孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

「イスラム国」が刺激するシリア・イラク・トルコなどにおけるポスト「イスラム国」のクルド人問題

2015-02-01 23:14:03 | 中東情勢

(クルド人女性兵士 クルドでは女性も銃を持って戦います “flickr”より By KurdZagrosKurdistan https://www.flickr.com/photos/72360147@N06/16361130886/in/photolist-qZiiXY-qYB22c-qTfd6P-qGirBp-qWSsQP-q2hBkn-qFBUWz-qVMdb9-qXZDid-qFDxBV-qVMcqw-qFBU1r-qFDxwe-qXVrsg-q2hC9g-qFDx2B-q258DA-qY5kJt-qFBSH6-qFDweK-qVMb1Y-qXVo3a-qXVnEB-qVM8wj-qFDtLP-qY5hXX-qXVnte-q255fw-qXZwmh-qFvH87-q252vy-qVM5cy-q252qJ-qFBLPx-qFvGTu-qFDqgH-q2hvbD-qXVj1n-q2hv3x-q2ht9x-qXVh9M-qFuvzC-q24Ys9-q24Ypo-qFDnqc-q24Yhj-qVM1Jm-qXXXUA-qXTLbH-q23skN)

独自の国家を持たない世界最大の民族集団
イスラム過激派「イスラム国」による日本人人質事件は最悪の結果となり残念です。
犠牲になられたお二人のご冥福をお祈りします。

今は世界中に害毒と憎悪をまき散らしている「イスラム国」ですが、身の丈以上の急拡大もあって、すでに内部離反や拠点の失地などの退潮の兆しも報じられています。

カリフ制だ、シャリーアによる統治だとは言っても、世界中から寄せ集めた人員で急ごしらえした暴力による恐怖支配ですから、その崩壊も早く、2~3年後には“砂上の楼閣”に終わるものと思われます。

シリア・イラク、そしてトルコというこの地域には、もっと深く地域に根差した問題があります。クルド人の問題です。

このブログでもたびたび取り上げているように、クルド人は、トルコ・イラク北部・シリア・イラン北西部等、中東の各国に広くまたがる形で分布し、人口は2500万~3000万人で、「独自の国家を持たない世界最大の民族集団」と言われています。

約400~600万人が暮らすとされるイラクでは、すでに北部地域に自治政府を持ち、中央政府とは油田地帯キルクークの帰属問題や、石油収入の配分問題などでときに対立を深めながら、最終的には独立を目指しています。

内戦が続くシリアでは人口の1割にあたる200万人前後が暮らすとされ、アサド政権と反政府勢力の抗争から少し距離を置く形で、独自の地位の強化を図ってきました。

トルコには人口の2割近い1500万人ものクルド人がおり、クルド人武装組織「クルド労働者党(PKK)」が長くトルコ政府と抗争を続けてきました。

2013年には停戦合意がなされて、国外退去するということになりましたが、2014年10月にはトルコ軍が国内PKK拠点を空爆するなど、その関係は未だ不安定です。
こうしたPKKの問題もあって、トルコにとってクルド人対策は最大の問題のひとつです。

コバニは「クルド人のスターリングラード」か、「イスラム国のワーテルロー」か
このようにこの地域におけるクルド人の存在は、現在の国家枠組みを揺るがしかねない微妙で重大な問題ですが、「イスラム国」の台頭はこの微妙な問題を強く刺激することにもなっています。

昨年イラクで「イスラム国」が急拡大した際に、イラク軍が戦うこともなく敗走したあとを埋める形で、クルド自治政府が懸案のキルクークを支配下におさめ、一時は「独立の是非を問う住民投票」の話まで出てきました。

しかし、「イスラム国」の矛先がクルド自治区にも及ぶ状況になり、自治政府はイラク中央政府やアメリカとの協調を強いられることにもなりました。

****イラク:しぼむクルド独立 イスラム国侵攻で****
イスラム過激派組織「イスラム国」による侵攻が続くイラクで、一時高まったクルド人自治区の独立の機運がしぼみつつある。

8月にクルド人自治区の境界まで侵攻してきたイスラム国に対抗するため、クルド独立に否定的な米国やイラク政府との協力が不可欠になったためだ。クルド自治政府は独立をちらつかせながらも、当面はイラク政府から財源移譲など自治権の拡大を目指す構えだ。

クルド独立の機運が高まったのは、イスラム国がイラク北・西部で大規模侵攻を始めた6月だった。戦わずに逃走したイラク政府軍に代わってクルド自治政府は、油田地帯のキルクークなどを制圧。

国際社会からもイスラム国への「抑止力」としてクルドの評価が高まり、自治政府トップのバルザニ議長は「数カ月以内に独立の是非を問う住民投票を実施する」とぶち上げた。

ところが8月にイスラム国が、自治区外にありながら自治政府が拠点としていた北西部シンジャルなどに侵攻すると、クルド人部隊はほとんど抗戦せずに撤収。イスラム国が自治区との境界にまで迫ったため、独立に否定的な米国に助けを求めざるを得なかった。その直後、米軍による空爆が始まった。

「現時点でクルド独立は望まない。これが米国の意思だ」。空爆が続く8月中旬、毎日新聞の取材に応じたクルド自治議会の独立推進派、ゴラン・アザニ議員は苦々しげに語った。

米国は再三、宗派・民族の垣根を越えた挙国一致体制の確立を求めていた。裏返せば、イラクの一体性を損なうべきではないとの考えだ。アザニ氏は空爆前に米国の固い意志を痛感させられていた。自治区産の石油輸出を巡る米国での司法判断だった。(中略)

アザニ議員は「一方的に独立を叫んでも国際的に通じない。住民投票の計画は進めていくが、まずはイラクの一員として我々の権利を主張して交渉で独立を勝ち取るしかない」と感じたという。【2014年8月23日 毎日】
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ただ、こうした事情は裏を返せば、今後「イスラム国」が退潮し、自治政府が戦果挙げれば、再び「独立」問題に火が付くということでもあります。もちろん、アメリカがすなおに現状枠組みの変更を認めるとも思えませんが。

イラク北部のシンジャル山に取り残されたクルド人ヤジディ教徒が「イスラム国」によって虐殺の危機にさらされた件は、国際的関心を集めました。

アメリカの支援も得て最終的にはクルド自治政府側がシンジャル山を解放、自治政府の意気を高めています。

****イスラム国からシンジャル山を解放、イラクのクルド人部隊****
イラク北部のシンジャルで、米軍主導の空爆に支援されたクルド人自治区の治安部隊ペシュメルガが、イスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国(IS)」の包囲網を突破した。クルド人自治政府のマスード・バルザニ議長が21日、進撃の成果を称えた。

イスラム国がシンジャル山を包囲するのは今年2回目。ペシュメルガは17日、シンジャル山を包囲したイスラム国に対し、数千人を動員した大規模な攻撃を開始した。

突破に成功したことで、イスラム国がイラク国内で主要拠点としている都市モスルと、隣国シリアでの制圧地域との往来を遮断する構えだ。

シンジャル山を訪れたバルザニ議長は「この48時間で、ペシュメルガはシンジャル山へ至る2本の主要ルートを解放した。これら全ての勝利を達成することは予期していなかった」と語った。

バルザニ議長はまた、山の南側にあるシンジャルの町の大部分も解放したと発表。モスル奪還作戦にも参加する意思があることをアピールした。【12月22日 AFP】
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クルド人は「独自の国家を持たない世界最大の民族集団」とは言いつつも、自治政府内部にも対立があり、また、各地域に分散するクルド人勢力は必ずしも一枚岩でもありませんでした。

しかし、一連の対「イスラム国」の戦闘で、イラクのクルド自治政府を軸に、クルド人勢力間の共闘体制も強まってきています。

****<イラク>北部で国外クルド勢力「共闘」 イスラム国攻撃に****
イスラム過激派組織「イスラム国」の侵攻が迫るイラク北部のクルド人自治区周辺で、シリア、トルコ、イランの周辺3カ国を本拠とするそれぞれのクルド人武装組織が、クルド自治政府の治安部隊に加勢していることが15日、自治政府関係者への取材で分かった。

クルド人は国ごとに分断されてきたが、イスラム国の脅威を前に「共闘」が実現した形だ。

自治政府関係者や有力政党クルド愛国同盟の幹部によると、3カ国のクルド人組織は8月上旬、イスラム国が北西部シンジャルなど自治政府の実効支配地域に侵攻したのを受けて参戦。それぞれ数百人以上の戦闘員が、自治政府の治安部隊ペシュメルガに加勢している。

シリアのクルド人武装組織は国境を越えて、少数派ヤジディー教徒への迫害が懸念されるシンジャル付近に展開し、イスラム国と交戦。山岳地で行き場を失っていたヤジディー教徒のために、シリア側への避難路を確保した。

トルコのクルド労働者党(PKK)や、イラン・クルド民主党の系列武装組織は、それぞれクルド人自治区内に以前から置いている拠点で活動するメンバーを動員。トルコ系クルド人の難民キャンプがあるアルビル郊外のマフムールなどで戦っている。

トルコ、イランからの参戦に関してクルド自治政府は、両政府に配慮して、戦闘員が越境して参戦することは認めていないという。

クルド人はトルコやイラクなどに推定2000万~3000万人いるとされ、独自の国家を持たない最大の民族と言われる。クルド独立を警戒する各国政府の思惑もあり、連携はこれまで難しかった。

イスラム国の侵攻を受けて、イラクの自治政府は独立への動きを強めており、他国のクルド人組織からも期待の声が高まっている。【2014年8月15日 毎日】
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シリアでも「イスラム国」の矛先がクルド人勢力に向かい、トルコ国境近いアインアルアラブ(クルド名:コバニ)の争奪戦が、「イスラム国」の更なる拡大につながる重要な戦いと位置付けられました。

一時は陥落目前ともなりましたが、こちらもアメリカ等による激しい空爆支援、イラクのクルド自治政府からの支援もあって、「イスラム国」を駆逐することに成功しています。

あまり前面に出たくない思惑があってか、アメリカはしきりに空爆の限界に言及していますが、実際のところアメリカの空爆は熾烈で、「イスラム国」へ多大なダメージを与えているようです。

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しかし空爆がどれだけ重要な役割を果たしたとしても、地上部隊に今回の勝者が誰かをたずねれば、誰もが「クルド人」と答えるだろう。

コバニをはじめISISの攻撃に晒されたクルド系の地域の人々は、近年では例を見ない「団結」を見せた。
コバニ、シンジャールといったシリアのクルド地域の防衛戦には、国籍や政治信条を越えてクルド人兵士が結集した。

シリアの防衛戦に参加したトルコのクルド系政党、クルディスタン労働者党の軍司令官セミル・バイクは、ISISの攻撃がクルド系の団結を促したと話している。「巨大な脅威ではあったが、同時に図らずも我々を団結させた。様々な違いを残り越えて、すべてのクルド系が結集した」【1月28日 Newsweek】
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“コバニを「クルド人のスターリングラード」と呼ぶのも、「イスラム国のワーテルロー」と呼ぶのも尚早だろう。それでも勝利であることに変わりはない。”【1月28日 Newsweek】

警戒を強めるトルコ・エルドアン政権
この戦闘において、トルコは微妙な立場に立たされました。

エルドアン政権にとっては、「イスラム国」問題より国内の「クルド問題」の方が重要課題であり、クルド人勢力がもともとPKKと関係が深いコバニを支援することは国内でのPKK活動を刺激する懸念があり、コバニ争奪戦への関与を避けていました。

しかし、「イスラム国」対応を優先するアメリカに押し切られる形で、コバニ支援に向かうクルド自治政府兵士のトルコ領内通過を認めることになりました。

****自力解放」クルド沸く 世界に存在感誇示、トルコ政府は複雑****
コバニ掌握の知らせを受け、国境をまたいで北側に位置するトルコ南部スルチでは、避難生活を送るクルド人らが喜びに包まれた。

米軍が主導する有志連合の支援を受けた戦闘の最前線。国家を持たないクルド人らが、「反イスラム国」で団結する姿が浮き彫りになるとともに、クルド人の動向に神経をとがらせるトルコ政府の苦悩もかいま見えた。(中略)

イスラム国の攻撃でコバニから脱出してきたクルド人は昨秋、20万人に達したといわれる。多くはスルチなどで暮らし、食料など互いに融通し合うなどして過ごしている。

ただ、トルコ政府は、自国内のクルド人組織「クルド労働者党」(PKK)を分離独立を目指す「テロ組織」とし、対立してきた経緯がある。

先のファリド氏もトルコ政府の方針を念頭に、「クルド人国家の建設を目標とはしない」と強調したが、そのトルコは昨年10月末、武器、弾薬の陸路通過を許可。イラク北部のクルド自治政府が、トルコを経由する形で重火器と戦闘要員150人をコバニに送った。コバニでの戦闘には、シリア反体制派の自由シリア軍の兵も加わっているという。

スルチからコバニを見下ろす丘では26日、奪還したはずの街の方から迫撃砲の爆発音や自動小銃の銃撃音が時折、聞こえた。

「コバニ奪還は、過激派と戦っているのはクルド人部隊だということを世界に知らしめた。トルコはいや応なしにその事実を認めざるを得ない。今後、クルド組織が『テロ組織』の認定を免れる可能性もある。クルドが国家となるきっかけになるかもしれない」

丘の上からコバニの街を撮影していたトルコ人記者は、こんな見方を示した。【1月28日 産経】
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エルドアン大統領は、クルド人によるコバニ奪還が、シリアにおけるクルド自治区的なものの形成に向かうことを警戒しています。そうなると早晩、トルコ内部でもクルド問題に火がつきます。

****トルコ大統領、シリア北部でのクルド人の勢力拡大を警戒*****
トルコのレジェプ・タイイプ・エルドーアン大統領は、イスラーム国(ダーイシュ)のアイン・アラブ市での敗走に関連して、「我々はイラク、すなわちイラク北部の状況が繰り返されることを望まない。シリア北部に自治区が作られることを受け入れることは今のところできない」と述べ、西クルディスタン移行期文民局の勢力拡大を牽制した。

また『ヒュッリイェト』(1月27日付)によると、エルドーアン大統領は「この問題に関してこれまでの姿勢を維持し、シリア北部がイラク北部のようにならないようにせねばならない。この政体(クルド自治政府)は、将来大きな問題の火種となるからだ」と述べたという。
『ハヤート』(12月28日付)が伝えた。
【1月27日 青山弘之氏 「シリア・アラブの春 顛末記:最新シリア情勢」】http://syriaarabspring.info/wp/?p=17117
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ポスト「イスラム国」に表面化するクルド問題
30日には、イラクのクルド自治政府が実効支配しているキルクークを「イスラム国」が襲撃し、激しい攻防戦の結果、クルド側が「イスラム国」を押し返したようです。

****イスラム国」、油田都市に侵攻…52人死亡****
イラク警察当局によると、イスラム国は30日、イラク北部の油田都市キルクークに侵攻し、クルド自治政府の治安部隊と激しい戦闘になった。

イスラム国側は中心部のホテルなどを一時占拠したが、治安部隊の反撃に遭い、撤退した。イスラム国は資金難に陥っているとの指摘があり、キルクーク周辺の油田を資金源にしようとした可能性がある。

キルクークがイスラム国の本格的な攻撃を受けたのは初めてとみられる。クルド自治政府当局者は簡易投稿サイト「ツイッター」で、イスラム国の戦闘員45人とクルド自治政府の兵士7人の計52人が死亡したと伝えた。

キルクークの住民のほとんどはクルド人で、昨年6月に中央政府に代わってクルド自治政府が実効支配を開始した。

キルクーク周辺には日量計30万バレル(昨年6月現在)の生産が可能な油田があり、同11月から自治政府による正式な原油生産が始まっていた。【1月31日 読売】
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「イスラム国」の攻撃を撃退したクルド自治政府が、今後キルクークの支配を中央政府に返還するとは思えません。
「イスラム国」問題が落ち着けば、中央政府との関係で火種となるのは確実です。

イラク政府軍もモスル解放を計画していますが、今後のクルド側と政府側の“実績”が、ポスト「イスラム国」における両者の力関係を決めるとも思われます。

「イスラム国」は砂上の楼閣で終わるにしても、「イスラム国」が引っ掻き回したことで、この地域のクルド人問題が、イラクからの自治政府独立要求、シリアでの自治区形成、トルコでのクルド人活動活発化、更にはイランのクルド人問題など、重大な問題として表面化することが考えられます。
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