孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マレーシア  野党指導者アンワル元副首相の「有罪」確定で再構築を迫られる野党連合

2015-02-12 22:45:06 | 東南アジア

(最高裁判決の日のアンワル氏(中央)と夫人(左) “flickr”より By Trong Khiem Nguyen https://www.flickr.com/photos/trongkhiem/15876191223/in/photolist-qbVCwT-r4VD5j-r4Rx7z-r2dKHY-r4kVCC-qLYbji-qLQSim-r7MTcp-q6UaK9-r3Euu2-qSrRuM-r9MzW1-r6Rkox-qS1aH4)

事実上政治生命を断たれた野党指導者
マレーシアの野党指導者アンワル元副首相(67)の動向については、これまでもしばしば取り上げてきました。
(2014年3月21日「マレーシア “消えた航空機”も絡む、野党政治家アンワル氏の挑戦と既存勢力の抵抗」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140321 など)

多数派マレー系の他、華人系、インド系などの複合民族国家(2013年時点で、マレー系60%、華人系23%、インド系7%、その他10%)であるマレーシアは1957年の独立以来、現在の与党連合が政権を維持しています。

しかし、マレー系優遇策であるブミプトラ政策を根幹とした体制には近年揺らぎがみられ、かつて政権内部で副首相も務めたものの、内部抗争で政権外に追われたアンワル氏を軸にした野党連合が与党に迫る勢いとなっています。

2013年5月に行われた総選挙では初の政権交代があるかどうか注目されましたが、野党連合は得票率で上回りながらも議席では与党を下回る結果に終わり、政権交代は実現しませんでした。

その後もアンワル氏は政権交代に向けて、首都近郊に位置する最大州のスランゴールで州議会議員の補選に立候補し、州首相をめざす考えを明らかにするなど精力的な活動を行ってきました。

しかし、2014年3月、2008年にアンワル氏が事務所スタッフの男性に「同性愛行為」をしたとして異常性行為罪に問われた事件の控訴審で、マレーシアの上訴裁判所は無罪とした2012年の1審判決を取り消し、逆転有罪判決を言い渡しました。

有罪となると、国会議員を失職し、しかも出所後5年は選挙に立候補できないことから、年齢的に考えると政界復帰は難しくなります。

アンワル氏は上告、最高裁判決が注目されていましたが、結局「有罪」が確定しました。

****<マレーシア>「同性愛」アンワル元副首相収監 禁錮5年*****
マレーシアの連邦裁判所(最高裁)は10日、元助手の男性に同性愛行為をしたとして不正性行為罪に問われた野党指導者で「野党連合」を率いるアンワル元副首相(67)の上告を退けた。

禁錮5年とした2審判決が確定し、収監された。

アンワル氏は内部に多様な意見を抱える野党連合をカリスマ的指導力でまとめ上げてきた。政界復帰が厳しい中、野党連合のほころびや弱体化を懸念する声もある。

イスラム教を国教とするマレーシアで同性愛行為は違法だが、実際に罪に問われるのはまれ。
アンワル氏は「政治生命を絶つための(政権による)でっちあげだ」と主張した。

マレーシアは言論規制が敷かれるが、ここ数年、政権批判の大規模デモが起きている。アンワル氏の支持者らが今回の決定に反発するのは必至で、反政権デモが再燃する可能性もある。

アンワル氏はマハティール政権(1981~2003年)で副首相を務め、一時はマハティール氏の後継者と目されていた。

しかし、経済政策などでマハティール氏と対立し、98年に副首相を解任された。その後、同性愛行為や職権乱用罪で起訴され、6年間服役した。

同性愛行為については04年、連邦裁で逆転無罪となり、釈放された。

しかし、08年に元助手に対する別の同性愛行為で逮捕、起訴された。1審は無罪だったが、2審は逆転有罪となった。

アンワル氏は08年の下院補選で国政復帰。独立以来50年以上続く長期政権の「腐敗」を批判し、自ら率いる野党連合の支持を広げた。13年5月の総選挙で政権与党に肉薄し、次期総選挙での政権交代を目指していた。【2月10日 毎日】
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上記記事にもあるように、これまでもアンワル氏は同性愛行為で訴えられ政治的危機を経験しています。
前回の同性愛行為に関する訴訟については、2004年最高裁が無罪判決を出しています。

その後08年にふたたび同性愛行為で訴えられ、今回の「有罪」確定となっています。

実際に同性愛行為があったのかどうかは知りません。(もちろん、事実であってもなんら問題ないとは思いますが、マレーシアの法律ではそういう訳にはいきません)

同性愛行為を違法とするイスラム国家マレーシアにあって、物証の少ない同性愛の訴えは非常に便利な政敵追放の手段でもあります。

アンワル氏が政権にとっては最大の政敵であるだけに、真相については微妙です。

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米国政府は10日、「有罪確定に深く失望している。米国は法による支配と司法の独立の観点からアンワル氏の裁判の行方を懸念してきた」とのコメントを出した。

傍聴した国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ幹部も「マレーシアの裁判に対する人々の信頼は間違いなく損なわれた」と非難した。

これに対し、マレーシア政府は「バランスのとれたあらゆる証拠と客観的手法に基づいた判決だ。マレーシアの司法制度は独立している」とコメントした。【2月11日 朝日】
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【脱皮を求められる野党連合】
いずれにしても、これでアンワル氏の政治生命がほぼ断たれたことになり、アンワル氏がまとめ上げてきた野党連合も空中分解の可能性があります。

現在の野党連合は、アンワル氏の人民正義党(中道リベラル)を軸に、それまで対立しがちだった華人系中道左派の民主行動党とマレー系イスラム主義右派の全マレーシア・イスラーム党の間で選挙協力体制を構築したものですが、かなり異質な勢力をアンワル氏のカリスマでくっつけた感もあります。

それだけに、アンワル氏を欠いては持続が難しいようにも思えます。

****マレーシア野党連合、脱皮の好機 アンワル元副首相収監 ワンサイフル・ワンジャン氏****
 ■<考論>ワンサイフル・ワンジャン氏(民主・経済問題研究所所長)

マレーシアの野党指導者アンワル・イブラヒム元副首相(67)が10日、同性愛行為で禁錮5年の有罪が確定し、収監された。年齢を考えれば、表舞台でのアンワル氏の政治活動は終わったと見るべきだろう。

アンワル氏が仕切ってきた野党連合は、同床異夢の3党が彼を頼りに集まったに過ぎない。

野党勢力が弱体化するとの見方もあるが、私には個人に頼らない真の野党連合に脱皮する好機に映る。この危機を前に結束できれば、強くなる。逆にこの先数カ月も内部の混乱が続けば、崩壊する。

アンワル氏が果たした役割は大きい。かつて国民は与党に従うしかなかった。だが、彼は国民のために政治が何をできるかを問い、民衆も政治に「果実」を求めるようになった。

半世紀以上も続く与党連合を脅かす勢力も作り上げた。

一方、彼の妻は野党・人民正義党(PKR)党首、娘は副党首だ。一族による政治支配は弊害にもなる。

収監は内外に負のイメージを与えた。同性愛行為は他にもあるだろうが、狙い撃ちされた感が否めない。警察の不透明な動機が内外の不信感につながっている。

ただ、政治のあり方は国民自身が決めるものだ。【2月12日 朝日】
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“個人に頼らない真の野党連合に脱皮する好機”・・・・なかなか難しいことです。

ただ、仮にアンワル氏のもとで次期総選挙で政権を獲得できたとしても、同床異夢の連合では有効な政策推進は難しいとも思っていましたので、野党連合が崩壊したとしても、“遅かれ早かれ”というところではあります。

個人的には、マレー系イスラム主義右派の全マレーシア・イスラーム党(PAS)に違和感があります。

【「ブミプトラ政策」を今後どうするのか?】
“政治のあり方は国民自身が決めるものだ”・・・・その根幹は、やはり国策“ブミプトラ政策”をどう考えるかでしょう。

「ブミプトラ政策」(マレー人優遇政策)は、ブミプトラ(マレー人とその他の先住民)と華人(中国)系住民との経済格差を是正することを主目的としてきました。

しかし、推進者であるマハティール元首相も、マレー系住民に対する優遇政策の必要性を訴えながらも、過保護がマレー系住民から危機感を奪い勤労意欲を削いでいるという弊害に苦慮もしていたと言われます。

その後の経済成長で華人との経済格差も縮小しました。
また、成長したマレー系中間層からも、より自由な活動を望む声も出てきています。

そうした情勢を背景に、ブミプトラ政策を見直すとして2009年に発足したナジブ政権でしたが、マレー系右派からの反対運動などにより見直しがほとんどできず、2013年の総選挙終了後は、逆にブミプトラ政策を強化する方針を打ち出しています。【2014年6月9日 JB Press 大場 由幸氏“TPP交渉でマレーシアが譲らない「国益」”より】

基本的には、やはりブミプトラ政策を見直すことへのマレー系住民の抵抗は強いようです。

しかし、これまでマレー系、華人系、インド系の絶妙なバランスをとり、イスラム圏で経済的に最も成功した「穏健派イスラム国モデル」と称されるマレーシアですが、更に一段の成長のためには過度の規制・制約は足枷となるように思えます。

次期総選挙は2018年と思われますが、それまでにブミプトラ政策の必要性・あり方についての議論、それを踏まえた野党連動の再構築が必要となるでしょう。
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