(本文中にあるような外国人を狙ったテロがもし実行されると、すでに青息吐息のエジプト観光業にとって大打撃となり、経済再建も遠のき、政権基盤も揺らぎます。 “flickr”より By Blue Sky Travel https://www.flickr.com/photos/blueskytravelegypt/8544969000/)
【民主化よりも「秩序の回復」を最優先課題に そうしたなかで進む旧体制回帰・強権支配】
エジプトのムバラク元大統領が2011年の民衆蜂起でデモ参加者が死亡したことの責任を問われていた裁判で、同国の裁判所は2014年11月29日、公訴を棄却する判決を下し、事実上の無罪判決となりました。
ムバラク元大統領は汚職の罪でも無罪となりましたが、別の公金横領の罪で3年の禁錮刑を受けており、引き続き拘束されていました。
その公金横領(大統領府の維持管理費から10万エジプト・ポンド(約16億5000万円)を超える公金を横領したとするもの)についても、今年1月、一審の有罪判決が取り消され、再審が命じられています。
****<エジプト>ムバラク氏保釈へ 係争中全事件で有罪取り消し****
エジプト破棄院(最高裁に相当)は13日、大統領在任時に宮殿の改築費を着服した罪に問われたムバラク元大統領(86)について、1審の有罪判決を取り消し、裁判のやり直しを決定した。
ムバラク氏は係争中の全ての事件で有罪が取り消され、未決勾留や非常事態令に基づく自宅軟禁の期限も過ぎたため、保釈される見通しとなった。
ただムバラク氏は高齢のため、健康に不安を抱えている。中東の衛星テレビ局アルアラビーヤによると、現在滞在しているカイロ郊外の軍病院にとどまる見込みだという。
ムバラク氏は2011年の革命で失脚し、革命時のデモ隊殺害への関与や汚職などの罪で起訴された。デモ隊殺害事件では昨年11月のやり直し裁判で事実上の無罪判決を受けたが、検察当局が上訴した。【1月13日 毎日】
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“(反政権デモ隊殺害について)無罪判決が出たことについて、シシ政権下で軍や警察など守旧派の復権が顕著になっていることと関連づける見方が強い。大統領府は30日の声明で「憲法は司法の独立を明記しており、判決にはコメントしない」と述べた。”【2014年12月1日 毎日】
とは言うものの、やはり現在のシシ政権の旧体制への回帰を示すものでしょう。
“革命の成果”を否定するようなムバラク元大統領の事実上の無罪判決には、当然ながら反発も起きました。
“ムバラク元大統領(86)が事実上の「無罪」となったことに反発する若者ら千人超が11月29日夜、首都カイロ中心部で抗議デモを行って治安部隊と衝突し、保健省によると2人が死亡、15人が負傷した。”
ただ、“国民の多くが混乱の長期化は望んでいないことや、政権が強引な取り締まりを進めていることから、反政府運動が拡大するかは定かでない”【2014年11月30日 産経】というなかで、それ以上の混乱は報じられていませんので、おおむねシシ政権側が抑え込んでいる状況のようです。
****通報・密告で拘束 エジプト強まる強権体質「言論の不自由」****
軍出身のシーシー大統領の下で旧体制への回帰が進むエジプトで、政府に批判的だとの疑いを持たれた人物が市民の通報や密告によって拘束される事件が相次いでいる。
イスラム原理主義組織ムスリム同胞団などの批判勢力を取り締まる中で強権体質を強めている政府に迎合する社会の“空気”が「言論の不自由」を助長している格好だ。
2014年暮れの首都カイロの地下鉄内で談笑していた男女3人が、当局に拘束された。報道によると、そのうち2人は親戚に会うためにカイロを訪れていたエジプト系英国人の兄妹で、もうひとりはそのいとこ。乗り合わせた乗客が、「英語でテロについて話したり政府批判をしている」と通報したことが拘束の理由だった。
11月には、仏紙ルモンドの編集幹部と地元の女性記者2人がカイロ市内のカフェでエジプトの政治状況について話していたところを居合わせた客が警察に通報、3人が一時拘束される騒ぎも起きた。通報した客は、「お前たちはエジプトを破壊しようとしている!」と3人をなじったという。
なぜ、このように感情的な反応が生まれるのか。
エジプトでは2013年夏、軍クーデターによってムスリム同胞団主導のモルシー政権が崩壊。その後は、同胞団デモ隊と治安当局との衝突で多数の死者が出たことや、当局が批判勢力への強引な取り締まりを進めていることについて、外国メディアから強い批判を受けた経緯がある。
その一方でエジプトでは、国内の混乱や国力低下は「民主化」を求める外部勢力の陰謀が働いているためだと考える傾向が強く、政府や政府系メディアの中には、国内の不満をそらすために外国メディアの報道ぶりをやり玉にあげることも多い。
特に現在のシーシー政権は、民主化よりも「秩序の回復」を最優先課題に掲げ、それに批判的な市民の言動には神経をとがらせている。市民にも政府見解の影響を強く受けている人が目立つ。
こうした事情を背景とした“事件”は、ほかにもある。
14年11月には、全体主義国家の恐怖を描いたジョージ・オーウェルの近未来小説『1984』を所持していたという学生が逮捕されたと報じられた。ここ数年は、民主化活動家が市民の襲撃を受けるといったケースも相次いだ。
11年の民衆デモによるムバラク政権崩壊後、エジプトでは治安が大きく悪化し、経済も落ち込んだ。その後、14年に強い指導力を期待する国民の声を受けてシーシー氏が大統領に就任し、治安は改善に向かっているが、一方で社会の雰囲気は息苦しさも増した。
カイロ・アメリカン大学のサイード・サーデク教授(社会学)は「多くのエジプト人は、(政府に批判的な勢力への)憎悪を煽るメディアの影響を受けている。この傾向は、社会や経済が安定を取り戻すまで続くだろう」と語った。【1月12日 産経】
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ムバラク政権崩壊につながった2011年の民衆デモから4年となった1月25日には、首都カイロや北部アレクサンドリアで現シシ政権に対する抗議デモが発生し、ロイター通信によると、治安部隊との衝突などで少なくとも17人が死亡しています。
これについても、大勢に大きな影響はないと見られています。
“カイロでデモを行ったのは、13年夏のクーデターで倒れたイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」主導の旧モルシー政権を支持した勢力や、現政権とモルシー派の双方に批判的な民主化勢力など数百~数千人程度で、政権側に大きな動揺はないとみられる。”【1月26日 産経】
【反政府勢力弾圧の司法判断 「近年の歴史で前代未聞」(国連)】
シシ政権の反政府勢力への姿勢は、極めて厳しいものとなっています。
****13年の警察署襲撃で183人の死刑確定、エジプト****
2013年8月にエジプトの首都カイロ近郊の村で警察署が襲撃され、警察官13人が死亡した事件の裁判で2日、183人に対して言い渡されていた死刑判決が確定した。
2013年8月14日にカイロ近郊のケルダサ村で起きた警察署襲撃事件に関与した罪で、12月に188人に死刑判決が言い渡されたが、エジプトの死刑判決に必要なイスラム教の最高権威ムフティー(イスラム法学者)の承認を得て、2日に183人の刑が確定した。
また2人は無罪になり、1人には禁錮10年が言い渡され、2人は死亡していたことが判明し起訴が取り下げられた。
この事件が起きたのと同じ日には、カイロでムハンマド・モルシ前大統領支持派の大規模なデモ拠点を治安部隊が強制排除し、衝突によって少なくとも数百人が死亡した。
13年7月3日にモルシ氏が軍によって解任されて以降、抗議行動に対する警察の弾圧によって少なくとも1400人のモルシ氏支持者が死亡し、さらに数百人に死刑判決が言い渡されている。【2月2日 AFP】
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百人単位でまとめて死刑判決・・・・個々の者についての罪状の検討は全くなされていないようです。
ムフティーの承認の段階で、多少の配慮がなされるのでは・・・とも思っていましたが、それも殆どありませんでした。
死刑判決の出ている数百人を実際に処刑するつもりでしょうか?
アメリカ・オバマ大統領もシシ政権のこうした強硬姿勢に懸念を表明していますが、あまり影響を及ぼしていないようです。
****エジプト人権状況に懸念表明=シシ大統領と電話―米大統領****
オバマ米大統領は18日、エジプトのシシ大統領と電話で会談し、同国の裁判所がイスラム組織ムスリム同胞団出身のモルシ前大統領支持者ら1000人以上に死刑判決を下した事実や、記者の投獄など改善されない人権状況への懸念を表明した。ホワイトハウスが発表した。
オバマ氏は、シシ政権が政治、経済、社会の分野で国民の強い願望に応えるよう要請。その上で、両国の戦略的パートナーシップの継続を約束し、対テロ戦や地域の安全保障問題で協力することの重要性を強調した。【2014年12月19日 時事】
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シシ政権に徹底弾圧されているムスリム同胞団は、“イスラム穏健派”と称されていますが、弾圧のなかで過激化する兆しも見えます。
****エジプトのムスリム同胞団系グループ、「外国人は出て行け。退去しないと攻撃」と脅迫****
エジプトのイスラム原理主義組織ムスリム同胞団の衛星テレビ局「ラバアTV」は「革命懲罰団」を名乗るグループの声明として、エジプト在住の外国人に対し、2011年のデモでムバラク元大統領が退陣してから4年となる2月11日までに国外へ退去しなければ、攻撃対象になると警告した。
また、エジプトで活動する外国企業に2月20日までの操業停止、各国外交団に2月末までの退去を突き付けた。声明は1月29日付。
外国人をテロ対象にすると恫喝(どうかつ)することで投資意欲を鈍らせ、同胞団と敵対するシーシー現政権に経済的な打撃を与える狙いもあるとみられる。
「革命懲罰団」を名乗るグループの規模など詳細は不明だが、地元メディアは、同胞団を通じて声明を発表していることから、このグループを同胞団の傘下組織とみなしている。【1月31日 産経】
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シシ政権の強硬姿勢は、ムスリム同胞団だけでなく、世俗派反政府活動家にも及んでいます。
先述のように、ムバラク元大統領は事実上の無罪となりましたが、一方で、反ムバラク蜂起に参加した反政府活動家は終身刑が言い渡されています。
****反ムバラク活動家230人に終身刑、エジプト****
エジプトの裁判所は4日、同国で長期にわたり軍政を敷いていたホスニ・ムバラク元大統領に対する2011年の大衆蜂起に参加した世俗派活動家230人に対し、終身刑を言い渡した。司法当局者が明らかにした。
終身刑が言い渡された中には、大衆蜂起を率いた活動家アハメド・ドゥマ(Ahmed Douma)被告も含まれる。また、これとは別に未成年者39人が禁錮10年を言い渡された。被告らは上訴できる。
エジプト政府はこのところ、アブデルファタフ・サイード・シシ現大統領の監督の下、反政権派に対する締め付けを続けている。
今回の判決は、非イスラム主義者の活動家に言い渡されたものの中では最も厳しいものとなった。
一連の裁判では、ムバラク元大統領の後継のムハンマド・モルシ前大統領を支持していたイスラム主義者ら数百人が死刑判決を言い渡された。国連は、こうした状況を「近年の歴史で前代未聞」と形容している。
匿名を条件に取材に応じた司法当局者によると、4日の公判では、被告269人全員が、2011年12月の首都カイロのタハリール広場付近での治安部隊との衝突に参加したとして有罪判決を受けた。【2月5日 AFP】
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【シシ人気に陰り?】
一番知りたいのは、こうした強硬姿勢を続けるシシ政権を国民がどのように見ているか・・・ということですが、強権支配のもとでは、仮に不満があったとしてもなかなか表には出てきません。
一応は、“アラブの春”による混乱を嫌気した国民は、シシ政権による安定を歓迎している・・・という話にはなっていますが。
ただ、経済状況が改善しないことへの不満から、シシ政権の人気に陰りが出ているという指摘もあります。
****エジプト情勢(シーシの人気低下?)****
エジプトでは、シーシ大統領がテロ活動に対処するために新たな権限を求めていることに対して、各地で反対のデモ行進がありました。
これはal jazeera net の報じるところで、それ自体は特に不思議なことではないと思いますが、問題はエジプトの情勢に対しては基本的に中立と思われ,これまでも余りエジプトの国内情勢について報道してこなかった印象のあるal qods al arabi netが、政府支持の報道関係者が呼びかけた大統領への新権限付与を要求する集会に殆ど参加者がなかったと報じていることです。
記事によると、この支持デモは政府系の報道者が、100万人集会と号して、タハリール広場をはじめ、国内の主要広場で行うことを呼びかけたが、参加者は殆どなく、カイロでは abdel munaim riyadh広場で50人程度が「同胞団に死を」などと呼びかけただけであったとのことです。
100万人と50人と言うのは余りに落差が大きすぎますが、記事はその理由として、基本的には経済状況で、シーシが政権を握ってから経済は何ら好転しなく、又適切な政策も提示できていないことから、国民のシーシに対する人気が極端に低下しているとコメントしています。
またシーシが政権を握り、テロ対策の権限を認められた直後に、同胞団員を1000名規模で殺害したがその後もエジプト各地でテロが横行していることもあるとしています
(私がいつも見ているアラビア語のメディアでは、他にこの問題に関する報道はなく、どの程度事実であるのかは不明ですが、仮に事実とすれば、ムルシ-前大統領の没落もその大きな要因が経済無策にあったことを考えると、不気味な感じがするのは私だけでしょうか?
尤も、ムルシ―にしてもシ―シにしても、現在のエジプト経済を短期的に立て直すことは至難の技で、それをもって大統領の責任を問うのは如何なものか、という気もします(やはりテロを絶滅し、外国人投資家、観光客をとり戻さないと、エジプト経済の再生はないと思う)が、シーシの場合サウディという財布がついていて、最大気の協力を惜しまないはずですので、病根は深いのでしょう。【2月7日 野口雅昭氏 「中東の窓」http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/】
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中東・エジプト情勢に詳しい野口雅昭氏にしても“?”付きの段階ですから、実情は私にはわかりません。
ただ、野口氏も指摘されているように、政権が変わったことで即時の経済的改善を期待する国民の側にも、民主的な政治への無理解があるように思えます。
反ムスリム同胞団の立場からエジプト・シシ政権を支えてきたサウジアラビアについては、アブドラ前国王死去に伴うサルマン新国王(79)即位によって、人事の刷新も行われています。
独自色を打ち出す一連の人事では、エジプトとのパイプ役だった王室の重鎮も排除されたとされており、“エジプトでの報道などによると、シーシー大統領は1月、悪天候を理由にアブドラ前国王の葬儀初日に参列せず、アブダビも政府高官からなる弔問団を派遣するにとどめた。エジプト、UAE両国とサウジとの間にすきま風が吹き始めているとみる専門家は少なくない。”【2月6日 産経】との見方もあります。
サウジアラビアとの関係が疎遠になれば、エジプト経済にとってはますます問題が大きくなります。