カフェテラス

テラスの片隅で一人心に呟くように

壷阪寺の紅葉 ③

2012年11月15日 | ☆ ふるさと・大和

 

 

壷阪寺で先ず感動するのは、大きな石仏が至る所、いいえ・おわすべき所に、鎮座されていらっしゃることです。

何年かおまいりしないうちに、大なり小なり石彫がまっていてくださるような気がします。

また、これから造営されるかと思われるパーツの大きな石が置いてある場所もありました。まだまだ仏様が増えて私たちを見守ってくれるのでしょうね。

  

大講堂の軒を彩る紅葉は、ことさら華やいでいました。

 

   

仏伝図のレリーフは、巨大な壁面を作って、導かれるようにレリーフの物語に惹かれていきます。

    

紅葉している木は何かしら。木の名前を知らないまま、灯籠の背面があまり美しいのでカメラに・・・ 

  明治の頃、ご本尊の十一面観音様は、殊にに眼病に霊験あらたかな観音様・目の観音様として多くの人の信仰を集めています。

明治の頃失明回復祈願にまつわる、お里澤市の夫婦愛を画いた浄瑠璃、「壷阪情話」が巷に大きな反響を呼び、寺への信仰が広がりました。 

 

   

裏山の深い谷の上にある、お里澤市の像も、浄瑠璃の粗筋を知ると、涙を誘うものです。この谷に飛び降りて亡くなった澤市の後を追って、死を選んだお里ですが、観音様がその夫婦愛を哀れみ慈しみ、二人の命を助け、さらに澤市の開眼をお与えになったという物語は、演歌でも中村美津子さんが台詞入りで熱唱しています。

 

 

 

眺望のいいところに立ちますと、北に開けていますので、奈良盆地を一望することができます。 最後のもみじになるかもしれないここ2~3日の寒さです。もう少しゆっくり秋を楽しませて欲しいものと願いながら、壷阪寺のもみじは閉じることにします。

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壷阪寺の紅葉 ②

2012年11月14日 | ☆ ふるさと・大和

 

  

 昨日の午前中にお参りをしていて良かったと思うほど、今日は北風と冷たい雨が時々降る冬型の典型的な空模様になりました。この穏やかな壺阪山のもみじも、今日の風にとばられはしないかと、山を思いやる1日になりました。

  

 

  

 多宝塔も後ろには紅葉した木が背景となって、色づいています。ここは八角円堂で、お寺の本堂です。ご本尊は十一面観世音菩薩です。

   

天竺渡来の大釈迦如来石像で壷阪大仏と呼ばれています。もみじの紅葉が壷阪大仏様に、優しく触れて秋の装いを知らせているようです。

   

もみじの向こうには、重要文化財の三重の塔が見えます。 

 

       

壷阪寺は昭和40年から、インドでのハンセン病救済活動に参加して、平成元年にはアジア・アフリカ国際奉仕財団を設立して、インド国内各地において、さまざまな国際交流を展開しています。壷阪寺にある多くの石彫文化は、このような日印交流のご縁で招来されたものであると案内の栞に記されています。

 

    

高い位置からの本堂八角円堂。

 

         

壺阪山全体が、お寺の境内となっていますので、山を上り下りして、仏様を身近に感じながら、紅葉を楽しむというありがたい寺域を散策することができました。

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 壷坂寺の紅葉 ①

2012年11月13日 | ☆ ふるさと・大和

 

    

 養護盲老人ホーム慈母園を背景とした境内に、こんな可愛い童子が迎えてくれて、心和み癒される紅葉のお寺でのひと時でした。

  

奈良県高市郡高取町 壺阪山南法華寺 壷坂寺にお参りしました。

壷坂寺は、西国霊場第六番の札所です。 眼病封じの寺、お里沢市の霊蹟としても、知られています。次回に続きます。

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丸窓と浮見堂 ここも好きなスポット

2012年11月08日 | ☆ ふるさと・大和

 

    

鷺池の北側の土手を上がると奈良公園内の「浅茅ケ原」で、写真の「円窓亭」が在り、春日大社の経庫を改造した丸窓亭(鎌倉時代)を巡る付近一帯は、梅樹が多く俗に「丸窓の梅林」、または地名に因み「片岡の梅林」と呼ばれ、奈良公園早春の装いはまずこの辺りの清楚な梅花の香で始まります 。丸窓についてはこのような記述があるのですが、私は訪れる季節が合わないのか、まだこの辺りの梅の花を観たことがありません。年が開けたら梅と出会いに来ましょう。  

 

奈良公園内の鷺池に浮かぶ、六角形の浮見堂です。「浮御堂」という漢字を当てないのは、大正5年に建てられたこの浮見堂は、平成6年に再建されました。創建当時は「浮御堂」と書いていたのですが、神仏と関係ないことから改名して、現在の『浮見堂』となったそうです。

この鷺池は学生時代よくボートに乗って遊びました。とても懐かしいスポットです。

楓の落ち葉が並んでいます。十分紅葉しないままで落葉した楓と、思い切り紅葉した楓が草むらの上に散っていてここにも美しい秋があるなぁと思いながら高畑方面へ向かって歩きました。 

 

   

赤く紅葉した葉は、桜です。落ち葉の鮮やかな赤が綺麗で、カメラに収めました。頭の上を見ますと、このような紅葉した櫻はなくて、殆ど裸木になっていました。

 

 閑静な高畑の通りの先には志賀直哉旧居や、奈良市写真美術館へと続いています。美術館には行く予定でしたが、正倉院展の御物の鑑賞に、集中して頭の中の美術の空場所がなくなってしまったようで、駐車場のあるここで終止符を打つことにしました。

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 興福寺

2012年11月07日 | ☆ ふるさと・大和

 

 

興福寺の五重塔(国宝)は天平2年(730年)、光明皇后の発願で創建された塔ですが、現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建によるものです。 高さ50.1メートルで、木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目に高いそうです。 東寺の五重塔は電車の中から見たり、車で京都に行く時には、東寺のところで右折するのが常なので、一度お参りしたいと、記事を書きながら思っています。 

 北円堂の赤い建て看板が一緒に映っていますので看板の立て間違いのように思いますが、これは 今北円堂を開園していることの案内板です。

  

 その北円堂です。

北円堂(国宝)は養老5年(721年)、藤原不比等の一周忌に際し、元明上皇、元正天皇の両女帝が長屋王に命じて創建させたもの。現在の建物は承元2年(1208年)頃の再建で、興福寺に現存している建物の中では最も古い建物だそうです。前に一度開かれていた時にお参りすることができましたが、日ごろは一般公開されていません。 

 

 

 南円堂(重文)は弘仁4年(813年)、藤原北家の藤原冬嗣が父・内麻呂追善のため創建した八角堂。現在の建物は寛政元年(1789年)の再建です。  南円堂は西国三十三箇所の九番札所として参詣人が絶えないのですが、堂の扉は常時閉ざされており、開扉は10月17日の大般若経転読会という行事の日のみということです。  

  

  

五重塔の前には、中金堂平成再建工事が行われています。平成30年落慶予定と書かれているのを見て、友達と、それまで元気でいられるといいねと、(本とはもっと悲観的な会話だったのですが・・・)このように訪れるたび境内が少しずつ復元されていくのを見る楽しみを持つことができます。  

 

 

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