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(7月1日 イラク議会議場で議員らを迎えるマリキ首相(中央) この重要な時期にもかかわらず、議会は各派の足の引っ張り合いに終始し、結局何も決められずに休会ということでした。 【7月2日 WSJ】)
【世界で最も奇妙な軍事同盟】
イラクとシリアで勢力を拡大するイスラム過激派組織イラク・レバント・イスラム国(ISIL)は6月29日、イスラム法(シャリア)に基づく新国家「イスラム国(IS)」の建国を一方的に宣言。
その指導者アブバクル・バグダディ容疑者は7月1日、「国家主義や民主主義といった幻想を打ち砕く」との声明を発表し、既存の国家に敵対する姿勢を強調しています。
戦況は一進一退のようですが、常識的にはこうした過激派組織の統治が長続きするとは思えません。
****イラクに広がる戦火の行方****
・・・もっとも、イラクがそうした絶望的な事態に陥る可能性は低い。ISISの長期的な展望があまりに暗いからだ。
その背景には、まずアメリカの動きがある。オバマ政権はイラクに再度介入することには気乗り薄だが、バグダッドがISISの手に落ちることは看過できない。米軍の軍事顧問は既にイラク入りを開始し、米軍はイラクのISIS支配地域上空で1日に最高35回の偵察飛行を行っている。
米情報当局は、ISISがアメリカに直ちに脅威を及ぼすとは考えていないものの、イラクが国際テロ組織の避難所になることはアメリカにとって望ましくない。イラクにおける米軍の10年近い活動が水泡に帰すとなればなおさらだ。
米軍が派遣した顧問は、イラク軍がISISの動きを察知し先手を打てるよう監視役を果たす。米政府は場合によってはISISに標的を絞った空爆もあり得ると述べており、その場合は無人機が使用されるだろう。
イランの支援はそれ以上に決定的な意味を持ちそうだ。イラク北部でのISISの勢力拡大はイランにとって最大級の脅威だ。国境の向こうでスンニ派の過激な一派が台頭すれば、シーア派の聖地が破壊されかねないばかりか、自国の安定を揺さぶる要因を目と鼻の先に抱え込むことにもなる。
そのためイランもアメリカと同様、イラク上空に無人偵察機を飛ばし、イラク軍に大量の兵器を供与している。報道によれば、イラン軍の輸送機が1日に2回イラクに飛び、兵器と爆薬140トンを届けているという。
イランの革命防衛隊の精鋭部隊クッズ部隊の兵十干数名が軍事顧問としてイラクに派遣されたほか、イランはISISの通信を傍受するチームも設置した。加えてイラン軍の10個師団が国境地帯に集結。戦況いかんでISIS攻撃に加わるとみられる。
一方、シリアも自国との国境に近いイラク領内にあるISISの拠点に空爆を行いマリキはこれに歓迎の意を表した。アサド政権の狙いは国内の反政府勢力の一角を成すISISをたたき、ISISの支配下に入った国境地帯を奪還することだろう。
ISISはモスルのトルコ総領事館を襲撃し、トルコ人の館員とその家族を拉致した。そのため北西部の国境を接するトルコのエルドアン政権も敵に回したことになる。
スンニ派であれば誰でも肩入れするサウジアラビアもISISには背を向けている。南西部の国境を越えて国内に混乱が波及することを恐れるサウド家にとって、ISISは迷惑な存在でしかない。
期せずして、ISISが世界で最も奇妙な軍事同盟をつくり出した。アメリカ、イラン、シリア、トルコ、サウジアラビアが共通の敵の存在を認め即座に対抗措置を取ることなど、国際政治の常識では考えられない。
敵が多いだけではない。ISISの政治的、経済的、軍事的方針を見ても、長期の存続は難しいだろう。ISISは10万平方キロ以上に及ぶ地域を推定1万人の戦闘員で支配しようとしている。占領地を長期的に守るにはあまりに手薄だ。統治など到底不可能だろう。
2度目の好機をつぶすな
ISISの支配下にある住民の一部は政府軍の撤退に歓喜した。だが、彼らもいずれはISISの恐怖支配に不満を募らせるだろう。
ISISは、自分たちが制圧した地域の人々を市民ではなく、脅し、だまし、盗む相手と見なす。
国際赤十字の報告によると、1月にISISが占領した中部のファルージヤでは、食料、水、医薬品の不足が深刻だ。イラク北部の多くの地域が同様の状況に陥り、地元の人々の反発が高まれば、ISISの長期支配は一層困難になる。
外部の支援に頼れず、地元の住民にも支持されず、四面楚歌に陥ったISISは長くは持つまい。アメリカとイランの直接的・間接的支援を受けて、イラク軍とシリア軍が攻撃すれば、ISISの壊滅は時間の問題だ。
ただし、決着までには多大な血の代償が払われることになる。
スンニ派とシーア派の住民の対立がエスカレートすれば、イラクの混乱は一層手が付けられなくなるだろう。ISISはそうした事態を狙っており、そこに存続の望みを懸けている。
だが、その場合でもISISが望むイスラム国家の建設は実現できず、ISISはイラクの崩壊を待たずに自滅するはずだ。
国家としてのイラクはこの危 堕機を乗り越えても、今まで以上に深い傷を負い、崩壊寸前まで追い込まれるだろう。イラク戦争の最盛期以降のどの時期にも増して、今この国の統合は危うくなり、シーア派、スンニ派、クルド人の3つの地域に空中分解しそうな形勢だ。
しかし、分裂すると決まったわけではない。マリキは最初の国家建設のチャンスをふいにした。ISISが敗れれば、彼、あるいはその後継者にはもう一度チャンスが与えられる。彼らがそれを無駄にしないことを祈りたい。
3度目のチャンスは、おそらくないだろうから【7月8日号 Newsweek日本版】
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【「ISの存在が誇張されて、事実がゆがめられている」】
上記記事は「イスラム国(IS)」が生み出した“世界で最も奇妙な軍事同盟”という外的要因を挙げていますが、「イスラム国(IS)」内部を見ても、ISの存在は誇張されすぎており、その力は限定的であるとの指摘もあります。
****「イスラム国」、派内に反発 イラク・スンニ派 幹部「シーア派敵視は違う」****
イスラム国家の樹立を宣言し、「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」から「イスラム国(IS)」と改名したスンニ派の過激組織について、イラク北・中部のスンニ派勢力から「民意ともイスラムの教えとも異なる」と反発の声が上がっている。クルド人地区のアルビルに逃れている複数の指導者らが取材に語った。
北・中部では、スンニ派地域にあるイラク第2の都市モスルやその南のティクリートを武装勢力が陥落させ、首都バグダッドに迫っている。これまで、モスルを陥落させたのはISだと言われてきた。
だが、現地のスンニ派部族がつくる「革命的部族委員会」幹部のアブドルラザク・シャンマリ氏は「今回の戦いは、スンニ派を抑圧するシーア派主導のマリキ政権に対して、スンニ派部族と民衆が立ち上がった民衆革命だ。ISは軍事的にも、反乱勢力の一部に過ぎない」と語り、武装勢力は必ずしもISが主導していない、との見方を示した。
ISが支配地域を急拡大させているように見えることについても、「それぞれの都市や町で、地元のスンニ派部族が政権軍に反乱を起こしている。インターネットを使ったISの巧みな宣伝と、『テロとの戦い』を強調したいマリキ政権の宣伝によって、ISの存在が誇張されて、事実がゆがめられている」と話した。(中略)
スンニ派武装組織「ジェイシュ・イスラム(イスラム軍)」幹部のイブラヒム・シャンマリ氏は「スンニ派部族とは連携しているが、ISとの連絡や協力は一切ない」と語る。同じイスラム系の武装勢力だが、「われわれはスンニ派地域の防衛が目的で、シーア派の権利も尊重する。シーア派を敵視し、攻撃するISとは異なる」と語った。
ISは6月末にシリアからイラクにまたがるという反シーア派・反欧米の「イスラム国家」を宣言。指導者のアブバクル・バグダディ師の映像を5日、インターネット動画サイトで配信した。同師は自らを開祖ムハンマドの後継者を意味する「カリフ」だと主張し、服従を呼びかけた。だが、地元勢力は否定的だ。
スンニ派宗教者が集まる「イスラム宗教者委員会」は声明で、「イスラム法の正当性はない」と批判し、宣言の撤回を求めた。「今のような状況で国の設立を宣言することは、民意を分裂させ、利益はない」とする。
■宗派間内戦の恐れも
それでは、IS以外のスンニ派勢力が目指しているものは、何なのか。
共通するのは、マリキ首相の辞任だ。最終的には、現在のクルド地域政府のような自治が認められた「スンニ派地域政府」を目標としているという。(中略)
これらのスンニ派勢力はマリキ首相が辞任すれば、話し合いによる解決で、シーア派と権限を分け合う政治体制を求める意向だという。
しかし、ISが主導する武装勢力がバグダッドに侵攻する事態になれば、ISとシーア派の民兵がそれぞれの宗派の民間人を攻撃し、宗派間の内戦に突入する可能性もある。内戦を避けて、政治的解決を図る時間は限られている。【7月6日 朝日】
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【続投に改めて意欲を示すマリキ首相】
「イスラム国(IS)」の基盤はそれほど固いものではなく、いずれ崩壊すると思われるものの、シーア派、スンニ派、クルド人の3つの地域への空中分解を阻止できるかは難しい情勢です。特にマリキ続投では・・・・。
****イラク:マリキ首相続投に意欲、連立交渉さらに難航****
イスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」の侵攻が続くイラクで、シーア派のマリキ首相が4日、続投に改めて意欲を示した。
「シーア派偏重」と首相を批判するスンニ派や少数民族クルド人の反発は必至で、次期政権の連立交渉はさらに難航しそうだ。
挙国一致体制の樹立が遠のき、米国が早期に本格的な軍事支援に踏み切る可能性も低下。イラク情勢は混迷の一途をたどっている。
「退陣はテロリストに弱みを見せるだけだ」。マリキ首相は4日の声明でこう主張し、留任に強い意欲を見せた。国内外で高まる退陣論に対しても「混乱に乗じて権力を握ろうとする勢力の陰謀だ」と反発した。
3日には政敵であるスンニ派のナジャフィ連邦議会前議長が、次期議長に立候補しないと表明。引き換えに首相の退陣を促したが、マリキ氏は改めて首相の座に固執する姿勢を示した。
首相が強気なのは、自身の党派が4月の連邦議会選挙(定数328)で最多の92議席を獲得したからだ。憲法の規定では、首相は原則として最大会派から選ばれる。
イラクメディアによると、次期政権の連立協議ではマリキ氏の側近を首相に擁立する妥協案も出ているが、調整は難航している。
マリキ氏は強硬姿勢を貫くことで、混乱収拾を急ぎたい反マリキ派を揺さぶり、首相留任につなげたい思惑があるとみられる。
ただ連立交渉が長引き、マリキ体制が続いた場合、戦況を好転させるのは難しいとみられる。
ロイター通信によると、米軍制服組トップのデンプシー統合参謀本部議長は3日、「イラク軍単独で占領地域を奪還するのは困難」との見通しを示した。
「イスラム国」に協力するスンニ派部族などは、マリキ氏に強く反発しており、政府側に取り込むのは困難だ。米国も「挙国一致体制の確立」を強く求めており、マリキ首相が居座るうちは本格的な軍事支援には乗り出さない可能性が高い。
混乱収拾の見通しがつかない中、マリキ氏の命運の鍵を握りそうなのが、後ろ盾であるシーア派国家イランだ。
イランは、シーア派を敵視するイスラム国の勢力拡大を警戒しており、政治指導者間の仲裁に乗り出す可能性がある。またイランが別のシーア派指導者の首相擁立を模索しているとの報道もある。【7月5日 毎日】
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シーア派内部での主導権争いも顕在化しています。
****イラクシーア派 内紛顕在化 政府軍と衝突、統治の揺らぎ拍車****
イスラム教スンニ派過激組織とシーア派主導の政府側との戦闘が続くイラクで、シーア派同士の争いが顕在化し始めている。
ロイター通信などによると、1日から2日にかけ、中部のシーア派聖地カルバラで、シーア派聖職者サルヒ師を支持する民兵と、政府の治安部隊が衝突し45人が死亡した。シーア派内の分裂は、イラク統治の揺らぎに拍車をかけている。
イラクでは、6月にスンニ派過激組織「イスラム国」が国内で攻勢を拡大させて以降、シーア派最高権威のシスタニ師が国民から志願兵を募ったり、スンニ派やクルドを含む各政治勢力に団結を呼びかける声明を相次いで発表。これに対しサルヒ師は最近、ネット上で反対を表明した。
シスタニ師派との関係が緊張する中、サルヒ師派民兵は1日、カルバラ市内の道路を封鎖、治安部隊がサルヒ師逮捕に乗り出して戦闘となった。同師は、戦闘中に自宅から逃れたという。
サルヒ師は、シーア派の隣国イランでとられている政治体制「ベラーヤテ・ファギーフ(イスラム法学者の統治)」をイラクで実現することを目指しているとされる一方、イランからの政治的影響力の排除を主張。イラン生まれで同国と近い関係にあるシスタニ師には以前から批判的で、過去にも双方の民兵が衝突する事件などが起きていた。
イラクでは先月、イスラム国が「カリフ制国家」樹立を宣言したほか、北部クルド自治政府も独立に向けた住民投票を実施すると表明し、国の枠組みが大きく揺らいだ状態にある。
こうした時期にサルヒ師が、多くのシーア派信徒から尊敬を集めるシスタニ師の権威に公然と挑戦する行動に出たのは、混乱の中で自身の影響力を拡大させる狙いがあるためだ。
一方でシーア派内では、過度な自宗派優先と強権的な政権運営がイスラム国台頭を招いたと批判されるマリキ首相に退陣を迫る動きが広がっている。
ただ、後任選びはシーア派勢力同士の主導権争いなどから難航も予想されており、早期に足並みをそろえられるかは不透明だ。【7月5日 産経】
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イラク政権においてマリキ首相が身を引く形で「挙国一致体制の確立」がなされない限りは、「イスラム国(IS)」も存続するのでしょう。そして3地域分割が固定化していきます。
もちろん議会内は「挙国一致体制の確立」というよりは、各派が互いの足を引っ張り合う状況で、「挙国一致体制の確立」なんてできるのか?という感はありますが。
クルド人勢力などは、このままマリキ政権が混乱を続け、「イスラム国(IS)」が存続した方が自治政府の独立への道が開ける・・・という思惑でしょう。
スンニ派勢力も自派の影響力拡大のために、この混乱を最大限に利用したいところでしょう。
イランとアメリカが協調して政治介入しないかぎり道は開けそうにありません。
そのためには、核開発問題とシリアをなんとかしないと・・・という話にもなりますが、なかなか・・・。