孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド・パキスタン  ムンバイ・テロ事件で関係悪化 苦悩するパキスタン

2008-11-30 16:48:53 | 国際情勢

(炎上するインド民族自決の象徴タージマハルホテル “flickr”より By Stuti ~ Picture courtesy : NDTV INDIA.
http://www.flickr.com/photos/theblackcanvas/3062423828/)

【ラシュカレトイバ、その背後にISIか?】
インド西部ムンバイで起きた同時多発テロ事件は29日午前、インド特殊部隊などによる制圧作戦により、発生から約60時間ぶりに終結しました。死者は195人、負傷者は約300人に達しています。
インド当局による犯人特定と背後関係解明のための捜査が行われていますが、インド側が犯人グループの背後にいるとして非難するパキスタンとの関係悪化が懸念されています。

シン首相は27日、事件を非難する声明を発表、「襲撃犯らが国外を拠点としていることは明らかだ」、「こうした武装集団に自国内の領地を提供する『隣国』政府に対し、適切な措置をとらなければ、相応の代償を払うことになる」と警告しています。
シン首相は、「隣国」を名指しすることは避けましたが、インド政府はこれまでにも、インド国内で事件を起こすイスラム系武装グループの活動を支援しているとして、パキスタンをくり返し非難しています。

更に、インド・ムカジー外相は28日、ニューデリー訪問中のパキスタン・クレシ外相と電話で会談、パキスタンを拠点とするテロ組織による関与が明白だとして抗議し、「こうした遺憾な事態があると、両国関係の前進は不可能になる」と、印パ和平プロセスの停滞を警告しています。
パキスタン・クレシ外相は会談後、「インド政府は(パキスタン関与を断定する前に)もっと考慮すべきだ。非難合戦に陥るのは避けよう」と反論しています。【11月29日 読売】

“29日付の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は米情報当局者やテロ対策担当者の話として、カシミール地方に拠点を置くイスラム過激派の「ラシュカレトイバ」か「ジェイシモハメド」の犯行であることを示す証拠が多数、見つかっていると伝えた。ただし、当局者らは、パキスタン政府自体が犯行に関与した証拠はないとしているという。インド情報当局者は同紙に、グループが国外の携帯電話を使い、外国から通話を受けていたと証言した。
また、同日付の米紙ワシントン・ポスト(電子版)は、拘束した犯人の一人がラシュカレトイバのメンバーで、この組織に訓練を受けたと供述したと報じた。” 【11月30日 産経】
また、多くの報道が、犯行グループが入念な準備を行い、高度に訓練されていたとのインド当局の判断を伝えています。

犯行グループではないかと報じられているラシュカレトイバは、1989年にパキスタン三軍統合情報部(ISI)の肝いりで創設、カシミール地方の分離独立を目指し武装闘争を展開した組織です。
アルカーイダとの関係も深いと言われています。

インド・シン首相らインド側が問題にしているのは事件とパキスタンISIの関与であり、今年7月アフガニスタン・カブールで起きたインド大使館前の自爆テロ(インド人外交官ら60人が犠牲)など、これまでも多くの事件にISIが関与してきているとの疑念を持っています。

【テロが続くインド社会】
インドでは昨年11月に、北部ウッタルプラデシュ州の3都市の裁判所前で連続爆破テロがあり十数人が死亡。
今年に入ってもテロが続き、5月に西部ジャイプールで約60人、7月に西部アーメダバードで約50人、9月には首都ニューデリーで21人が死亡しています。
いずれのテロでも声明を出したのが「インディアン・ムジャヒディン(IM)」でした。
7月のアーメダバードのテロ事件で警察が逮捕した容疑者19人は、全員がインド人で、警察は、イスラム教徒の組織「インド学生イスラム運動(SIMI)」の強硬派がIMと名乗って計画、実行したとしており、パキスタン側の関与は裏付けられていません。【9月14日 朝日】

こうした「テロの国産化」はインド当局・社会に大きな衝撃を与えました。
ヒンズー教徒のカースト社会の更に下層に置かれたイスラム社会の不満が、イラク戦争などを「西側社会によるイスラム支配」と非難する見方と結びついて、テロとして噴出してきたものと考えられています。
今回のテロは今のところ、パキスタンによる犯行という従来のパターンで捉えられていますが、国内協力者の存在も考慮されています。
また、この事件が今後の国内過激グループに与える影響も懸念されます。

【ISI長官派遣を撤回】
パキスタン側は当然事件への関与を強く否定していますが、今回の襲撃に関与したとしてインドがパキスタンを非難した後、パキスタンのギラニ首相とザルダリ大統領は個別にシン首相と協議し、インド側に対し捜査協力を申し出ました。
インド・シン首相は28日のパキスタン・ギラニ首相との電話会談で、関与が疑われているISI長官をインドに派遣するよう要請しました。
ギラニ首相はこのISI長官派遣を一旦了承しましたが、その数時間後に「長官の代理を訪印させる」との声明を発表し、合意を事実上取り消しました。

“ISIは「国家内の国家」と呼ばれるほど強大な権限を持ち、政府の統制も及びにくい。歴史的な印パ対立の中で、対印工作を主任務とし、インド側はたびたびイスラム過激派やテロ事件とのかかわりを非難してきた。ISIにとって長官訪印は「敵の本陣」に大将を送り込むようなもので、それが政府に勝手に決められたことに、激しい拒否反応を示した可能性が強い。”【11月29日 毎日】

パキスタン政府筋が今月23日、ISIの政治部門を廃止すると語ったことが報じられていましたが、今回の朝令暮改ぶりを見ると、政府によるISI・国軍のコントロールは難しいようにも思えます。
インド側も不信感を募らせています。

【印パ関係悪化でイスラム過激派対策は?】
パキスタン政府は29日、緊急閣議を招集して事件への対応を協議していますが、インド・パキスタン双方の非難応酬がエスカレートしつつあります。
パキスタン軍高官が「部隊をインド国境に移動させる」と発言したとも報じられています。【11月30日 共同】
一方、 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は29日に、「パキスタン政府の対応が遅れれば、インド軍がパキスタン国内にある武装勢力の拠点を攻撃する可能性もある」と報道しています。【11月30日 産経】

インド、パキスタンともに核保有国です。
近年改善されつつあった両国の関係悪化は、世界の平和に対する大きな脅威となります。
両国間の軍事行動にまでは発展しないにしても、パキスタン側が対インド戦略に今まで以上にシフトすることは、アフガニスタンでの戦況のカギを握るパキスタン北西辺境州でのイスラム過激派への政府・軍の対応を相対的に弱めることにもなります。

このあたりはアメリカも懸念するところで、ライス長官は27日、パキスタンのザルダリ大統領と電話会談し、インドとの関係悪化の可能性についてパキスタン側の考えをただしたと報じられています。

パキスタン西部クエッタでは27日、北西部の部族地域に対して行われたアフガニスタン駐留米軍の越境空爆に抗議するイスラム教徒のデモが行われています。
また、パキスタン北西部アフガニスタン国境の部族地域を拠点とするタリバンのHakeemullah司令官は26日、アフガニスタンに駐留するNATO軍や米軍に対する攻撃を強化し、部族地域を経由した補給路を断つと明言しています。

【IMF支援に合意したパキスタン経済】
国内治安の悪化・世界的金融危機のなかでパキスタン経済も悪化を続けています。
パキスタン政府は11月15日に、IMFから76億ドル(約7400億円)の緊急融資を受けることで合意したと発表。ギラニ首相は16日、「IMFの支援はよい統治と経済の改善に役立つだろう」と歓迎しています。

“だが国内では、IMFが財政改善のために補助金の削減や増税などの「苦い薬」を政府に求めることへの懸念が広がっている。政府はIMFからの融資条件を明らかにしていないが、地元メディアによると、農業部門や不動産への増税、所得税の徴税強化などを要求されているという。
 農業団体はさっそく「新たな税金は農業部門を完全に破壊する」と反発。8月に連立政権から離脱したイスラム教徒連盟シャリフ派も「物価高騰に苦しむ貧困層が増税などで重荷を背負うことになる」と政府を牽制した。
 経済危機はすでに、市民の生活に多大な影響を与えている。日用品の価格は昨年に比べて軒並み1.5~2倍となり、電力やガスなど公共料金も値上げが相次いだ。
 市民からも政府やIMFへの不信の声が相次ぐ。イスラマバードの市場で衣料品店を営むアルシャッドさん(45)は「IMFが厳しい条件を課せば、物価がさらに上がるとみんな思っている。政府は救われるかもしれないが、我々は救われない」と話した。”【11月20日 朝日】

【核保有国の危険な対立】
北西部のアフガニスタン国境隣接地域へのアメリカの越境攻撃で住民とアメリカの板ばさみになり、タリバンは攻勢を強め、政府は国軍を有効にコントロールできず、経済はIMF支援を必要とするほど悪化し、更にインドと今回の事件で対立激化・・・なんとも困難な状況です。
もっとも、このようなパキスタンの置かれた困難な状況は以前から周知のところで、個人的には、ザルダリ大統領が敢えてこの国の大統領に手を上げたことが不思議に思われたぐらいです。

今回事件の世界への影響は、こうした印パ関係悪化だけでなく、インド社会の不安定さを改めて印象づけ、中国・インド・ロシアといった国内体制に問題の多い新興国に経済的・政治的に頼るところが大きくなった世界秩序の危うさをも感じさせた点がありますが、その件はまた別の機会で。
とにもかくにも、ふたつの核保有国が一触即発の状態になることだけは避けてもらわないと・・・とりあえず今はそれだけです。

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