりに、サバイバルに必死だ。「強くならないと一生損する」という意識も強い。

全文はこちら
 
 
新しい形のデモ 脱原発抗議行動の行方
 
          上杉隆の東京脱力メールマガジン          

『 新時代デモ 脱原発抗議行動の行方 』       

毎週金曜日に行われている首相官邸前での反原発抗議行動(アジサイ革命)が週ごとに活況を呈している。

デモでもなく、リーダーも存在せず、ツイッターでの呼びかけを主とする自然発生的な抗議行動は前代未聞であるがゆえに、その行く末もまた不明である。

主催者である首都圏反原発連合の幹部も、そのことは重々承知しているようだ。慎重な言葉選びとより練られた方針で、混乱を未然に防いでいる。

これまでのデモであるならば、敵対勢力である警察などとは決定的な対立に至ることもあったが、彼らはそうではない。

たとえば、所轄である警視庁麹町署との話し合いや抗議行動に際しての関係各所への連絡など、友好的な関係を保っている。

13の団体と不特定の個人が緩やかに連帯して発生したこの新しいスタイルの抗議活動は、政府や霞が関にとってはかなりの脅威のようだ。

閣僚(政治的理由により匿名希望)のひとりに聞くと、「どう対応していいのか正直わからない」と本心を吐露し、原発推進派の民主党議員のひとりに聞く
と、「政治家をうまく取り込んでいる。誰が絵を描いているのかわからないが相当手ごわい」と答えた。

また、警備を担当する警視庁の役人のひとりに聞くと、「相手が友好的に来る以上、こちらも友好的にならざるを得ない。絶対に間違いの起きないように細心の注意を払っている」と現場ではうかがい知れない緊張感を伝えてくれた。
 
それは60年代、70年代の安保闘争を経験したある知識人(匿名条件)の次の不安と見事に符合する。

「今の抗議行動のように家族連れや普通の人たちが来て、お祭り会場みたいになっているだけならばいい。怖いのは誰かひとりでも犠牲者が出てしまうことだ。私が当時の安保闘争に参加して国会前で人間の鎖のように腕を組みあうことになったのは、樺美智子が死んだからだ。彼女の死をきっかけに渦巻いていた怒りが爆発し、それまでは一部の学生たちのものだったデモが一気に火がついた。私もそうだが、あれでデモに行き出した者は多かった」

思えば、チュニジアでのジャスミン革命もそうだった。ひとりの青年の死によって、ツイッターやフェイスブックなどのSNSを通じて連帯していた若者たちの怒りが爆発し、ついにはベンアリ大統領による長年の独裁政権を倒すまでに至ったのだ。

私は、日本がそうなるとは思っていないし、またそのようになることも願っていない。

ただ、そうした危険性は常に内包されながら、今日の抗議行動は続き、そしてそれが回数を重ねるごとに膨らんでいることに政府や政治家が鈍感すぎることに危惧を抱いているのだ。

きょう(7月27日)、首都圏反原発連合は自由報道協会で6月以来二回目となる会見を開いた。

彼らはこの新しい「デモ」のスタイルを明確に意識し、それを発展させるよう戦略をもっているようだ。主催者のひとりミサオ・レッドウルフ氏は自由報道協会の会見でこう語った。

「核マル、中核がオルグのためにやってきたり、60年代、70年代の安保闘争の時のように過激な行動を取ろうとする人がいることには正直、戸惑いがあるし、言いたいこともある。『なぜ突入しないのか!』『やり方が甘い』という批判もずっとあるが、それがいいとは思わない」

両腕にタトゥーを入れた彼女の発言は極めてニュートラルだ。そこにイデオロギーに染まった、かつてのような反政府運動のような空気は感じられない。単に、大飯原発の再稼働はおかしいから、その政策を中断してくれと懇願しているにすぎないのだ。

そもそも、抗議行動のあとに警察官にお礼の挨拶をし、ゴミをすべて拾って終了する「デモ」がかつてあっただろうか。

この新しい時代の「デモ」は果たしてどのように帰結するのか、無責任のようではあるが、私は政治的な意味で、その一点に大いに注目している。

首都圏反原発連合は、この日曜日(7月29日)、国会議事堂を包囲する形では平成の時代になって初となる大規模デモを予定している。

紳士的な彼らの行動に、政府はどう応じるのだろうか、そこに野田政権の誠実さが問われている。
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20120728 知られざる放射線研究機関 ABCC/放影研
 

報道特集より。
原爆の悲惨さを訴えて今も読み継がれているマンガ「はだしのゲン」。
放影研の前身であるABCCを描いた場面が出てくる。 「なにもくれず、まるハダカにされ、白い布をかぶせられ、血を抜かれて体をすみずみまで調べられた‥」「アメリカは原爆を落としたあと、放射能で原爆症の病気が出ることがわかっていた‥ わかっていておとしたんじゃのう」「戦争を利用して、わしらを原爆の実験にしやがったのか」はだしのゲン作者の中沢啓治さんは自身も被ばくしている。母が亡くなったとき、ABCCが来て、母親の内蔵をくれと言われたという。ABCCによる被爆者調査の背景を物語る文書がある。
「アメリカにとってきわめて重要な放射線の医学的/生物学的な影響を調査するには、またとない機会だ‥。」1947年、広島でABCCが設立された。 ABCCが当初もっとも重視したのが遺伝的な影響だった。 広島、長崎で生まれた被曝2世、約7万7000人を調査。 担当部長は死産や生まれた日に死んだ赤ちゃんも調べたという。そんな放影研に福島県郡山市から依頼があった。 大久保利晃理事長が市の健康アドバイザーとして招かれたのだ。 しかし実は放影研の調査対象は高線量外部被ばくだけ。 福島でいま起きていることは、これとは異なり、内部被ばくだ。内部被ばくについては、ABCCの時代から調査の対象外としてきた。
だがABCCが一時期、内部被ばくの調査に着手していたことが、取材でわかった。
当時の生物統計部長だったウッドベリー氏は、内部被ばくの原因となった黒い雨の本格的な調査を主張していた。
そして1953年から1年ほど、内部被ばくの予備調査が続いた。 その調査の担当者だった日本人の研究員、玉垣秀也氏は、黒い雨をはじめ、残留放射能の調査を命じられた。
しかし上司は衛生状態の悪化が原因だとして調査を打ち切った。 そしてABCCから放影研に変わったあとも、内部被ばくの調査は再開されなかったという。
 
 
700億を水に流して誰も責任を取らなくて済む仕組みがある
 
Diamond Onlineから引用。

地方自治“”腰砕け“”通信記【第48回】
2012年7月10日 相川俊英

誰も責任をとらず、湯水のように注がれる修復費用
“底抜け”大蘇ダムに振り回される住民たちの失意

山奥に造られた巨大プールの愚・水の貯まらない「底抜けダム」

 まるで山奥に巨大なプールを造るようなものだ。農水省九州農政局は6月18日、水漏れにより利用ができずにいる大蘇ダム(熊本県産山村)を全面補修する案を発表した。

 ダムののり面や底面など地盤全体にコンクリートを吹き付け、水漏れを防ぐという。コンクリートで巨大な器を造り、その中に水を貯めるというものだ。工事費は約100億円にのぼる見込みで、九州農政局ではダム水を利用する地元の自治体にも追加負担を求める方針だという。

 日本は世界に冠たるダム大国で、建設の実績と技術力の高さで他国を圧倒している。しかし、その一方でとんでもない欠陥ダムを生み出していた。代表事例が、水の貯まらない底抜けダムだ。ダム湖の底やのり面から水が漏れ出し、計画通りに貯水できないという欠陥品である。

「まさかそんなバカなことが」と思うだろうが、本当に漫画みたいなダムが日本社会に存在している。それも2つもである。

 熊本県の大蘇ダムと北海道の東郷ダムが、その「底抜けダム」である。いずれも農水省が農業用ダムとして建設したもので、完成後に水漏れが発覚し、水利用ができずにいる。
 
大蘇ダムは、熊本県産山村を流れる大蘇川をせき止めて造られた。農水省九州農政局が「大野川上流農業水利事業」として建設したもので、計画上の有効貯水量は約390万トンとなっていた。

 受益地は大分県と熊本県に広がり、延べ2158ヘクタール。畑作が中心で、受益地の7割以上を大分県竹田市が占める。ハウスでのトマト栽培を手がける農家が中心だった。

 大蘇ダムの堤本体が完成したのは、今から8年前の2004年のこと。工事は基礎掘削時に亀裂が見つかるなど、難航を極め、1979年の事業着手から4半世紀もの時を要した。計画変更は2度に及び、事業費は約595億円と当初(約130億円)の4.6倍にまで膨れ上がった。

 完成が延び延びとなったため、水利用を断念する農家も少なくなかった。待ちくたびれてしまったのである。農業を取り巻く環境が激変したことも影響した。

 それでも、大蘇ダムからの水を熱望する農家が存在し、彼らはひたすら待ち続けた。大分県竹田市のトマト農家などだ。彼らには切迫した事情があった。近くの大谷ダム(熊本県高森町)の水を利用しているが、不安定要因を抱えていたからだ。
ダムの老朽化により水の供給力が減少していたのである。

 もともと年間150万トンだったのが、いまや82万トンと半減している。ダム湖に溜まった土砂による現象である。このため、トマト農家などが荻柏原土地改良区(組合員は約700人)を結成し、大蘇ダムからの水に地域の将来を賭けていた。

ダムの底では信じられないことが
農水省がひた隠しにした欠陥工事
 大蘇ダムの堤がやっと完成し、試験湛水となった。何事もなければ、そのまま供用開始となるはずだったが、ダムの底でとんでもないことが起きていた。

 ダム湖の底やのり面から水が漏れ出し、計画通りに水が貯まらないのである。地盤にいくつもの亀裂が生じていて、まるで底に穴があいたバケツ状態になっていた。前代未聞のあり得ない事態であった。

 九州農政局は当初、水を待ち望む受益農家らに対し、この重大事実を明らかにしなかった。黙ったまま伏せていたのである。しかし、土地改良区の関係者が試験湛水のデータなどが示されないことなどに不審を抱き、水漏れの事実を突き止めた。こうして水漏れダムの存在が初めて、表面化した。

 大蘇ダムは阿蘇カルデラの北東斜面に造られた。周辺一帯はいわゆる火山灰地である。地盤が悪く、地元の人たちは当初から「水を貯めるのは難しいのではないか」と、語り合っていた。そもそもダムを造るような場所ではないと心配していたのである。

 だが、ダム建設の関係者らは「ここにダムが造れれば、世界中のどこにでも造れることになる」と、全く意に介さなかったという。技術力への自信と驕りをみなぎらせていたのである。

質問に怒りの表情さえ見せた関係者
「浸透抑制」という名目で修復に着手
「ちょっと待ってください! 欠陥! 欠陥! と言わないでください」

 顔色を変えて厳しい口調でこちらの話を遮ったのは、九州農政局の担当者。ダム事務所を直撃取材したとき(08年秋)の一幕だ。その時点では、大蘇ダムの水漏れは広く知られてはいなかった。

 彼らは奇妙な言い訳を繰り返した。ダムからの漏水を認めず、「水の想定外の浸透によるもの」と言い張るのだった。水がダムの底や周辺から地中に浸透していくのは、当たり前のこと。それらを全て想定した上で、水を貯めるのに適した場所を選定し、ダムを建設するものではないか。そもそも水が貯まらないところにダムを造ってしまったことが、大きな間違いだったのでは――。

 そんな質問を重ねたところ、彼らは怒りの表情さえ浮かべた。そして、「水漏れ欠陥ダム」という事実を頑として認めず、水の「想定外の浸透だ」と繰り返すのだった。自分たちの過ちを認めず、平然としていた。

 その後、水漏れダムの存在が世間に広く知られるようになり、事業主体の九州農政局に批判の声が寄せられるようになった。国民の多くがとんでもない欠陥品を造った不手際に呆れ返り、憤激したのである。

 さすがにこのままでは「まずい」と考えたのであろう。農水省は漏水の事実を認め、対策工事を行なうことにした。2010年度から3年間かけ、ダムののり面や底面の一部(約3万平方メートル)にコンクリートを厚さ約10センチまで吹き付けるというものだ。要するに、地盤にできている亀裂をコンクリートで塞いでしまおうというアイディア(?)だ。

 補修工事は、その効果を調査する意味合いもあった。それで、まずは地盤全体の10分の1の面積を対象とした。そうは言っても、バケツの底の穴を塞ぐのとはわけが違う。全体の10分の1とはいえ、かかる費用は約8億4000万円と見積もられた。

 この補修工事を九州農政局は「貯水池浸透抑制対策調査工事」と命名した。ダムの水漏れ対策ではなく、「あくまでも『浸透抑制対策』」だというのである。

総事業費は当初の5倍、700億円に膨張
なぜ誰1人として責任を取らないのか
 九州農政局はこうした水漏れ対策を2年ほど続け、「効果あり」と判断したのであろう。大蘇ダムの地盤全体にコンクリートを吹き付け、遮水する案を地元自治体や土地改良区に新たに提示したのである。ダム湖の底とのり面の全体をコンクリートで覆いつくすというのである。補修事業費は100億円規模に達し、完了するまで早くても5年はかかるという。

 大蘇ダムの事業着手は1979年で、当初の計画では事業費は約130億円と見積もられていた。それが約700億円にまで膨れ上がり、その上、実際に水を利用できるまで40年以上も待たされることになる。

 民間企業でこんな仕事をしていたら、間違いなく懲戒解雇ものだ。というより、会社そのものが存続し得ないはずだ。しかし、日本の役所の世界は極めて異質なところである。「水漏れ欠陥ダム」を造った責任を農水省の誰かがとったという話は、聞こえてこない。

 追加負担を求められた地元の大分県や竹田市などが6月30日、対策を話し合う会合を開いた。大蘇ダムの水を待ち続ける竹田市の荻柏原土地改良区の関係者は、「とにかく早く(補修工事を)やってもらいたい」と訴えたが、負担を強いられる自治体側は二つ返事とはいかない。そもそもずさんなダム建設の責任は国(農水省九州農政局)にあるからだ。

 しかし、国(農水省)が全て負担すればよいというものでもない。税金であることに違いはないからだ。欠陥ダムの建設に関わったお役人が誰1人、責任を取らぬまま、血税が投じられるのはどう考えてもおかしい。納税者として到底、納得できない話である。
 
 
 
経産省と文科省は二重、三重の『多重失態』をやったがそれを隠している
 
使われなかったバックアップシステム「PBS」
「SPEEDI」不作動でも避難誘導はできた

一部引用・・・

(1)現地からの情報が途絶してERSS/SPEEDIが正常に作動しなくても、手動で避難方向や範囲を予測することができた。

(2)さらにPBSに蓄積してあるデータベースの放出量情報をSPEEDIに代入して避難方向や範囲を示すことができた。

つまり「二重のフェイルセーフ」がちゃんとあったのに、政策当局者はそれを使えなかったのだ。

 簡潔に結論を言ってしまうと、福島第一原発事故の本質は「あらかじめマニュアルに決めてあったことすら守れなかった」、あるいは「マニュアルに書いてあったことすら忘れていた」に近い。

二重、三重、あるいはそれよりひどい「多重失態」と言えるのではないか。原子力安全・保安院、原子力安全委員会を筆頭に、その責任の所在はなお明らかになっていない。

全文はこちら
 
 
 
日本の現首相の精神の貧困に自分の運命をかけていいのか
【小林よしのり責任編集『わしズム』

《「金儲けだけが現実だ」と本気で思っているのか?
~首相の原発再稼動発言に見る精神の貧困》 上田紀行】


おいおい、いったい何を言っているんだ。本気なのか。発言を聞いて、愕然とした。

野田佳彦首相は10日の講演で、関西電力大飯原発3.4号機(福井県おおい町)を再稼動する意向を表明したことについて「精神論だけでやっていけるのかというと、やはり国民生活、経済への影響を考えて、万が一 ブラックアウト(停電)が起これば、大変な悪影響が出る」と述べ、夏場の電力が不足した場合の国民生活などへの影響を重視したことを強調した。(時事通信)


社会の運営が精神論だけではやっていけないということは当然だ。しかし、安全性の確認されていない原発を稼働することは危険であるという主張は、はたして「精神論」なのだろうか。それは、高度な現実論からの危険性の指摘ではないのか。

東日本大震災による地殻変動によって、地震大国日本はますます大地震のリスクが高まっている。そして大飯原発の敷地内を通る破砕帯と呼ばれる断層が活断層である可能性も指摘された。それに原発は耐えられるのかという疑問は当然だ。

《安全性を確認できない原発を信じることこそ「精神論」》

これまでの原発の「安全神話」が、意図的な情報の隠蔽によって作り上げられた虚構であることも福島原発事故を契機に、一気に明らかなものとなった。原子力安全保安院、原子力安全委員会、電力会社は一体となって、原発が絶対安全であるかのように見せかけてきた。そして、その隠蔽体質はあの未曾有の原発事故の後も続いている。

海外で全電源喪失の事例が起きたことを受けて平成3年に設置された安全委員会の作業部会で、電力会社側は「そこまで考えるのは行きすぎ」などと猛反発。作業部会は平成4年に、対策が不要な理由を文章で作成するよう電力業界側に指示し、東電が作成した文章をほぼ丸写しにした報告書をまとめ、安全指針の改定を見送っていた。この時指針を改定していたならば、福島原発の炉心溶融の大事故は起こっていなかったはずだ。しかし、安全委員会はその事実を原発事故後も隠蔽し続け、その事実が分かったのは今年の6月3日のことだ。さらに電力会社側は、その公開の際メモを黒塗りにすることを求めていた。

事故後もこうした対応を続ける原子力関係者に、原発の運営を任せていいのかという疑問は、まさに現実的なものだ。

しかし野田首相は、それを「精神論」だと言う。何の根拠もなく、「根性でがんばれ!」とか「信じなさい!」とか強要するのなら「精神論」だろう。だが、今回の原発再稼動への疑義のどこが「精神論」なのか。むしろ根拠のない再稼動を安全だと信じなさいという野田首相の方が「精神論」ではないのか。
大飯原発がどのように安全だと主張しているのか。野田首相による再稼動決定の演説から引用しよう。


福島を襲ったような地震・津波が起こっても事故を防止できる対策と体制は整っています。これまでに得られた知見を最大限に生かし、もし万が一すべての電源が失われるような事態においても、炉心溶融に至らないことが確認されています。
これまで一年以上の時間をかけ、IAEAや原子力安全委員会を含め、専門家による40回以上にわたる公開の議論を通じて得られた知見を慎重に慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果であります。


この演説で疑義が氷解し、「原発は安全なのだ」と確信する人はよっぽどのお人好しに違いない。「事故を防止できる対策と体制は整った」のか?新たに原子力の安全を担う「原子力規制委員会」の発足は早くて9月だと言われている。そしてそもそもあの福島原発事故が何によってもたらされたのかの原因調査すらまだ終わっていないのだ。

そしてこの後半の文章はまさに「日本型隠蔽体質」そのものだ。この文章をよく読んで欲しい。いったい誰が、慎重に慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認したのか?一見すると専門家たちが安全性を保証しているようだが、実際にそんなことはない。専門家たちの間でも原発の安全性に疑義を呈する意見が多く、議論はまったく分裂しているのだ。その分裂状況にもかかわらず、「安全性を確認した」というとなれば、野田首相の判断なのだろう(?)が、その責任主体は巧妙に隠されている。

《野田首相にどんな責任が取れるというのか》

誰の判断なのかがわからない文章。「私は安全性を確認しました」と書けば明確なはずだが、そこがぼかされている。「権威ある専門家たちが確認した」との含意を残したい、そして何かが起こったとき「部下の官僚たちが安全性を確認したとの報告を受けた」との含みを残したい。そして官僚や電力会社は、「首相の意に沿ったまでです」と言えるような。

そうした「主体無き暴走」こそが福島原発事故をもたらしたのではなかったか。「空気」だけがあって、主体のない社会。そして、その歴史へのまったくの反省の欠如がこの事態を生みだしているのだ。

野田首相は大飯原発再稼動の「最終責任者は私だ」と言っている。しかし、これだけの情報操作と隠蔽と恫喝の後に引き起こされた福島原発事故の責任を政府部内、電力会社の誰ひとり取っていない現状で、野田首相はいったいどのような責任を取ろうというのだろう。

思い出してみて欲しい。「原発安全神話」が金と権力によって作り上げられた中で、その神話に疑いをはさんだ、「現実論者」がどのような仕打ちを受けてきたのかを。しかし、お前たちの言うことは「絵空事」であり、現実には起こりえないと糾弾、抑圧されてきた人たちの言い続けてきたことが現実に起こったのだ。それにもかかわらず、またしても、「精神論ではやっていけない」と一国の首相が言う。いったい何を現実から学んだというのか。

そこには「金が儲かることだけが現実、それ以外は精神論」という、この数十年日本を支配してきた退落した論理しかない。しかしその「精神の貧しさ」こそが私たちの恥ずべき「現実」を生みだしてきたのではないか。

いいかげんに目を覚ませ。この国が本当の死に至る前に。

~2012年7月27日発売『わしズム』Vol.31より

 
 
 
即時原発ゼロ」を宣言して「緑の党」結成さる 国政へ参加
 
「即時原発ゼロ」宣言 緑の党結成
2012年7月29日 東京新聞

大勢の関係者らが集まって開かれた緑の党結成総会=28日、東京都千代田区で(淡路久喜撮影)

脱原発を掲げ、国政進出を目指す日本版「緑の党」の結成総会が二十八日、都内で開かれた。党の規約、基本政策を正式決定し、来夏の参院選、次期衆院選に向けた選挙準備の方針を決めた。

 党の共同代表には須黒奈緒杉並区議、中山均新潟市議ら四人を選出した。

 須黒氏は「再生可能エネルギーで雇用を生み、即時原発ゼロを目指す」と宣言。

 中山氏は「脱原発を実現する上で信頼できる既成政党はない」と述べ、国政選挙などで脱原発を求める有権者の受け皿を目指す考えを強調した。

 緑の党は参院選で、比例代表五~七人、都市部の選挙区で三~五人、計十人以上の候補者を擁立し、複数の当選を目指す。候補者は予備選挙を行って決める方針で、早ければ十一月ごろ、一次公認候補を発表する。

 また、衆院選が年内に行われると想定。参院選に向けた準備と位置付けて「脱原発」を掲げる市民団体や地域政党と連携し、比例東京ブロックで候補者擁立を検討する。

 政策面では(1)福島第一原発事故を収束させ「原子力ムラ」を解体する(2)開かれた熟議と参加民主主義を経て脱原発を実現する(3)持続可能なエネルギー社会へシフトする-などを柱とする基本政策を決めた。

 また、消費税増税については、現時点での引き上げは否定。どうしても引き上げが必要な場合には、低所得者対策や中小企業対策を前提とする。

 緑の党は環境政策に強い影響力を持つ欧州諸国の「緑の党」をモデルとしている。二十八日の結成総会にはドイツ、オーストラリア、インドの「緑の党」の幹部も出席、連携を確認した。

 緑の党の設立準備を中心になって進めてきた、一般市民や約七十人の地方議員でつくる団体「みどりの未来」は、緑の党の結成をもって解散した。

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