(“バグダッド解放”(Artist: Sandow Birk )と題されたイラスト アメリカが期待したのはこうした光景だったのでしょうが、現実は・・・ “flickr”より By spcoon
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イラクには現在、15万人の米軍が計400基地に駐留していますが、その法的根拠になる国連決議が今年末に期限切れとなります。
その国連決議にかわり、米軍のイラク駐留継続の法的根拠となるいわゆる地位協定が、米軍のイラクからの完全撤退の期限を「11年末まで」と定めたかたちで、27日ようやくイラク国民議会で承認されました。
***イラク国会、米軍駐留協定案を承認*****
イラク国民議会は27日、米軍のイラクからの完全撤退の期限を「11年末まで」と定めたイラク米軍駐留協定案を、賛成多数で承認した。オバマ米次期大統領も早期撤退を公約に掲げており、治安情勢の改善をにらみつつ撤退が進むことになりそうだ。イラク大統領評議会(正副大統領3人で構成)の最終承認を経て、来年1月1日に発効する。
採決には国民議会(275議席)の198人が出席し、149人が賛成した。
地方選挙と総選挙を来年に控えるシーア派のマリキ首相は、協定により「米軍をイラクから追い出した強い指導者」とのイメージを打ち出しながら、国民融和にもつなげたい狙いがあったとみられ、超党派の圧倒的多数の賛成による承認を目指していた。
これに対し、少数派のスンニ派は、当初採決が予定されていた26日、協定案に賛成する条件として(1)来年7月30日に協定の是非を問う国民投票を実施(2)米軍に拘束されているイラク人収容者の釈放(3)スンニ派部族らでつくる自警組織「覚醒(かくせい)評議会」メンバーのイラク治安部隊への編入――などを要求した。
この調整のため、採決は27日に持ち越され、マリキ氏らシーア派与党連合(UIC)やクルド人勢力がスンニ派に妥協する形でこれらの要求に応じたが、米国の同意が不可欠など、要求事項の実現性には疑問符がついたままで、今後に火種を残している。
一方、シーア派のサドル師派は「米軍の即時全面撤退」を主張して協定案に最後まで反対した。承認を訴えるマリキ氏に対しても「イラク国民を米国に売り渡すようなものだ」と対決姿勢を強めている。来年1月末の地方選挙を前に、一貫した「反米」姿勢を貫き、民衆からの支持を高める狙いもあるとみられる。
最近になってサドル師派は「協定成立で米軍の占領が続くなら、攻撃を再開する」と宣言。地方選挙を前に、治安が再び悪化する懸念も強まっている。 【11月28日 朝日】
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【マリキ政権 粘り腰の交渉】
先ず、完全撤退の期限を「11年末まで」と明示することには当初アメリカは抵抗していましたが、結局、記事にもあるようなマリキ首相の思惑もあって、アメリカ側が譲歩したかたちとなっています。
イラク・マリキ首相は“国連決議の期限切れ”を背景にアメリカ側との交渉に“粘り腰”で臨み、撤退期限の規定以外にも、米軍の軍用車をイラク側が調べる権限、非番の米兵・民間軍事会社社員らによる犯罪を調査する特別委員会の設置、米軍による家宅捜索にはイラク当局の許可が必要など、一定の譲歩をアメリカ側から引き出すことに成功しました。
また、シーア派政党アッダワ党の党首でもあるマリキ首相は、シーア派住民に絶大な影響力を有する、シーア派最高権威のシスタニ師の元に側近を派遣し、「議会が承認するならば協定には反対しない」との意向を取り付け、シーア派住民の反発を招かないように布石を打っています。
そして、この“議会の総意”を明らかにするため、議会内各派への説得工作を進めてきました。
“ハキム師が指導するシーア派最大組織、イラク・イスラム最高評議会(SIIC)は、関係の深いイランが協定に反対していたため、ぎりぎりまで態度を保留。ただ反対姿勢を表明した場合には「イランの手先」とみられてしまうジレンマも抱え、「イラクを近隣諸国攻撃の出撃基地としない」と明記されたことを受けて最後に賛成に転じた。”【11月18日 毎日】
シーア派の対米強硬派であるサドル師派は「占領者である米国との協定などもってのほか」との立場ですから交渉の余地はありません。
最後までもつれたのがスンニ派会派「イラクの調和」との交渉。
冒頭記事にあるような“協定の是非を問う国民投票を実施”などの条件を首相に迫りました。
マリキ政権側は「年内実施は無理」として難色を示していましたが、暫定的に協定を発効させた上で、国民投票を来年行う案で妥協したようです。
【国民投票に向けて】
結果的に“198人が出席し、149人が賛成”という“議会の総意”を実現しました。
しかし、今後に残した問題もあります。
“協定の是非を問う国民投票を実施”などの条件についてのアメリカがどう反応するのか?
ただ、国民投票については、イラク政府の実施することですから、イラク政府が強行するならアメリカとしては見守るしかないところでしょう。
マリキ政権は、圧倒的多数の賛成によっての承認という“議会の総意”を得たことで、勝算あっての条件了承のようですが・・・。
もし、国民投票で否決されたら、イラク側の協定破棄の通告から1年以内が米軍の撤退期限となるそうです。
もし、国民投票で承認されたら、アメリカにとっては国連決議以上のこの上ない駐留根拠となります。
なにしろイラク国民の総意ですから。
(それで、戦争開始自体やイラク国民の戦争による被害が正当化される訳でもありませんが)
ただ、オバマ次期大統領は、「11年末まで」より早い、16カ月以内の段階的イラク駐留米軍撤退を公約としています。
米軍の早期撤退については、アメリカ側からも、イラク側からも危ぶむ声も出ています。
対米強硬派であるサドル師派の今後の動向も注目されますが、最近イラクでは車に仕掛けられた爆弾による暗殺事件が増加しているそうです。
“駐留米軍によると、今春には週2回程度の発生だったが、今や週5回に増えた。標的の多くは治安機関や政府機関の職員で、中級幹部や一般職員にも広がっている。職員が乗る通勤バスも狙われる。”【11月28日 毎日】
スンニ派の反抗なのか、シーア派民兵組織か、背後関係が解明されないまま、憶測が乱れ飛び、市民の間で新たな暗殺の恐怖と不安が増す・・・といった状況だとか。
****「撤退」へ高まる不安****
オバマ氏に再考を求める声がイラク政府内から上がり始めている。ジャシム国防相は22日の記者会見で海軍整備の遅れに言及し、暗に11年末までの米軍駐留を求めた。空軍も陸軍もまだ独り立ちできる状態にない。
ブッシュ米政権は03年、対テロ戦争の名の下にサダム・フセイン政権を倒したが、それは新たに権力を握ったシーア派と少数派のスンニ派の宗派間抗争、イラク人同士の殺し合いにつながった。抗争は、米軍によるスンニ派懐柔策などのため一時よりやや下火になっているが、米軍の撤退を機に再燃することが懸念されている。
地元紙アルムアタマルのアイヤド・ダラジ記者は「米軍が去ればシーア派指導者はスンニ派の摘発を強化するのではないか」と危惧する。さらに「イラクには古くから『復讐(ふくしゅう)の文化』がある。対テロ戦を通じ、その種は至る所にまかれてしまった」と嘆いた。【11月28日 毎日 高橋宗男】
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オバマ次期大統領は選挙期間中の7月段階で、イラク駐留米軍の撤退政策に関して「細かな面で調整」する可能性があると記者会見で表明、その後の2度目の記者会見で「自身のスタンスは1年以上変わっていない」と強調して、政策見直しを否定する一幕もありました。
実際に“撤退”となると、いろんな“調整”が入ることは想定されます。
もちろん国民投票までに、アフガニスタンで頻発しているような民間人誤爆事件とか、昨年9月に起きた米民間警備会社ブラックウォーターの事件などのようなことが起きると、国民投票の結果も変わってきます。
そもそも、国民投票に限らず地方選挙や総選挙も同じですが、故郷から離れて暮らす大量の国外・国内難民を抱えた現状で、広く民意を集約する公正な選挙が可能なのでしょうか?
“米軍には出て行ってもらいたい”という思いと、“米軍に出て行かれると不安だ”という思いが交錯する微妙なイラク情勢です。