(「ボコ・ハラム」活動地域 【1月25日 時事】)
【「6年間(鎮圧)できなかったことを、彼ら(治安当局)は6週間ではできない」】
ナイジェリアでは今月14日に大統領選をはじめとする複数の選挙が予定されていましたが、イスラム過激派「ボコ・ハラム」の攻撃の影響で来月28日に延期されています。
****<ナイジェリア>大統領選を3月に延期 ボコ・ハラム掃討へ****
イスラム過激派ボコ・ハラムの勢力拡大による治安悪化を理由に、西アフリカ・ナイジェリアの選挙管理委員会は7日、今月14日に実施予定の大統領選と議会選を3月28日に延期すると発表した。
これについて、形勢を危ぶむ与党側からの圧力に選管が屈したとの見方が野党側から出ており、今後与野党支持者の対立がさらに強まる可能性がある。
「民主主義の大きな後退だ」。最大野党「全進歩会議(APC)」の最高幹部は選管の延期決定を声明でそう批判した。ケリー米国務長官は延期決定について声明で「深い失望」を表明した。
選管のジェガ委員長は7日の会見で延期決定の背景として、ボコ・ハラム掃討に「少なくとも6週間」必要とする当局の見方を明らかにした。
ボコ・ハラムは2009年以降、テロ攻撃を繰り返しており、ロイター通信によると、APCの大統領候補で、現職ジョナサン大統領との一騎打ちの公算が大きいブハリ元最高軍事評議会議長は「6年間(鎮圧)できなかったことを、彼ら(治安当局)は6週間ではできない」と皮肉った。
ボコ・ハラムは昨年4月、北東部チボクの女子校から約270人の女子を拉致。国際社会に衝撃を与え、ナイジェリア政府による救出やボコ・ハラム鎮圧への期待が高まったが、事態は好転していない。
ボコ・ハラムは同8月には支配地域でのイスラム国家樹立も宣言して制圧地を拡大し、国家の分断化を進めている。さらには隣国カメルーンなどへの攻撃も強めている。
「ジョナサン氏対ブハリ氏」の大統領選の構図は前回(11年)と同様だが、ボコ・ハラムへの対応への批判や政府内の汚職への不満が強まっており、最近では両氏の支持率が拮抗(きっこう)している。
ジョナサン氏は南部出身のキリスト教徒で、ブハリ氏は北部のイスラム教徒。支持者の対立が地域・宗教間対立に発展する懸念も指摘される。前回選の直後には北部を中心にブハリ氏支持者らが暴徒化するなどして、約800人の死者が出た。【2月9日 毎日】
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変更された投票日までに「ボコ・ハラムの全拠点を排除する」(ナイジェリアのサンボ・ダスキ国家安全保障顧問)ですが、現在のところは「ボコ・ハラム」の襲撃・テロは治まる兆しが見えません。むしろ、大統領選挙に圧力をかけるように頻発しています。
****ナイジェリア北東部で自爆相次ぐ、38人死亡****
ナイジェリア北東部で17日、自爆攻撃が2件相次いで発生し、合わせて少なくとも38人が死亡した。同域では前日にも、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム(Boko Haram)」が町を襲撃したばかりで、選挙を約6週間後に控えて暴力行為が頻発している。
最初の攻撃はボルノ州で、同日午後1時(日本時間同9時)ごろ発生。ビウの町から4キロ離れた検問所で、1台のオート三輪に乗った3人が爆発物を起爆させた。
匿名を条件に取材に応じたビウの病院関係者によると、この自爆攻撃で36人が死亡、20人が負傷した。「犠牲者の大半が、いつも検問所に群がって行商や物乞いをしていた子どもたちだった」という。
州都マイドゥグリ(Maiduguri)から180キロ離れた町ビウは、町制圧を狙うボコ・ハラムの襲撃を繰り返し受けてきたが、軍の部隊や地元の自警団がこれを撃退してきた。
2件目の攻撃はその4時間後、ボルノ州と隣接するヨベ州の経済中心地ポティスクムで発生。同国北部で人気のレストランチェーンの1店舗で、男が自爆した。警察と医療関係者の話によると、店長と給仕係の2人が死亡、店員と客合わせて13人が重傷を負ったという。
またボルノ州では前日16日の夜、ボコ・ハラムが昨年4月に女子生徒200人以上を拉致したチボクから南に25キロ離れたアスキラウバを武装集団が襲撃。
地元住民によると、民家や公共施設が焼き討ちに遭い、数百人が避難を強いられたという。近くの町に逃れた住民の一人は、チボクに駐屯していた兵士らがアスキラウバへの出動を拒否したと話している。(後略)【2月18日 AFP】
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南部・キリスト教徒を支持基盤とするジョナサン大統領は、これまで北部・イスラム教徒地域で活動する「ボコ・ハラム」への対策に熱意がなかったとも言われていますが、さすがに国内外の批判が高まるなかで、延期期間中に軍事的に得点を稼いで大統領選挙を乗り切ろうという思惑ではないかとも言われています。
***ボコ・ハラム掃討を保身に使う大統領****
ナイジェリア北東部を拠点にするイスラム過激派ボコ・ハラムに対し、チャド、ニジェールなど周辺諸国が攻勢を強めている。アフリカ連合(AU)は今月上旬、8750人規模の多国籍部隊の派遣を決めた。
しかし当のナイジェリアでは、ジョナサン大統領への不満が噴出。ボコ・ハラムとの対決を怠っている、保身のためにテロとの戦いを利用しているとの声が聞こえてくる。(中略)
だが大統領選で劣勢に立たされているジョナサンが、軍事侵攻で人気を上げようとしていると反ジョナサン派は批判する。
ジョナサンはここ数力月、ボコ・ハラム問題にきちんと取り組んでいないと言われてきたが、彼が及び腰なのは政治的にメリットがないから。
ボコ・ハラムが支配する北東部には天然資源がほとんどなく、住人の大半はイスラム教徒で、大統領選ではブハリ元最高軍事評議会議長を支持するとみられている(ジョナサンはキリスト教徒)。
ブハリは83年の軍事クーデターから85年まで、軍政トップとしてこの国を率いた。ボコ・ハラムに強い態度で臨んでくれそうな人物として期待を集めている。ナイジェリアの選挙では昔から現職が有利だが、今回はブハリが差を縮めており、勝利する可能性も出てきた。
ジョナサン政権はボコ・ハラムヘ攻撃を仕掛けて、権力の座を守ることに懸けているようだ。
しかしこれまでナイジェリア軍がボコ・ハラムに大きな勝利を収めていないことを考えれば、見通しは明るくない。【2月24日号 Newsweek日本版】
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【装備・士気で問題があるナイジェリア軍】
しかし、「ボコ・ハラム」に立ち向かうべきナイジェリア軍は、装備でも劣り、士気も低いと言われています。
前出【2月18日 AFP】でも、“駐屯していた兵士らがアスキラウバへの出動を拒否した”とのことです。
****ナイジェリア軍の不満***
市民からだけでなく、ボコ・ハラムに直接的に対峙しなければならないナイジェリア軍からも、政府への批判が出ています。
2014年10月9日、ナイジェリア軍の参謀長は「ボコ・ハラムはISILと同じくらい危険だが、みんなシリアに向かっている」と述べました。これは米国主導の有志連合が「イスラム国」/ISILに関心を集中させることへの不満ですが、それは裏返せばナイジェリア軍だけでは手が足りないことを示唆するものです。
大陸最大の産油国であるナイジェリアは、アフリカ全体のGDPの約15パーセントを握る、南アフリカに次ぐ地域大国です。また、1990年代に西アフリカ各国で内戦が相次いだ際、その軍事力をもってそれらの鎮圧に少なからず貢献してきました。ナイジェリアが西アフリカの「長兄」(big brother)を自認することは、故のないことではありません。
しかし、そのナイジェリア軍の参謀長が体面抜きに窮状を吐露し、「外国の支援不足」を公の場で述べることは、外国政府だけでなく、ナイジェリア政府に対する批判をも暗に含むとみられます。
2014年12月、武器の不足を理由にボコ・ハラム掃討作戦への参加を拒絶した兵士54人に、軍事法廷は「反乱罪」により死刑判決を下しました。
各地の駐屯地などを襲撃するなかで、ボコ・ハラムは携帯式ロケット弾など破壊力の高い兵器を手に入れ、武装を強化しています。これに対して、末端兵士からは「武器の不足」への不満が噴出しているのです。【2月7日 六辻彰二氏 フォーサイト「大統領選挙を前に過激化するボコ・ハラム:掃討が困難な背景」】
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【欧米は人権問題もあり冷淡 チャドなど周辺国のローカル対応で】
ジョナサン大統領はアメリカの支援を求めています。
“ジョナサン大統領は、「米国はISIS(イスラム国の別称)と戦っているのに、なぜナイジェリアには来てくれないのだ」と主張し、「米国はナイジェリアの友人だ。ナイジェリアに問題があれば、米国が来て助けてくれることを期待している」と話した。”【2月15日 AFP】
しかし、米国防総省のジョン・カービー報道官は記者会見で、現在のところ米軍はナイジェリア国内で活動しておらず、ナイジェリアに米軍を派遣する計画もないと述べています。
アメリカのつれない反応の裏には、ナイジェリア軍の人権意識に対する深い懸念があります。
****ナイジェリアと欧米諸国の隙間風****
・・・・米国政府がナイジェリアへの武器輸出を認めない背景には、「ナイジェリア軍にはコブラなどハイテク兵器の維持・管理はおろか使用もできない」という懸念だけでなく、ナイジェリアの人権状況があるとみられます。
ナイジェリア国内では、もともとボコ・ハラムの一件とは別に、政府に批判的な市民に対する弾圧が珍しくありません。
さらに、武器・弾薬が十分でないままボコ・ハラムに対峙することを求められるなか、軍隊の士気と規律の低下も指摘されています。
そのなかで、ナイジェリア軍によって「敵」とみなされた人間に対する扱いが非人道的という批判を受けることも、稀ではありません。
2014年8月、アムネスティ・インターナショナルは、ナイジェリア軍や政府を支持する民兵組織が行っている、ボコ・ハラムやその支持者に対する「裁判を経ない処刑」が、「戦争犯罪」にあたると批判しました。
米国は人権状況に問題がある国の軍隊に武器を提供することを、国内法で禁じています。
対テロ戦争が始まって以来、テロ対策と人権尊重は常に二律背反する課題としてあり、グアンタナモ基地での拷問や、パキスタンなどでの無人機攻撃など、米国も常に人権尊重を優先させているとはいえませんが、少なくとも駐ナイジェリア米国大使は「ナイジェリア政府はハイテク兵器の輸入より、末端の兵員が訴える弾薬不足の解消など、もっと基本的な事柄に力をいれるべきだ」と主張しており、米国の対ナイジェリア武器禁輸の意思は固いものとみられます。【2月7日 六辻彰二氏 フォーサイト「大統領選挙を前に過激化するボコ・ハラム:掃討が困難な背景」】
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アメリカをはじめ欧米諸国が総じて武器提供に消極的な状況のなか、ナイジェリア政府は闇市場から武器を調達しようとしているとも伝えられています。
一方で「ボコ・ハラム」はナイジェリア北部だけでなく、隣接するカメルーンやニジェール、更に2月13日にはチャドにも襲撃を拡大しています。
****ボコ・ハラム、チャド初侵攻 攻撃激化、周辺国は危機感****
ナイジェリア北東部でテロや誘拐を続けるイスラム過激派「ボコ・ハラム」が、周辺国への攻撃を激化させ始めた。13日にはチャドに初侵攻。カメルーンやニジェールにも頻繁に攻撃を繰り返しており、周辺国は危機感を強めている。
AFP通信などによると、ボコ・ハラムは13日、チャド湖を渡ってチャド西部の村などを襲撃。住民ら5人を殺害した後、チャド軍に撃退された。8日にはカメルーン北部で20人乗りのバスを襲撃。ニジェールでは6日以降、国境近くの町が攻撃を受けた。【2月15日 朝日】
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こうした事態に、アフリカ連合(AU)は1月30日、周辺5か国(ナイジェリア、チャド、カメルーン、ニジェール、ベナン)の軍で構成する計7500人の部隊の結成を呼びかけています。
これに先行し、カメルーン政府の支援要請に応じ、軍事的評価が高いチャドが1月中旬から軍の部隊をカメルーンに派遣して「ボコ・ハラム」掃討にあたっています。
チャド軍は2月3日には、ナイジェリア領内でも活動を行っています。
“「チャド軍は合意に基づき、テロリスト対策の全体計画に合わせて動いている」とのナイジェリア国防省報道官のコメントを報じており、チャド軍侵攻についてナイジェリア側は了承済みとみられる。”【2月4日 毎日】
多くを期待できないナイジェリアだけには任せておけない・・・というところでしょう。
カメルーン軍、ニジェール軍も「ボコ・ハラム」の襲撃に応戦しています。
“アフリカ内部の紛争はアフリカ内部で解決する”というのがアフリカ各国の基本方針ですので、チャド軍の行動、AUの呼びかけは、その基本線に沿うものではあります。
【問われるべきジョナサン大統領の責任】
とは言うものの、3月28日の大統領選挙までに大きな成果を出せるかは不透明です。
何より、「ボコ・ハラム」をここまで大きくしたナイジェリア・ジョナサン大統領の対応については、問われるべきものがあります。
アフリカ大陸最大の1億7,000万以上の人口を抱えるナイジェリアは、南アフリカを凌ぐ経済規模を誇り、石油収入にも恵まれています。
しかし、国民の約80パーセントの人口がいまだに1日2ドル未満の所得水準にあり、北部・イスラム教徒には政府から見捨てられたという思いも強くあります。
そうした政治への不満が「ボコ・ハラム」拡大の温床となっています。
巨額の石油収入は、軍の装備にも回されず、貧困解消にも使われず、いったいどこに消えたのか?